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未亡人を守ると決めた異世界転移の微能おじさん……突きだけ得意  作者: めのめむし
第1章 異世界転移

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第1話 プロローグ 

初めまして。

新作になります。

3連休で一気に読めるようにたくさん更新しますからね

 男は必死に走った。


「なんだあれ、なんだあれ、なんだあれ」


 少し前、男は殺害現場を目撃してしまったのだ。


 現代には似つかわしくない馬車と、その前で倒れる何人もの男。

そして、容赦なく剣を振り下ろす、盗賊とでも言えそうな汚い格好の男たち。  


 男が後ずさろうとすると、落ちていた木の枝を踏んでしまいバキリと、音がしてしまった。


「※※!」


 盗賊が振り向くが早いか、男は振り返り全力で走った。


 混乱しながらも走り続けた。


 そして、躓いて転ぶと小さな斜面があり、木の下がえぐれて、人ひとりが隠れられそうなところを発見した。

そこに潜り込む。


 必死で息を潜めた。


 幸い誰も追って来ていないようだった。


 そこで、男は今日の起こったことを思い出してみる。



 ——————————————————————————————————————————————————






 ピピピピピピピピ


 それほど大きくないが、耳につく目覚まし時計を男の手が掴み、止める。


 普段の男は、すぐには起きない。むしろ二度寝をするところがあるが、今朝はすぐに起きた。


 そして、どこか浮かれた調子で風呂場に行き、シャワーを出す。


「ウヒョ」

 

 勢いよく男に水がかかり、思わず背を反らす。

シャワーの向きを変えればいいのに、そのまま体を固めながら浴び続ける。


 シャワーが暖かくなってくるとともに男の体は緩んでいき、全身にお湯が行き渡るように浴びる。


 一度シャワーを止め、シャンプーをしてから全身をくまなく洗い、泡まみれの体に再びシャワーを浴びる。


 男は先ほどからずっとニヤニヤとしている。


「ふふふ、今日という日を1ヶ月も待ってたぜー。

きょうかー、今日はたっぷり甘やかしてやるからなー」 


 シャワーを浴びながら、男は思い切り叫んだ。




 男は朝もだいぶ遅い時間になり、都内の動物園の入り口近くのベンチに座っていた。


 今日、これから起こることを思い浮かべて思わず相好を崩す。

大事な一人娘との動物園デートなのだ。

 

 紺のジャケットに白いTシャツ、ベージュのチノパン。そして、動き回りやすいように有名なバッシュの復刻版を履いて足元を固めている。

バッシュは、娘もかっこいいと言っていたから履いている。


 背中に背負ったリュックには、男の手作りの重箱弁当と救急道具やこれもまた娘がかっこいいと言っていたアーミーナイフなどのグッズが入っている。


 男は楽しみすぎて、笑みが溢れてしまう。

 

 35歳のおじさんが一人でニヤつくのは不気味かもしれないが、ずっと楽しみにしていたのだ。

周りの人には許して欲しいと考える。

 

杏果(きょうか)はまだかな。まさか、何かあったとかは……ないよな。絢音と一緒なんだからな」


 周りを見回すと、数人の少女が楽しそうに話していた。


「ねえねえ、知ってる? ここの場所で十何年か前に六人の高校生と4歳の男の子が神隠しにあったんだって」

「何それ、怖い」

「なんか、光ったらしいよ」

「それ、あれだよ」

「何?」

「異世界転移」

「あはは、ラノベ読みすぎ」

「あるかもしれないじゃん」

「あったらどうする?」

「うーんとねー」


 そんな会話をしながら少女が去っていった。


「異世界なんかに行ったら、杏果に会えなくなるな。それは困る」


 ぼそっと、男がつぶやいた。

 


 時計を見ると、すでに約束の時間から20分を経過している。


絢音(あやね)に電話してみるか。でも、緊急時以外は電話しないでくれって言われてるしな……やっぱり杏果にもスマホを持たせておけばよかったかな。

はっ、杏果にスマホでチャット……」


 男は、杏果と毎日のようにチャットをしあう楽しさを想像し、今日の帰りにスマホショップに行くことを決心する。

杏果に似合うスマホを考える。

 

(青いパステルカラーのスマホがあれば似合うかもしれない)


 そんなことを考えていると……。

 

「何、ニヤついてるの? 気持ち悪いわよ」

「うわっ。絢音!」


 気がついたら、元妻の絢音が蔑んだ顔をして立っていた。

 

「もう、他人なのよ。気安く名前で呼ばないでもらえるかしら、福山伊吹(ふくやまいぶき)さん」


 その言葉に、伊吹の胸がちくりと痛む。

 割り切ったつもりでも、冷たい言葉を投げかけられるだけで、傷は開いてしまうようだ。


 それでも、なんとか表情に出さずに切り返す。


「そんなことを言っても、君だって福山のままだったろう。名前で呼ぶしかないじゃないか」

「あら、言ってなかったかしら、私は再婚するのよ。これからは桐山絢音よ」 


 それを聞くと、伊吹の腹の奥にはモヤモヤとしたやりきれないものが溜まる。

もう、過ぎたことだというのに、こうも堂々と言われると恨み言の一つも吐きたくなる。


「ああ、不倫相手と再婚するのか」


 すると、睨みつけるように絢音が見てくる。


「もうあの人が私の分も含めて慰謝料もしっかり払ったし、あなたがどうこういう問題ではないわ。口出ししないでくれる?」

「お金だけの問題ではないだろう。気持ちの問題もある」

「いいえ、その気持ちに対して慰謝料という形で支払ってあるのよ。そのお金を受け取ったのだから、もはやあなたに何か言う権利もないわ」


 伊吹は、こんな言い方をする絢音への想いをいまだに断ち切れないでいる。

絢音は不倫をしてから退屈な伊吹に愛想をつかせて、今では憎く思っている。

しかし、伊吹は数ヶ月前に不倫が発覚するまで絢音を愛していたのだ。

そう簡単に大切に思っていた気持ちを割り切れるものでもない。

だから、これ以上話は続けたくなかったので本題に入った。


「ところで杏果はどこにいるんだ? 連れてきてくれたんだろう?」


 伊吹は姿が見えない絢音に引き取られた9歳の娘、杏果を目で探す。


 絢音はそれに対してにべもなく答える。


「杏果はいないわ。連れてきてないもの」


 伊吹は自分の耳を疑った。今日は月にたった一度の杏果との面談の日だったのだ。

それは、取り決めをされているから、杏果が拒否しない限り絢音が独断で連れてこないなど、許されるわけがない。


「何を言っているんだ」

「だから、連れてきてないって言ってるのよ。あの子にはあなたが急に来れなくなったって言っておいたわ」

「どうしてそんなことを……、俺が今日をどれだけ楽しみにしていたのかわからないわけじゃないだろう。

杏果だって、先月会った時は今日の動物園を楽しみにしているって言っていたんだ。

パパのお弁当が食べたいって言ってくれたから、早く起きて弁当も作ったんだ。

君に俺と杏果の楽しみを奪う権利なんてないはずだ」


 別れて数ヶ月でこんなことでは、この先もう会わせてもらえないのではないかと焦りに包まれる伊吹。


 そんな伊吹の気持ちを知ってか知らずか、絢音は冷たく伊吹に告げる。


「もう、あの子に会わせないわ」

「なんで……」

「さっきも言ったけど、私は再婚するの。それは、杏果に新しい父親ができるってことよ。それなのに古い父親が付き纏っていたら、うまくいくものもうまくいかないわ」

「そんな勝手が通用するわけないだろ。それに杏果の気持ちだってあるだろう」

「あなたがいるとあの子が成長できないの。新しい父親はあの子の成長を促してくれるわ」

「お、俺だって、いろんなことを教えてあげられる。俺の知識の豊富さだって知ってるだろう?」

「ええ、最初は私もあなたの多彩さに惹かれたこともあったわ。でも、あなたは多彩でも一流にはなれない人なのよ。

最初は人よりも才能があっても、その才能は突出したものではない。あなたはいろんなことに微妙に才能があるだけなの。言うなら微能よ。

あの人の突出した才能に比べたら、霞んで見えなくなる。

そして、世の中突出した才能がものをいうわ。

微能のあなたと突出した才能の持ち主のあの人とどちらといれば、杏果のためになると思うかしら?」

「そんなの両方から教えを受ければいいだろ。まだ小さいんだからどんな才能があるかわからないじゃないか」

「それじゃあ、困るのよ。あなたから学んで杏果まで微能にするの? あの子には幸せになってもらいたいのよ」

「俺から引き離せば、あの子が幸せになるっていうのか!」

「そうよ!」

「!?」


 無茶苦茶である。あまりにも一方的な絢音の言い分に伊吹は絶句してしまう。

そんな伊吹の様子を見ながら、絢音はあくまでも冷たい顔で言う。

 

「今、あの子には大切な時期よ。新しい父親がいるのに、古い父親に会うなんてことをしていたら、いつまでも新しい父親と仲良くなんてなれないわ。あなたと会うことなんて百害あって一利なし。私たちの幸せに小石を投げるようなことしないでもらえる?」


 伊吹は顔を歪め悔し紛れに言い返す。


「君が不倫をして築いた家庭がそんなに大事か!」


 絢音は冷たい顔から蔑んだ顔に変わり、言った。


「ええ、大事よ。あなたなんかといた頃よりもずっと大事な家庭になるわ」

「ッ!? そんなに俺のことを嫌うのか!」

「そうよ。あなた、だって退屈だったんだもの。なんでもできるけど、何もできない。人よりも物覚えはいいけど、それ以上には上達しない。優しいけど優しさの中に筋がない。収入もある程度上がってもそれ以上には上がらない。これからも期待できない。あなたとの生活はまるでぬるま湯に浸かっているようだったわ。そして、強烈な魅力を持つ、あの人に出会った時にぬるま湯に浸かっている自分に嫌気がさしたわ。そして、ぬるま湯を用意するあなたを嫌悪した」

 

 伊吹は悟った。絢音は自分を排除しようとしているということを。

だが、杏果を諦めるわけにはいかない。


「君の気持ちはわかったよ。君の邪魔はしない。でも杏果にだけは会わせてくれ。俺のただ一つの希望なんだ」


 そんな、最後の望みをかけて言う伊吹の言葉を絢音は冷たく否定する。


「ダメよ。杏果には金輪際会わせない。あなた言ったじゃない。私の邪魔をしないって。杏果に会うだけで私の大きな邪魔になるのよ」

「頼むから。杏果にとっても本当の父親を取り上げるのはいい影響を与えないだろ」

「杏果にはあなたが忙しくて会えないって言っておくわ」

「……そこまでして、俺から杏果を取り上げるのか」


 伊吹が悄然として呟く。


「言っておくけど、家裁に話を持っていっても、私は取り合う気はないわ。母親が会わせないって言ったら、父親が会える可能性なんてないって知っておきなさい」


 必ずしも、母親有利というわけでもないが、絢音はダメ押しで伊吹に告げた。


 伊吹は杏果の笑顔を想い、それがもう見れないかと思うと胸が苦しくなって、自分の胸ぐらを握り込む。


「それじゃあ、もう私にも連絡をしないでもらえるかしら、福山伊吹さん。永遠にさようなら」


 絢音は、踵を返して駅の方に歩いていった。


 伊吹は引き止めないといけないと思ったが、引き止めても変わりようのない絶望的な状況によって、そこから立ち上がり追いかけることができなかった。


 やがて、絢音の姿は見えなくなった。


 伊吹はベンチに座った状態で、動けないまま2時間を過ごした。

その間、思い浮かべるのは生まれてから先月までの杏果の姿。

そして、出会ってから幸せだった頃の絢音の姿。


「なんで、こんなことになってしまったんだろう」


 よろよろと伊吹が立ち上がる。


 そして、歩き出す。


 数歩歩いたところでグニャリと伊吹の視界が歪んだ。


 その瞬間、伊吹の存在がその場からかき消えた。


 奇しくも、少女たちが話していた、神隠しがあった場所だった。

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