第12話 VS小物トリオ
「微能おっさん! ちょっとツラ貸せや」
後ろに振り返ると、10代後半くらいの茶髪のいかにも生意気そうな冒険者風の少年が立っていた。
左右の二人のうち一人はモヒカンにしている。
そして、もう一人はスキンヘッドだが朝の男ほど迫力はない。
総じて、小物たちという雰囲気の3人だが、未だ普通のおじさんである伊吹に勝てる道理などないと思われるので、ツラを貸すことなどしないし、しない方がいい。
伊吹は相手を刺激しないように、にこやかな顔になりながら、やんわりと告げる。
「いえ、私はちょっと急いでいますので、お付き合いすることはできないのですよ」
(下手に出れば、納得してくれるかな?)
3人はいやらしい笑顔に変わる。
「ギャハハ、できないのですよ。だってよ」
「だっせ、おっさんびびってんじゃねえかよ」
「おっさんちびってんじゃねえのかぁ?」
果たして、下手に出た言葉で調子に乗られただけだった。
(ああ、ドノヴァンの言う通り、下手に出るのは悪手なのかもしれないな)
3人がさらに凄んでくる。
「てめえ、こっちに来い」
「おっさんに拒否権はねえんだよ」
「とっとと歩けよ」
伊吹は通りからすぐの路地裏に連れ込まれた。
「あれは……」
その様子をちょうど見かけた人影があったが、4人とも気が付いてはいなかった。
3人の小物冒険者に路地裏に連れ込まれた伊吹。
(どうするか? この世界ではこういうところで殺人も起きるのか? 殺されないくらいなら、おとなしく殴られた方がいいのか?)
すでに気持ちで負けていた。
最初に話しかけてきたのは茶髪の男だ。
「微能おっさんよぉ、なんで呼ばれたかわかってんのかよぉ」
「なんでですか?」
「なんでですか。じゃねえんだよ! このボケが!!」
「自分で考えろやおっさん!」
モヒカンとスキンヘッドに言われるが、心当たりがない。
丸く収めるにも原因がわからなければ不可能だ。
相手が激昂しないように探るしかない。
「私が気がつかないうちに、あなたたちに不快な思いをさせていたのかもしれません。よかったら、原因を教えていただけませんか?」
「チッ」
茶髪が舌打ちをして、伊吹の胸ぐらを掴む。
「てめえがシェリアさんに馴れ馴れしくしてるからだろうが!」
「そうだ! シェリアさんはてめえ如きが近くにいていい相手じゃねえんだよ」
「俺だってまともに話したことねえのに、てめえは30分もシェリアさんを独占しやがってよぉ」
(え? 要するに声をかけられないヘタレの嫉妬なのか?)
伊吹は急にバカらしくなった。
シェリアと楽しく話したのは事実だが、そのためにこうして路地裏に連れ込まれる筋合いなどない。
「要するに、私がシェリアさんと話したから路地裏に連れ込んだのですか?」
「あたりめえだろうが! 他に何がある!」
「いえ、私には今の状況もありえないと思うのですが」
「舐めたこと言ってるんじゃねえぞ」
(話にならないのだが、どうしよう)
伊吹は困った。
元々、この世界に来たばかりで路地裏に連れ込まれる理由としては、強盗かと思ったのだが、まさかの女性がらみだったとは。
(どうにか、穏便に済ませることはできないだろうか?)
「それで、あなた方は私に何を要求するつもりなんですか?」
すると、茶髪が勢い込んで答える。
「もう二度と、シェリアさんに近づくんじゃねえ」
「そうだ10メートル以内に近づくな」
「ギルドにくるな」
要求がエスカレートしてくる。
これには伊吹も応えることはできない。
ギルドに行かなければ仕事ができないのだ。
それは非常に困る。エリシアに生活のお金まで出させるわけには行かないのだ。
(今、わかりましたということは簡単だし、それで丸く収まるかもしれない。でも、それをするのはダメだ。約束を破ってギルドに行って、シェリアさんと話したら、こいつらはさらに報復してくるだろう。それに、冒険者をするなら舐められたらいけないということがよく分かった。ここで引いてしまったら、要求はどんどん大きくなるだろう。だから、一筋縄では行かない相手だと思わせなければならない)
「お断りします」
茶髪が青筋を立てて聞き返す。
「あぁ? 今何つった?」
(こ、怖い。この先を言ったら、おそらく実力行使になるだろう。でも負けるな!言葉に力を持たせろ!)
「断ると言ったんだ!」
渾身の力を込めて伊吹は怒鳴った。
その一言で、茶髪は掴んだ胸ぐらを離し、一歩引いた。
その隙に伊吹はポケットに手を突っ込み、タクティカルペンを取り出した。
まだ見えないように手のひらの中にうまく隠す。
茶髪は怯んでしまったことを怒り、目を釣り上げて伊吹に言う。
「てめえ、上等じゃねえか」
そう叫ぶと片手剣を抜いた。
それに続きモヒカンはダガーを両手に持つ。
そしてスキンヘッドは湾曲した両手剣を抜いた。
(まずいだろう! こんな街中でこんな殺傷能力の高い武器を抜くのってアリなのか?)
完全な殺し合いである
(土下座でもして許してもらうしかないか。ギルドに行けなくなっても命がなくなるよりはいい)
そう思い、土下座しようとしたところで、それが聞こえてきた。
「あなたたち! 何やってるんですか!」
それは聞き覚えのある声だった。
(予想通りだったらまずい)
声の方を見ると、その予想通りの人。エリシアが目を怒らせて立っていた。
(エリシアさん。ここは危険だ)
3人は急に言われたために状況を把握できず、エリシアを見ているだけだ。
エリシアが叫ぶ。
「こんな街中で一人に向かって、武器を3人で構えてどう言うことですか! 武器をしまいなさい! 衛兵を呼びますよ!」
3人は初めは焦っていたが、最後のエリシアの言葉で冷静さを取り戻した。
茶髪の男がニヤリとしながら言った。
「衛兵を呼ぶってことは、つまり衛兵は呼んでいないってことなんだな」
「!?」
そう、伊吹が路地裏に連れて行かれた時に、見かけたエリシアは状況を把握するためにのぞいたのだが、そこで3人が武器を出したのを見て、伊吹のピンチだと思い慌てて声をかけたのだった。衛兵を呼ぶ暇などなかった。
「じゃあ、あんたも黙らせれば何も問題はねえな」
モヒカンがいやらしく笑う。
「じゃあ、まずは女、お前が先だ」
スキンヘッドが凄みながら、エリシアの方に向かう。
伊吹は焦った。
自分のためにエリシアが危険な目に遭ってしまった。
なんとしても、エリシアを無事に帰さなくてはならない。
「待て! お前たちの目的は俺だろう! 一般人を巻き込んだら、お前たちタダで済まないぞ」
「うるせえ。見られちまったからには後に引けねえんだよ」
伊吹は叫ぶが3人には通じない。
「だいたい、3人はシェリアさんと俺が話をするのが気に入らないだけだったじゃないか。
こんなことをしたら人生を無駄にするぞ」
「「「ギャハハハハ」」」
3人は伊吹のそれを聞いて笑い出した。
そして、茶髪が言う。
「二人を処分してしまえば、無駄にならねえよ」
スキンヘッドが口を挟む。
「いや、待て。この女、かなりいい女だぞ」
「本当だな。これはかなり高く売れるぞ」
「じゃあ、この女で楽しんでから、売ってしまうか」
スキンヘッドと茶髪が言う。
もはやリスクを考えることができなくなっている。
伊吹はこの3人の破綻した論理に苛立つ。
(くっそ、この3人。女性に声をかけられないだけの小物だと思っていたが、結果も予測できないような、手につけられないバカじゃないか。)
伊吹がエリシアの方に向かおうとすると、茶髪が片手剣を伊吹に突きつける。
「待て! 今からこの女を犯す。てめえはそこで見ているんだな」
モヒカンとスキンヘッドはいやらしい笑いをしてエリシアに近づく。
エリシアは半歩後ろに下がる。
「やめなさい。そんなことをすると、よくても犯罪奴隷よ」
「ギャハハ、今辞めても犯罪奴隷じゃねえかよ。だったら、被害者をいなくして仕舞えばいいんだよ」
「そうさ、お前をたっぷり可愛がったら、奴隷で売り払ってやるから安心しろよ」
二人が剣をエリシアに突きつけた。
そして、エリシアに手を伸ばす。
それを見て、伊吹は覚悟を決めた。
(こいつらを叩きのめす)
まず剣を突きつけた、茶髪の剣を握る親指に向かって、タクティカルペンで突きをした。
「ぐわっ」
茶髪が剣を落としたところで、モヒカンに走ってモヒカンの左目にタクティカルペンの突きをした。
「ぎゃあああ」
そして、モヒカンの手放したダガーをひろう。
スキンヘッドが目を怒らせて、湾曲した大剣を振り下ろしてくる。
それを伊吹は後ろに下がることで避ける。
さらにスキンヘッドは踏み込んで振り下ろしてくる。
それがスキンヘッドにとっての悪手だった。
狭い路地で踏み込んで切り掛かること。それは障害物に当たる可能性が高くなる。
スキンヘッドの剣は建物の外壁に当たる。
伊吹はしゃがむことによって、無傷だった。
そして、伸び上がりながら、スキンヘッドの右肩にダガーの突きを繰り出した。
「うぎゃああああ」
見事にスキンヘッドの右肩に刺さったダガーの傷口から鮮血が吹き出す。
スキンヘッドはダガーが刺さったまま後ろに倒れてのたうち回る。
そして、モヒカンのもう一本のダガーを伊吹がひろうと、茶髪の方に走る。
茶髪は右手をイブキに潰されたので、片手剣を左手に持ち替えているところだった。
「てめえ!」
茶髪が目を怒らせて、剣を振り上げる。
しかし、伊吹の突きの踏み込みは茶髪の振り下ろすスピードを凌駕していた。
グサッ!
茶髪の振り上げた左手の肘あたりにダガーが深々と刺さった。
「いってえええ」
茶髪はダガーを刺されて他の二人同様のたうち回っている。
伊吹は周囲を見回す。
茶髪もモヒカンもスキンヘッドも戦意を失っているようだった。
「ふーーーー」
そこでやっと、息を吐く伊吹。
エリシアに向かって笑顔を作る。
「大丈夫ですか? エリシアさん」
エリシアは呆気に取られていたが、にこりと笑う。
「ええ、大丈夫です」
「よかったです。でも、こいつらをこのままにできないので、エリシアさんは衛兵がいるところわかりますよね。
すみませんが喚んできていただいていいですか?」
「はい、わかりました」
エリシアは走り去った。
伊吹が3人を見張っていたところ、程なくしてエリシアと衛兵が到着した。
そして、3人を縛って連行していった。
伊吹もエリシアも同行して、詰所でそれぞれ事情を聞かれた。
二人の言っていることが一致していることから、伊吹とエリシアはすぐに解放された。
二人で無言で歩いて戻っていたが、エリシアが一言。
「心配しちゃいました」
伊吹は、その言葉に微笑む。
「ありがとうございます」
「もう、本当に心配だったんですよ」
「二度も助けられちゃいました」
「今のは助けてないですよ」
「エリシアさんがきてくれなかったら、戦う気さえ起きなかったでしょうから、やっぱり助けられたんですよ」
エリシアが不思議そうに言う。
「イブキさん、強かったですよ。私がきっかけでなくても戦えたのでは?」
それには伊吹は困ったように答える。
「私は戦いのない国から来たので、戦おうなんて思いません。だから、戦う決心をできたのはエリシアさんのおかげです。ありがとうございます」
「うーん、なんだか、釈然としませんけど……」
エリシアは花が咲いたような笑顔になる。
「イブキさんが無事ならよかったです」
エリシアのその笑顔は心が沸き立つような、見ていて嬉しくなる。
(美しくて可愛い人だなぁ)
伊吹はエリシアに見惚れてしまっていた。




