閑話 ハーメル、育毛剤に翻弄される
書籍化されるので一話だけアップします。
第一王子レオンから育毛剤の話を聞いたハーメルは、数日後、元職場を訪ねてみた。暇で退屈な日々に飽きていたからだ。
扉を開けて部屋に入った瞬間、どんよりとした空気に驚いて足を止める。
薬品や調合器具が散乱した中、かつての部下達が仕事に従事していた。半数は決められた業務を黙々とこなしているようだが、半数は目の下に隈を作りながら何かの実験している。
大きくバツが書かれた紙が、何枚も壁に貼られているのが見えた。実験中の元部下達は、今にも倒れそうな顔色だ。
ハーメルはやれやれと溜め息を吐いた。
「難航しているようだな」
「ハーメル様!」
部下達は弾かれたように立ち上がり、ハーメルの元に押し寄せてきた。
「陛下が! トモリズの葉で!」
「いくらやっても効能が出ず!」
「何かと組み合わせて!」
「落ち着け。全員で一度に喋るな」
ハーメルは部屋の隅にある休憩用のソファに座った。
王宮薬師は言うまでもなく国で一番優秀な者達だ。彼等がここまで追い詰められているのは、あの少年の不用意な一言のせいだろう。
「レオン殿下から伺ったのだが、育毛剤を作る事になったそうだな」
「はい」
「陛下のご命令だとか?」
「はい。トモリズの葉を加工すれば効能を得られるそうです」
「その加工方法までは教えて下さらなかったんだな?」
「はい。仰る通りです」
「そして難航していると」
「ハーメル様……」
「これまでに分かった事を教えてくれるか?」
「はいっ!」
部下達は嬉々として報告してくれた。
トモリズ草というのはどこにでも生えているありふれた草で、昔は胃腸薬として使用されていた。
しかしあまりにも苦いので、カラナムという薬草が発見されてからはほとんど用いられなくなった。
まさかトモリズ草から育毛剤が作れるとは、ハーメルも驚きだ。
部下からこれまでの実験結果を聞き、どうやらトモリズ草単体では難しそうだと判断する。
「他の薬草と組み合わせるとか、そういった事は聞いてないのだな?」
「はい」
「ではどうしても時間がかかるだろう。急がせないようにと、私からも進言しておくよ」
「「ああ、ありがとうございますっ」」
部下達は全員、涙を流しながら喜んだ。先の見えない実験の繰り返しで、心身共に疲弊しているようだ。
ハーメルは適度に休養を取るよう忠告し、その足で国王の謁見申請を出しに向かった。
国王はハーメルの話を聞いて残念がった。
そもそもの始まりはあの少年なので、直接会って話を聞こうとしたが、レオンと共に隣国アッグレに留学したのだという。
「留学……もう旅立ったのですか」
「うむ。どのみち中途半端な時期だし、向こうも大歓迎でな。受け入れる準備を最速で整えてくれたようだ。だからこちらの支度が整ってすぐに出発したのだ」
「そうなのですか……」
ハーメルはレオンから話を聞いた時に迅速に行動すべきだったと後悔したが、いないものは仕方ない。
後日、隣国の少年宛てに手紙を出した。
トモリズ草で作る育毛剤について。
単体では充分な効能が得られそうにないこと。
別の薬草と混ぜる必要があるのかどうか。
その種類と加工方法。
王宮薬師達が国王からの期待が大きくて、とても困っていること。
サールの助言を必要としていること。などなど。
送り先が隣国なので、とても時間を取られる。ハーメルはあまり期待しないようにして待っていた。
だから後日、思ったより早くサールからの返信が届いた時は喜んだのだ。
急いで封を開けて内容を読んだハーメルは、がっくりと肩を落とした。
「氷ドラゴンの住処に生える薬草だと!?」
文面から感じ取れるサールの心情は、とても恐縮しているようだった。自分の不用意な一言がレオンから国王に伝わり、王宮薬師に多大な負担を強いた事を謝っていた。
それはいい。申し訳なさそうに頭を下げる彼が目の前に浮かぶ。
だが肝心の助言がとんでもなかった。
「トモリズ草に加えるもう一つの材料は、氷ドラゴンの縄張りに生えている草のような『気がします』!?」
ハーメルの絶叫に、使用人が何事かと顔を出した。
「いや、すまない。何でもない」
使用人を下がらせて、ハーメルは頭を抱える。
氷ドラゴンの生息地は、トマリーナの北に位置する隣国トカフだ。トカフは小国で、北側は人が住める土地ではないらしい。高い山脈が連なり、年中寒く、雪と氷で閉ざされているという。
その山脈が氷ドラゴンの生息地だ。空飛ぶドラゴンがたまに人里近くに姿を見せると、何かの書物で読んだ事がある。
「どのみちサール殿がいなければ採れないではないか!」
ハーメルは一頻り騒いだ後、残念な報告をしに王宮へ向かったのだった。
次の更新は空きます。




