第36話 ダンジョンへ
「伊吹が行くダンジョンの名前は……」
美羽が言うと、ミウのゴーレムがどこからかドラムを出してドラムロールを叩いている。
ティナがしゃがんで見ていた。
「ドゥルルルルル……ティン!」
「『だいたい自分より少し強い敵が出てくるダンジョン』だよ!」
と、美羽がドヤ顔で言う。ドヤ顔の美羽はとても可愛い。
リリとルルはポーッと頬を染めて見ている。
しかし、伊吹は拍子抜けしていた。これではダンジョンの名前というより、ダンジョンの説明だ。
「あの、それが名前なんですか?」
「そうだよ」
「なんで?」
「なんでって言われても、私が作ったときにそうつけたんだから、これでいいでしょ」
「あ、美羽様が作ったんですか。わかりました」
伊吹は色々言いたいことがあったが、口をつぐんだ。
しかし、どんなダンジョンかはわかるが、長くて言いにくい。
「まあ、長くて呼びにくいから、略称は『だいたいダンジョン』だよ」
「そ、それでは意味がずいぶん違ってしまうような……」
「別にいいよ」
「はあ」
伊吹は略称にも納得できなかったが、大事なのは名前ではない。
「伊吹は、このダンジョンで常に走り回って、攻略をしてくること。戦いの時でも居つかぬ足を駆使して動き続ける。ゴーレムコアに収納魔法を付与してあるから、回復ポーションを出してもらって、常に回復するの。その時できる一番早い駆け足が基本だよ。これは、『常走のネックレス』これをつけて走って」
美羽から渡されたのは、黄色い石のついたネックレスだった。
「これは、1秒以上時速3キロ以下になったら、体が電撃に打たれるよ。結構痛いから気をつけて。例え敵に吹き飛ばされても、動き続けて」
「む、無理なのでは?」
「できなければ、電撃だよ。お前は走り続けなければならない」
「マグロかな?」
「マグロよりはマシだよ。マグロは止まってしまうと死んでしまうんだもん。その点、お前は電撃だけだからぬるいよ」
「あの、トイレ?」
「トイレはペンダントに魔力を流すと3分だけ止まることができる。その間に済ませて。でも、休憩のために魔力を流しても止められないよ。そこはペンダントが自動的に判定するから」
トイレは止まってもいいようだ。3分で済ませられることを祈ろう。
「寝る時は?」
「寝ないで」
「はい?」
「寝ないで」
「寝ないで、走り続けるんですか?」
「そうだよ。体力をつけるためなのが最大の目的だからね。食事と睡眠の全ては回復ポーションで走りながら済ませてもらうよ。エリシアに栄養補給の効果も入れてもらうし、回復ポーションは少しは精神安定の効果もあるからね」
「栄養は分かりましたが、精神安定は少しなんですか?」
「お前の精神力を強制的に引き上げるためでもあるからね」
どうやら、思った以上に過酷なダンジョン行きになりそうな予感がして伊吹は不安になる。
「エリシア、明日の朝までに回復ポーションを追加で300本できる?」
「ええ、媒体のポーションストーンがあれば1時間でできるわ」
「それは頼もしいよ。エリシア。ポーションにこの粉を混ぜてくれるかな。これは完全栄養粉だよ。小さじ一杯分でいいよ」
「まあ、それを飲むだけで、食事もいらないのね。素晴らしいわ」
美羽が、紙袋をエリシアに渡す。
早速エリシアは調合室に入って行った。
リリが助言をしてくる。
「伊吹殿、ゴーレムというか、ゴーレムコアに名前をつけてやったらどうだ?」
「ああ、確かに」
伊吹は自分のウッドゴーレムを見る。
ちょうど、美羽のストーンゴーレムに昇竜拳をされて頭が吹っ飛んだところだった。
伊吹のゴーレムの体が慌てて、頭を拾いに走っている。
「頭がなくても見えるのか。心眼……マインズアイ。じゃあアイでいいか。ゴーレム、お前の名前はアイだ」
頭をつけたアイは喜んで飛び跳ねた。
すると、頭がぽろりと落ちた。
「あはは、アイはどこか伊吹殿に似ているなぁ」
「は、はははは」
リリの指摘に伊吹は乾いた笑いしかできなかった。
30分ほどで、エリシアが回復ポーションを300本作ってきた。
「回復ポーションにもなれたから、早くできたわ」
「さすがエリシアね」
エリシアの仕事も尋常ではない。
媒体のポーションストーンで補強はしているものの、国宝級のポーション300本を30分で作ってしまうのだ。
通常では考えられないほどの能力である。
「じゃあ、アイだっけ。このポーションを収納にしまって」
アイは、美羽のそばによって、ポーションを瞬時に収納した。
「アイの収納能力はあえて押さえてあるから、エリシアのように大容量の収納はないけど、ある程度は余裕もあるはず。着替えとかも入れておけばいいよ。あとね……」
美羽が伊吹のおでこに指を当てる。
美羽の指が桜色に光り、やがて消えた。
「はい、これでよし。『だいたいダンジョン』の情報と他の必要なこと、それと魔法の知識もインプットしたから。練習すれば、ある程度魔法を使えるようになるんじゃない?」
伊吹の頭の中に色々な情報が浮かんでくる。
「おお、すごい。頭の中に辞典が入ってるみたいだ。ありがとうございます」
「お礼はいいよ。最低限しかしてないし」
「いえ、何も持っていない俺にここまでの破格の待遇、ありがたいです。本当にありがとうございます」
「そう、じゃあお礼は受け取っておくわ」
「はい、美羽様が困ったときは、言ってください。駆けつけますので」
「私が困った時は、あなたに解決できるとは思えないけど、その気持ちだけはもらっておくわ。まあ、貸し3つは覚えておきなさい」
「もちろんです。ここまでしていただいて貸し3つなんて少なすぎると思うのですが」
「それはいいわ。多くは望まないから。それよりも、エリシアが早くポーションを作ってくれたから、もう行きなさい。その前に出発の挨拶をエリシアとティナにしなさい」
「はい」
伊吹はしゃがんでティナと目線を合わせる。と言っても、しゃがむとティナの方が目線が高くなるが。
「おじさん……」
ティナは不安そうだ。
彼女も今までの話は聞いているから、大変なところに行くのはわかっているのだ。
「ティナ、行ってくるからな」
「おじさん、死なないでね。ちゃんと帰ってきてね」
「ああ、大丈夫だ。エリシアがくれたポーションもあるしな」
ティナが伊吹に抱きつく。
伊吹が優しく抱きしめてやる。
「行ってらっしゃい、おじさん」
「行ってきます。ティナ」
ティナとの抱擁をといた伊吹はエリシアに向かう。
「伊吹さん、お気をつけて」
「ああ、行ってくる」
「ごめんなさいね。元は私たちのために伊吹さんばかり大変な目に遭わせて」
「そう言わないでくれ。俺もギルバートには我慢ならなかった。あいつを倒すために力が必要だ。
だから、頑張ってくるよ」
伊吹がニコリとすると、エリシアも少し笑う。
エリシアが伊吹の手を両手で包む。
「あなたが無事に帰って来れるように毎日レスフィーナ様の像にお祈りするわ」
「ああ、それは助かる。ご利益があるみたいだからな」
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
そういうと、伊吹は美羽の方に行った。
(別れは済ませたけど、どうやってダンジョンに行くんだろう?)
そう思っていると、美羽の横に桜色の空間の歪みのようなものができている。
「ここを抜けると、ダンジョンがあるよ。帰りも迎えに行くから安心して」
伊吹は自在槍を手に取った。アイが伊吹をよじ登ってきて、肩に乗る。
「美羽様、師匠、先生、行ってきます」
「「「行ってらっしゃい」」」
伊吹は一歩踏み出した。
空間の歪みに触れると、桜の花びらが舞い始め、伊吹の姿が見えなくなると後にはらりと数枚の桜の花びらが舞い落ちた。




