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捜索

「サール様が退学されて屋敷を追放されたと聞き、私はお仕えする為に屋敷を辞めました。これまではどんなに嫌でも母を養う為に辞める訳にはいかなかったのですが、ようやく心置きなくサール様にお仕え出来ます。しかし肝心のサール様の行方が分からなくなってしまいました。追放されたのを知るのに時間がかかっていたのです」


「お前でも心当たりないのか?」


「懇意にされている薬屋があったので、そこへ行ってみましたが、既に旅立たれた後でした」


「何か……何か手掛かりはないのか。どこへ向かったとか、そういう事を言っていなかったか」


「はい。《おにぎり》を探しにいくと仰ったそうです」


「《おにぎり》……とは何だ?」


「さあ。分かりません」


 長い間、生きてきたハーメルにも初耳の言葉だ。なんだろうと思案した時「殿下!」という切羽詰まった声が上がった。


 振り返ると、ベッドに横たわっていた筈の第一王子が何故か床に転がり落ちている。傍に侍っていた侍従が慌てて抱き起こしていた。


 数滴ながらも『命の霊薬』を服用した第一王子の顔色はよくなっていたのに、今は蒼白になっている。ハーメルも急いで駆け寄った。


 愕然とした第一王子は大きく目を見開いていた。支える侍従の腕を掴み、アルデを凝視している。


「《おにぎり》……《おにぎり》と言ったか?!」


「はい」


 怯えるアルデが戸惑いながらも頷くと、第一王子の唇が戦慄いた。


「殿下、心当たりがおありで?」


「……知っている……知っているが、それはここにはない筈の物だ。私も以前に探した事が……」


「といいますと?」


「……詳しくは言えない。だが頼む! 必ずその者を見つけてくれ! 絶対、絶対にだ! その者に会わせてくれ!」


「もちろん探しますが……」


 あまりの剣幕に、ハーメルはたじろいだ。ここまで感情を露わにする第一王子を見た事がない。いつも穏やかにベッドの中で微笑んでいる印象が強いから。


「頼む……どうか……」


 侍従によってベッドに戻された第一王子は、痛いほど強くハーメルの手を握ってきた。


「もとよりそのつもりでございます。その者でないと、おそらく原料のリュサが手に入らないでしょう。殿下、最善を尽くしますので、どうか落ち着いて下さいませ」


「すまない……取り乱してしまった」


「いいえ」





 その後、サール・キリディングスを捜す捜索隊を編成する事になった。まずサールの顔を知るアルデは欠かせない。

 次に第一王子の強い意向で、第一王子の側近で乳兄弟でもある侍従が選ばれた。


「モルフ殿は殿下のお側にいなくてよろしいのですか?」


「連れて行ってくれ。頼む」


 モルフもベッドの傍らで頭を下げている。どうやら第一王子によくよく言い含められたらしい。一番信頼している側近を手放してでも、あの者を探し出したいようだ。


 捜索隊と言ってもあまり大人数で目立つのもよくないという事で、基本的に二人で行動してもらう。アルデとモルフの二人、騎士の中から選抜した二人組が三組、合計四組で王都から東西南北の方向へ向かって捜索する。


 必ず見つけ出すと第一王子と約束したが、かなり難易度の高い任務である。

 何せ手がかりである《おにぎり》を誰も知らないのだ。第一王子の説明ではどうやら食べ物らしいが、そんな食べ物、見た事も聞いた事もない。


 主だった貴族、地方領主、冒険者ギルドには手配書を配った。僅かな目撃情報でもあれば参考になる。情報提供者には謝礼金を渡す事になっている。


 そして捜索隊には魔法道具を持たせてある。小鳥の形をしたそれは、王宮にいるハーメルと行き来して声を届ける。

 それぞれに二個ずつ持たせたので、時差なく頻繁に行き来するだろう。ハーメルの元に情報が目撃情報が入ればモルフにすぐに届けられる。


「何もなくても、どこで捜索中か知らせておいてくれ。離れた場所で目撃情報があれば、別の者を差し向けるから」


「承知しました」


 サールをよく知るアルデには策があるようだった。


「サール様は薬師です。きっと行く先々で貴重な薬草を売られるでしょう。冒険者ギルドで痕跡はきっと見付かります」


「おお、そうだな」


 頼んだぞ、と旅装を整えた二人をハーメルは送り出した。



 ◆



 一方その頃、キリディングス伯爵家は大騒ぎだった。


 能なしだからと廃嫡した私生児が、まさか王族から呼び出されるとは。

 何故なのか。無能だから落第したのではなかったのか!


 伯爵は勅使の持ってきた命令書を受け取るだけで手が震えた。謁見の間で王族に囲まれながら叱責された時は、本当に魂が抜けてしまうかと思った。


 頑固そうな老人に屋敷を粗探しされたが、無能がいなければ用はないとばかりの態度で背を向けられた。


 普段、伯爵はそういう扱いをされないので頭に血が上った。憤懣を抑えられずに周囲に当たり散らした。

 

「あやつは無能だから落第したのではなかったのか! お前は嘘を吐いたのか!」


「違うわ! 落第したのは本当よ!」


 目を血走らせた伯爵は、普段可愛がっている娘にも恫喝する。いつもは尊大な夫人も、娘を肩を抱いて伯爵から距離を取っていた。

 執事や侍従達も同じ部屋にいたが、みんな当主の剣幕に縮こまっている。


「あやつを連れ戻せ! 探して来い! どうせその辺をうろついるんだろう! 金を渡さなかったからな!」


「畏まりました」


 執事の命令で、使用人が数人、捜索に駆り出されたが、数日経っても見つけられなかった。


 とうに王都を後にしている事など、知る由もなかった。

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