第21話 訓練開始
ティナを学校に送ったあと、冒険者ギルドに来ている。
今日からの初心者講習をキャンセルできるようだったらキャンセルするためだ。
冒険者ギルドに入ると、ギルド内にいた様々な冒険者から注目を浴びた。
(あれ、昨日はこんな感じじゃなかったのにな)
シェリアを見つけると、ギルド講師のピーターも一緒だった。
「シェリアさんピーターさん、おはようございます」
「あ、イブキさんおはようございます。って、どういうことですか! 今、ギルド内ではイブキさんの噂で持ちきりなんですよ」
シェリアのあまりの剣幕に伊吹はたじたじになる。
だから、間抜けな返し方しかできない。
「へ? なんでですか?」
「ドラゴンスレイヤー・ギルバート・レイマー男爵との決闘の件ですよ」
「な、もう噂になってるんですか? それよりもドラゴンスレイヤーって」
「ギルバート・レイマー男爵は王都に襲来した、レッサードラゴンを魔法と剣を駆使して討伐した功績を讃えられて、男爵位についた英雄なんですよ」
伊吹は今更ながら青い顔になる。
ドラゴンというか、魔物自体は見たことないが、ドラゴンは創作ものでも強さはトップランクのはずだ。
レッサーと言ったが、それで男爵位を得るのだから、この世界のドラゴン種は飛び抜けた強さなのだろう。
シェリアは伊吹のその様子に気をかける。
「イブキさん、ギルバート男爵に謝って、決闘をないものにしてもらってはいかがですか?」
「そ、それはできません。エリシアの身がかかっているんです」
シェリアは絶句した。
「そうですよ。どうしてエリシアさんを賭けるなんて話になってたんですか! 分が悪いどころじゃないじゃないですか!」
「いや、そこは色々ありまして……」
「もう! 呆れました。女性は物じゃないんですよ! ギルバート男爵は正直なところ、悪い噂が絶えません。そんな人の物になってしまったら、エリシアさんがどんな目に遭うか。あなたの命だけの問題じゃないです」
痛いところをつかれた。伊吹も昨日から、身に染みて感じていることなのだ。
いくらエリシアのためとはいえ、軽率なことをした自覚はある。
伊吹は項垂れることしかできなかった。
シェリアは怒り心頭といった具合で剥れている。
「まあ、シェリア、その辺にしておけ。色々と事情もあるんだろう。
それで、伊吹、今日は戦士の初心者講習を受けていくんだろう?」
「それで、今日来たんです。
今の話の通り、決闘をするのですが、そのための特訓をお願いしているんです」
ピーターはすぐにピンと来たようで、後ろに立っていたリリとルルを見る。
「それは、そこの二人か? 見たところ、かなりの実力者のようだが」
その声にリリは少し頭を下げ、ルルは小さく手を振った。
「はい、こちらのお二人に特訓をしてもらうんです。それで、今日の初心者講習はキャンセルしてもらえないかと思いまして。」
「ああ、それはいいぞ。初心者講習よりは二人に特訓を受けた方が決闘の対策になるだろう」
「ありがとうございます。それでは、決闘が終わったら、また来ますので」
「決闘は7日後だったよな。レイマー男爵は闘技場に決めるみたいだぞ。応援に行くからな」
「闘技場?ですか?」
「格闘家が対戦する観戦場だな。レイマー男爵は君を公開処刑したいらしい。ドラゴンスレイヤーだからな。
観客は集まるし、かなりアウェーの戦いになるぞ」
「そ、そうですか」
伊吹は自分がやっていることは果たして正しいことか不安になる。
エリシアのためにやっていることだが、伊吹は普通のおじさんである。
そんな自分が分不相応のことをしているのではないかと弱気になってしまう。
ガン!
「!?」
伊吹は突然の衝撃にしゃがみ込んで悶絶する。
リリが木剣で後ろから殴ったのだが、ピーターもシェリアも突然のことに呆気に取られる。
伊吹が涙目でリリを見るが、当の本人は素知らぬ顔をして立っている。
そんなうずくまる伊吹にルルがしゃがみ、目線を合わせてニコリとする。
「あなたに不安になっている暇なんてあるの? 実力差なんて最初からわかっていたでしょ。
人に言われたくらいで、揺らぐ程度の覚悟だから、お姉ちゃんに殴られたんだよ」
そして、伊吹の手を取って立ち上げる。
「さあ、弱気になる暇もないくらい鍛えてあげるよ」
伊吹は目が覚めたような顔をして頷く。
「はい!」
ピーターとシェリアに頭を下げて、振り返って歩き出す。
と、聞こえてくる隠してない陰口。
「ほら、あいつだよ。微能おじさん。微能なのに、ドラゴンスレイヤーに喧嘩売ったんだってよ」
「レイマー男爵と女をかけて戦うんだってよ。微能に守られる女も可哀想だよな」
「最低! 女をかけ物にするなんて。あんな男は勘弁だわ」
「あはは、本当ね。しかも、おじさんだし」
一歩目で心を折られかける、心の弱い伊吹。
猫背になっていく。
「……ぶつよ」
ルルにジト目で見られる。
「す、すみません」
形だけでもシャキッとして歩き出す伊吹。
それを、お尻に蹴りを入れて歩かせるルル。
それを見たリリはシェリアに振り返る。
「シェリア殿と言ったか。私はリリという」
「あ、シェリアです」
「イブキは最後までエリシア殿がかけ物になるのを拒否していたのだ。それを強引にエリシア殿が説得した。
まあ、奴の肩を持つわけではないが、貴殿には伝えておく方がいいと思ってな」
「まあ、それじゃあ私は、なんて酷いことを」
「それだけだ。失礼する」
リリはイブキたちを追って、その場を離れた。
シェリアはそんな3人が見えなくなるまで見ていた。
「イブキさんに謝らないとな」
先ほどまでの不機嫌な顔がなくなっていたシェリアだった。
伊吹とリリとルルは外門を出て、草原に出ていた。
リリがにこやかな顔をして言う。
「さあ、これからいよいよ本当の鍛錬を始めるぞ」
「よろしくお願いします!師匠」
伊吹が深々と頭を下げる。
ルルはのんびりと足を伸ばして座っている。
リリは収納リングから木槍を出し、伊吹に投げて渡す。
「これは、我々の世界の巨大樹から削り出した木槍だ。
そうそう、壊れることはない。訓練の時はこれを使え」
「はい! どうすればいいですか?」
「貴殿は突きが得意と聞く。間違いないか?」
「はい。突きだけは他よりも得意な気がします」
「よし、突いて来い」
「思い切りやっていいんですか?」
「構わん。全力で来い」
「それでは行きます」
伊吹は突きが得意だ。本人としては他のものが人よりできる程度で、命のやり取りをするには全く向いていないために、何かあれば、突きに頼るしかないという状況なのだ。
それだけに、得意な突きを突いて来いと言われて、生半可な突きをするつもりはない。
盗賊や暴漢を撃退したり、ピーターに認められたのだ。リリにだって通用するに違いない。
リリに狙いを定める。
槍など使ったことはないが、突きだけならいける気がする。
リリはいつの間にか木槍を構えている。
関係ない。自分の実力を示すだけだ。
全力で踏み出し、
「シッ!」
全力の突きを突き出した。
その瞬間、伊吹の視界は反転した。
ドサッ
気がついたら、伊吹は地面に強かに打ち付けられていた。
「ぐう」
伊吹の口から空気が漏れる。
リリの木槍が首元に突きつけられる。
「貴殿の得意な突きを今から否定してやろう」
リリが高らかに言った。




