第34話 新たな訓練
「お帰りなさい。あら、ティナも一緒だったのね」
家に帰るとエリシアが出迎えてくれた。
ティナがエリシアに抱きついて、興奮気味に話す。
「おじさんがね、決闘してすごかったんだよ」
「え? 決闘?」
「うん、リュカ・フェルドンっていう、私にしつこかった5歳上の子と決闘したの。向こうは代理人を出してきて、それが山のように大きい大男だったの」
伊吹はなんとなくここにいない方がいい気がして、そーっと部屋に行こうとしていた。
「イブキさん? どういうことか説明してもらえるかしら?」
笑顔のエリシアからは、有無を言わせない圧が出ていた。
背中に冷たいものが伝う伊吹に、当然逆らうことなどできない。
「……はい」
伊吹はエリシアに説明をした。情けないところや危険なところを省いて。
しかし、リリとルルが細かいところを解説してしまう。
その上、ティナが自分が感じていた感情を説明する。
(いや、せっかくぼかしているのに、何してるんだよ!)
手を口に当てて驚いたり、頬を押さえて顔を青くさせたりして、最後まで聞いていたエリシアが伊吹に向き直る。
「イブキさん、ご無事で本当に良かったです。まだ訓練だって数日しか経っていないイブキさんが勝つなんて相当大変なのは良くわかります。でも何事もなかったようで安心しました。それと、」
エリシアは伊吹の手を両手で取る。
「決闘に賭けられていたのは、ティナといること。
だから、逃げることもできたのでしょうに、ティナと一緒にいることを選んでくれてありがとう」
エリシアが頬を少し染め微笑んで言った。
伊吹はエリシアの手の温かさとエリシアの笑顔に胸の中が暖かくなり、ドキドキもしてボーッとなってしまう。
(ああ、この気持ちはなんと表現すればいいだろうか)
恥ずかしくて逃げたい気持ちもある。このまま手を繋いでエリシアの手を感じたい気持ちもある。見つめあっていたいが、恥ずかしくて目を見れない気もする。自分がどうしたいのか分からなかった。
すると、ティナも二人の手の上に両手を乗せてくる。
「おじさん、一緒にいてくれてありがとうね」
そのティナの言葉に嬉しさを感じる。
(怖くても決闘をした甲斐があったな)
「二人がそういってくれるだけで、報われたよ。こちらこそありがとう」
するとエリシアとティナは二人で顔を見合わせてから、こちらを向いた。
「「どういたしまして」」
しばらく、3人で笑顔で見つめあった。
ルルがリリに小声で言う。
「お姉ちゃん、この3人ってまだ知り合ってから数日ってことだったよね」
「そうだな。まだ何日も経ってないはずだが」
「その割にはすでに家族みたいだね」
「うん、よっぽど相性が良かったのだろうな」
「そうかもね」
すると、リビングの一角が歪み出したと思ったら、そこに小桜美羽が現れた。
リリは立ち上がり胸に手を当て、騎士の敬礼をする。
ルルは、美羽に飛びつく。
「美羽様〜」
「えへへ、ルル、元気?」
リリがルルの首根っこを掴み引き剥がす。
「ルル! うらや、不敬だぞ。美羽様にいきなり飛びつくなど」
「お姉ちゃんだって、美羽様成分を補給したいくせに〜」
「うっ」
リリが言葉に詰まると、美羽がリリを抱きしめてきた。
リリが固まる。
「私はこうしてくれると嬉しいよ、リリ」
「こ、こうふぇいでありましゅ」
リリは真っ赤になって、ふにゃふにゃになってしまった。
美羽はエリシアとティナを見つけると、
「やっほー、エリシア、ティナ。きたよ」
「まあ、ミウちゃん。いらっしゃい」
「ミウお姉ちゃん、いらっしゃい!」
「えへへ、歓迎してくれて嬉しいよ」
そういって、美羽は二人をぎゅーっとする。
「まあ、ミウちゃん熱烈ね」
「きゃー、ミウお姉ちゃんいい匂い〜」
美羽はひとしきり抱きしめたら二人から離れる。
そして、伊吹を見る。
「美羽様、こんにちは。美羽様のおかげで色々うまくいっています」
「ああお前、いたの?」
「ガーン!」
伊吹は折り曲げた指を口に当て、青い顔になる。
「ププ。それは、普通口に出すものじゃないでしょ」
「ああ、良かった。美羽様が笑ってくれた」
伊吹はほっとして笑顔になって言った。
「別にお前が面白かったわけではないよ」
「いえ、俺が原因でなくても美羽様の笑顔が見れたならそれでいいです」
その瞬間、伊吹の首筋に冷たい大剣の感触がする。
伊吹は一瞬で硬直する。
「き〜さ〜ま〜、美羽様を口説こうとしているのか〜」
リリが鬼の形相で後ろから脅してきた。
「ひっ!?」
(殺される!)
そう思った伊吹は瞬間的に助けを求めようと、妹でありストッパーのルルを探す。
すぐに見つかり目を合わしたルルは……。
親指を立てて、首を切る仕草をし、最後に親指を下にして手を下げる。
死ねと言う合図をしていた。虫ケラを見る目で。
「死ね」
口にも出した。
(こ、殺される〜)
すでにリリとルルの殺気だけで腰を抜かした伊吹。
そこに思わぬところから救いの手が差し伸べられる。
「もう〜、リリとルル。いくらなんでもあれだけで殺してたら、世の中から男がいなくなっちゃうよ。リリは剣を引きなさい」
「御意」
すぐにリリとルルは直立の姿勢になった。
差し迫った死から抜け出すことができたと思った伊吹は(それだけ、リリとルルの殺意が本物だった)美羽にお礼を言った。
「ああ、美羽様、ありがとうございます。なんと慈悲深く、なんと神々しいお方でしょう。さすがは天使様、いや、天使をも凌ぐ存在です。その御姿、その御声、その御振る舞い、すべてがこの世の理を超えております。美しさとは何か、私は今日初めて知りました。比べるものなど、天地にも存在しません。一生どころか、来世までも、あなた様を崇め奉ります。どうか、どうかその御光を、我が愚かなる魂にお与えくださいませ」
安堵のあまり、饒舌になりすぎた。
これには美羽の顔も引き攣った。
「お前、気色悪い」
「貴殿、やはり殺されたいのか?」
「伊吹さん、死刑」
「まあ、イブキさんったら、焦るとそんなことを言っちゃったりするのね。ちょっと引いてしまったわ」
「キモいよ、おじさん」
女性陣全てからの否定的な言葉に伊吹は我に帰り青くなる。
「い、いや、今のは、本心ではなくて、いや、本心ですが、そんなつもりもなくて、ただ、何が言いたいかと言うと、死ぬかと本気で思ったところ、助けられたので、変なスイッチが入ってしまったというか、過剰に喜びを表したくなってしまったというか……すみませんでしたー」
伊吹が直角に腰を折って、頭を下げた。
「「「「「あははははは」」」」」
女性たちが伊吹のあまりのも狼狽ぶりに笑い出した。
それをキョトンと見た伊吹もやがて笑い出す。
「ははははは」
ひとしきり笑った後、美羽が口を開く。
「訓練を始めてから二日経ったでしょ。私が思った以上に伊吹の成長が早かった。なかなか嬉しい誤算だよ。このまま訓練を続けても十分強くなっていいんだけど、決定的に足りないものがある。伊吹、何かわかる?」
伊吹には心当たりがあった。それはいつもの修行で感じていたものだし、今日の決闘で感じたものだ。
「体力と経験ですか?」
美羽が少し目を見開く。
伊吹が気づいているとは思っていなかったからだ。
「自分のことがよく見えている証拠だね。いい傾向だよ」
「ありがとうございます」
リリが美羽に聞く。
「それでは、弱点を補う訓練に変えますか?」
「それもいいんだけど、それよりも体力と経験を増やしながら、今の訓練の底上げもできる方法でいこうと思う」
伊吹はその言葉に、とても嫌なものを感じながら、それでも自分のことだし聞かざるを得なかった。
「それはどう言う訓練なんですか?」
美羽はニヤリと笑って言った。
「ダンジョン踏破よ」
伊吹はその言葉につぶやいた。
「ダンジョン……あるんだ」




