アルデ
ハーメル一行は伯爵家からその住所へ直行した。
王都の下町、市場の近くの寂れた住宅街。平民でも貧しい住民が多い区画で、道端にはゴミが散乱している。薄暗くて細い通りを入って行かなければならなかった。
治安を心配した騎士はハーメルに馬車で待つよう提案してきたが、ハーメルは断った。自ら不衛生な道に降り立つ。
天気の良い昼下がりなので、井戸の周りで中年女性達が集まって洗濯をしていた。ハーメル一行を見て、怯えたように固まる。
「すまない、この辺りにアルデという男が住んでいないだろうか? 伯爵家の下男をしていた男だ」
「アルデに何の用だい?」
一歩前に出て来たのは、気の強そうな太ましい中年女性。
警戒しているようだが、反応してくれたのでハーメルは低姿勢で頼み込んだ。
「尋ねたい事があるのだ。それだけだ。乱暴はしない」
「……ふうん?」
貴族の横柄な態度に慣れきっている女性達は、お願いされて面食らったようだ。
戸惑っているうちに奥の家から男が一人出て来て、何事かと目を見開いた。
「アルデどのか?」
ハーメルの問いに、男は棒立ちになる。男の顔立ちはまだ若く、薄い体つき。茶髪に茶色の瞳。身長もそんなに高くはない。
「……どの?」
「キリディングス伯爵家に勤めていたアルデどのか? 私は王宮薬師のハーメルという。子息を探しているのだ。行方を知らないか?」
「……サール様を?」
「そうだ。絶対に見つけなければならないのだ。協力して貰いたい。もちろん報酬を出す。悪いようにはしない」
男はアルデ本人だったようだ。ゆっくりと歩み寄って来た男は大きな鞄を肩から下げていた。
「サール様を探す理由をお尋ねしても?」
「彼はとても貴重な薬を調合した……らしい。だがその薬は失われてしまった。だからその原料をどこで調達したのか尋ねたいのだ」
「あぁ……なるほど」
アルデは驚く様子はなく淡々としている。
「私もサール様を探す旅に出るところでした。詳しい話をお聞かせ下さい」
一足違いで危うく入れ違いになる所だった。
何とか下男を確保したハーメルは、馬車の中で伯爵子息について聞いた。
「サール様は屋敷で迫害されておりました。私は監視役として執事に命令されてお側にいましたが、とても親切にして下さいました。私の立場があるので、表向きは辛辣に振る舞うよう言われました。私は下男だというのに。お母様であるマリ様もとてもお優しく、とても心苦しかったです」
私生児が冷遇される。貴族家ではよくある話だが、当主の判断によって大きく分かれるところだ。大事にする家もある。
「ある時、私の母が病に倒れました。昔から病弱だったのですが、高熱が下がらない日が続き、いよいよかと覚悟を決めました。ところが浮かない顔の私に気付いたサール様が事情を尋ねて下さり、母の容態を直に診て薬を調合して下さったのです。母は翌日には回復しました。サール様は母の命の恩人なのです」
その母もついこの間、息を引き取った。マリはその前に旅立ってしまっている。
サールが学校の寮に入っていたので薬の調合が間に合わなかったのだ。傍にいれば二人とも助かっていただろうと、アルデは続けた。あの薬があればと……。
「その薬はどんな色をしていた?」
「透明度の高い、微かに緑色の液体でした」
「おそらく上級回復薬だな」
命の霊薬には上級回復薬も必要だ。上級回復薬を調合出来なければ話にならない。
「お高い薬なのでしょうね」
「平民には手が出ない価格だろう」
「そうですよね。薄々察していました」
「子息はその薬の原料はどのように手に入れたのだ? 話を聞くに、その原料を買うお金を持っているとは思えないが」
「ご自分で採りに行かれます」
「子息自ら?」
「はい。幼い頃に冒険者登録されております。薬草採取に関してはギルドでも一目置かれる存在ですよ」
「なんと?」
アルデはゆるりと微笑んだ。
「伯爵にバレてはお金を巻き上げられるので、偽名を使っておられます。用心して、王都にある三カ所の冒険者ギルドに分散して薬草を持ち込んでおられました。珍しい貴重な薬草を手に入れられるので高値がつきます」
ハーメルは何度か瞬いた。
「何故そのように貴重な薬草を見つけられるのだ? 誰かに教わったのか?」
「いいえ。サール様には『運』と『勘』という特性があります。本当に『運』が良いのです。驚くほどに」
「特性……」
「私は常々思っていました。『運』という特性はそんなに便利なものなのかと。一般的にはそんなに珍しいものではなく、効果も微妙な曖昧なものだと聞きます。しかしサール様の『運』は凄いのです」
ハーメルは自分の手が震えるのを感じた。
『運』の特性持ち……もしかしたら……だからリュサを見つけられた……?
「凄いとはどのように?」
「何度か薬草採取に同行した事がありますが、気付かずに危ない道に入っても絶対に無事に戻れるのです」
「…………」
「ある時は冒険者ギルドに帰ってから、実は盗賊がうろついていた危険な場所だと聞かされ……。逆に真っ直ぐ帰ればいい道を、何故か嫌がって遠回りされる事もありました。そういう時は決まって何か起こっていました。荷馬車が襲われていたり、魔物に襲われた人がいたり……。道に迷ってもサール様の『何となく』という『勘』を頼れば、無事に帰って来られるのです。必ずです」
「それは……本当に『運』か? その上の『幸運』か『強運』に相当しそうな力だが……」
「そうですよね? ただの『運』ではないような気がしていました。しかし教会では間違いなく『運』と判定されたようです。伯爵が激怒していましたから。特性というものは何らかの要因で成長するのですか? 上位のものに」
「そのような話は聞いた事はないが……専門外なのでどうとも言えん」
「そうですか」
王宮に着き、ハーメルはそのままアルデを第一王子の元へ連れて行った。
アルデの話は第一王子と共有しておかなければならないと判断したからだった。




