第37話 VS ゴブリン
伊吹が一瞬の浮遊感の後に立っていたのは広い洞窟の中だった。
薄く光っているから、光を用意する必要はない。
その通路は先が見えないほどまっすぐに伸びている。
途中で横に穴がある。曲がり角なのだろうか。
全体的に不気味な感じがする。
「ここが、なんだっけ。『だいたい自分より少し強い敵が出てくるダンジョン』か。まだ敵はいないようだけど。
さて、ここを走り続けないといけないんだよな。戦っている時も動かないといけないのだからな。先に自在槍を伸ばさないと」
伊吹は自在槍を手に持つ。
今は柄と大した太さの変わらない刃幅に30センチくらいの刃長に20センチくらいの柄。
「穂先の形や大きさも変えることができるのかな?」
伊吹が魔力を注ぐと、刃長が短くなった。
「おお、これはすごい。全体を小さくして、持ち運べるし、狭いところでは小さくして戦える。これはいい。けど、今はさっきの刃長が良さそうだな。長さは俺の身長の180センチくらいかな」
伊吹が再び魔力を注ぐとゆっくりと刃長と柄が伸び始めた。
数分かけて、希望通りの長さになった。
そして、軽くストレッチをすると、ゴーレムのアイが肩の上に乗っているか確認する。
アイは肩に乗っていると言うより、しがみついている。
これから、常に走ることを理解しているのだろう。
「よし!」
と、意を決して、常走のネックレスをつける。
同時に走り始める。
つけていきなり電撃にやられるのは勘弁したい。
「体力をつけるために、何もないところは全力で走ろう。アイ、回復を常にしてくれ」
アイは栄養補給も兼ねた回復ポーションを300本持たせているが、通常の回復ポーションはそれ以上に持っている。
伊吹が全力で走って力尽きるたびに回復し続けても数日は持つだろう。
伊吹が全力で走っていると、前に3体の緑色の人型の魔物が出てきた。
それは美羽にもらった、この洞窟の知識にある。
「あれはゴブリンだ!」
ゴブリンはそれぞれ棍棒を持っている。
身長は子供くらいの大きさだ。リーチはこちらの方がある。
「このまま近づいたら摺り足と居つかぬ足で間合いを詰めて、自在槍の三連撃で倒す」
伊吹は走って近づいていく。
ゴブリンも気づいたようで棍棒を構える。
そして、飛び込めるくらいの距離まで近づいた。
「よし、行くぞ!」
伊吹は摺り足と居つかぬ足を駆使して、ゴブリンに刺突をしようとして……。
コケた。
地面に出っ張った岩にすり足が引っかかったのだ。
「うわあああああ」
ズザザザザザー。
伊吹が見事なヘッドスライディングで顔を擦るように滑る。
そして、止まった。
と、同時に常走のネックレスから電撃が流れた。
「あばばばばばば」
電撃に打たれてグッタリとなる伊吹。
ゴブリンたちは顔を見合わせて、ニヤリと笑う。
「「「グギャギャー」」」
ゴブリン3体が襲いかかってきて伊吹はタコ殴りにあった。
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「あはははは、あばばばばばばだって」
美羽がおかしそうに笑う。
「あー、お姉ちゃん、自然地形ではただの摺り足は自殺行為って教えなかったんでしょー」
ルルが、リリを咎めるように言う。
「ううむ。まだ先のことだと思って、言わなかったんだ。どこでも使える本当の摺り足を」
美羽の神具『スクリーン』で伊吹の様子を見ていた美羽とリリとルル。
伊吹がコケたのは、今まで平らな場所での摺り足だったから、障害物などなかったが、デコボコのある自然地形では普通の摺り足などは使い物にならなかったからだった。
「お姉ちゃん、美羽様にお願いして伊吹さんに教えに行こうか」
「うむ、そうだな。美羽様」
美羽はそんな2人に笑顔で返す。
「ううん、これで行こう。摺り足は伊吹はこれからも使う技術。それにいろんな技術をこれからも覚えていく。
全ての技術を、いろんなシチュエーションに合わせた方法を教われることなんてない。
その場に適した形に変化できる者だけが生き残れるんだよ。それに、いつまでも、私たちはいないでしょ」
美羽は、伊吹に自力で乗り越えさせることを選んだ。
「美羽様の言う通りです」
「そうですね。その方が伊吹さんのためになりますね」
「伊吹は微能があるでしょ。案外すぐに乗り越えられるんじゃない?」
「ふふ、そうかもしれませんね」
「確かにあれは思った以上に使えますよね」
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電撃を喰らった上に、ゴブリンにタコ殴りにされてピクピクと体を痙攣させている伊吹。
ゴブリンがニタリと笑い、伊吹の手にしてる槍を取り上げた。
それを他の2匹はよこせとばかりに取り合いをしようとしている。
バシャ。
「うわあああ」
伊吹が上半身を起き上がらせた。
ゴーレムのアイが回復ポーションをかけたのだった。
伊吹はいきなりダッシュをした。
ゴブリンたちは呆気に取られて見ている。
「あぶねー、って言うか、俺、瀕死だったか。いきなり死ぬところだった。ありがとうな、アイ」
アイが首を縦に振って応える。
とりあえず電撃回避のために走っていると、ゴブリンが追いかけてきた。
手には自在槍を持っている。
『戻れ、自在槍』
自在槍が薄い青に光ったと思うと、ゴブリンの手から離れて、伊吹の手に戻ってきた。
「おお、本当に戻ってきた」
伊吹は走りながら考える。
(さっきは摺り足が岩に引っかかって転んだ。でも、考えてみれば当然だよな。こんなにデコボコしていてすり足が使えるわけないよな。じゃあ、今までの訓練は訓練場とか闘技場でしか使えない技術なのか?)
走りながら、伊吹は摺り足を試してみる。
途端に足が地面の出っ張りに引っかかって、転びそうになる。
「うわ、やっぱりダメだ。でもなぁ、リリさんが闘技場や訓練場でしか使えない技術を教えるものかな?
もしかしたら、まだ摺り足は完成形じゃなかったとか?」
伊吹の微能の強みはここにある。
最初の段階で、その技術の肝を教わらないでも勘で探すことができるのだ。
だからこそ、あらゆる分野で人より早く優れた力を発揮できる。
そして、摺り足に関しても、
「ん?摺り足とはいっても、完全に地面に足をつけて動かすわけではないのではないか?
ほとんど、地面についているけど、実はほんの少し浮いて地形に合わせて動いているとか、ないか?」
伊吹は走りながら、もう一度すり足にしてみる。
今度は小さな石は足が勝手に避けて躓かなかった。しかし、次の大きな石で躓いてコケそうになった。
「うわっ、あぶねえ。でも、なんとなくわかった気がする。足の裏の感覚を敏感にすれば、地形に合わせられそうだ」
そこまで考えたら、首筋が寒い感じがして、咄嗟に頭を下げる。
ブオン
頭の上を棍棒の一振りが通り過ぎた。
「グギャギャ」
「な!? ゴブリン! 追いつかれてる」
3匹のゴブリンが追いついてきていて、伊吹を狙っている。
「速すぎるだろ! ゴブリンは子供程度の能力しかないんじゃねえのかよ」
それは伊吹のラノベ知識での勘違いだった。
日本猿は子供でも小柄な子供程度の大きさだが、走った時の速さは時速30キロ程度ある。
ゴブリンは魔物である。魔物は総じて動物よりも能力が高い。
その点で考えれば、似ている体型の日本猿よりも素早く動けてもおかしくない。
伊吹は、日本猿よりも能力の高い武器を持った人型魔物3匹に追いかけられているのだ。
その事実に気がついて、伊吹は焦る。
「や、やばい。逃げられない。いや、そもそも、倒さなきゃいけない訓練だった。どうしよう」
「「「ギャギャギャ!」」」
伊吹は摺り足どころではなくなって、必死で逃げていた。
ゴブリンを倒せる目処は未だ立っていない。




