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帰路

 その後、子息が帰宅して号泣するロゼレムを見て混乱した。

 動揺する子息に辺境伯が事情を話す。時間をかけて事態を把握すると、ほっと息を吐いた。


「冤罪が晴れたのは喜ばしい事です。まさかこんなに年月が経ってからそうなるとは思っておりませんでした」


「そうだな」


 辺境伯と子息は頷き合った後、二人揃ってサールを無言で見詰めた。


 サールはただニコニコ笑っているだけだ。


 サールには特別な能力があると薄々察しているユーズが、ゴホンと咳払いする。


「ロゼレム殿、実は官吏に復帰して貰うのとは別で、このサール様の個人的な資産管理もお願いしたいのです」


「そうです。その為にここに来ました」


 サールは身を乗り出し、自分の口で説明した。

 自分はトマリーナからの留学生だということ。寮の料理人と仲良くなり、手荒れと火傷に効く塗り薬を作ったら、それが評判になったこと。欲しがる人が多くなったが、学生の自分に求められる量の商品を生産、販売をするのは不可能だということ。継続的に提供する為に、委託販売を勧められたこと。


「その商品に関する契約や、継続的な資産管理などをお願いしたいのです。売上は寄付すると決めているので、その寄付先に関しての調査等も含みます。もちろんそれは資産管理の職務とは違いますから、必要に応じて人を雇って貰う事になりますが」


 泣き止んで説明を聞いていたロゼレムは、不思議そうに漏らした。


「何故こんなにも遠くにいる私に? 王都にいくらでもいるでしょう」


「いいえ。資産管理だけならまだしも、寄付に関する事柄はその人の性質が強く関わってきます。……仮に孤児院に寄付するとして、その内部が腐敗していたら意味がない。親のいない子供達に支援するのに、ずる賢い大人に搾取されては本末転倒。あなたはその見極めが出来る人だと、きちんと子供達に支援が届くよう手配できる、真っ直ぐな人だと僕は思います」


「…………………」


「だから僕は他の誰かではなく、あなたにお願いしたいと思いました」


 ロゼレムは不思議そうに首を傾げている。


「何故そんなに自信たっぷりに言い切れるのです? 私の事など全く知らないでしょう?」


「ええ。知りませんが、僕はそう感じるのです。僕は僕の『勘』を信じます」


「……………………」


 あまりにも堂々と宣言されて、ロゼレム本人も辺境伯も子息も呆気に取られたが。

 やがてロゼレムがふうと息を吐いて苦笑した。


「王都へ行っても、本当に娘の喘息がよくなるか分かりません。思ったほど改善しなければ、またここへ戻ります。ですから薬の効き目次第で返事は変わってしまうでしょう」


「それで構いません。何なら僕が調合します。薬師志望なので」


「調合できるのですか」


「はい。まだ学生ですが任せて下さい。僕では不安なら本職の薬師にお願いしますので」

  

「分かりました。そこまで仰るなら行きましょう。王都へ」


「ありがとうございます」


 ロゼレムの同意を貰えて、サールはにっこり微笑んだ。


 そのやりとりを静かに見守っていたレオンも老人もにこにこしていた。





 その夜は歓待を受けて、辺境伯の屋敷に泊まった。

 使用人は後片付けでバタバタしていたし、あちこちで酒宴が開かれているようで、夜遅くなっても人の声が遠くから聞こえてきた。

 辺境伯の屋敷は大きいのに、ここまで届くとは余程楽しい酒を飲んでいるのだろう。


 翌朝には旅立った。


 辺境伯のお言葉に甘えて馬車に同乗させて貰う。馬車は狭いので、モルフとアルデは別の馬車になった。

 ユーズとノエラも馬ではなくそちらに乗った。辺境伯の騎士が馬車を取り囲むようにして街道を進む。


「先生、改めて尋ねますが、魔獣とはどういうものですか? 普通の獣とは違うのですか?」


 レオンの質問に、老人はさらりと答える。


「そうですな。魔力回路がある獣を魔獣と呼びます。だから魔獣は魔法が使えます」


「そうなのですか」


「トマリーナにも魔獣は生息していますが、人の居住地と住み分けが出来ているので被害が少ないのです。だから一般的にあまり知られていません。しかし居住地近くに魔獣が生息している地域の住人は、当然熟知しています。有名なのが焔ドラゴンですな。王都から近いですから」


「ああ、焔ドラゴン……」


 サールにも馴染みがある魔獣なので、その姿を思い浮かべた。

 歩くだけでドスンドスンと地面が揺れるほど巨体で、火山の近くが縄張りだ。その近辺に近付くだけで熱いので、焔ドラゴンの脅威よりも熱さで人はやられる。


 あんな場所に安全に行けるのはサールだけだろう。サールには『勘』と『運』があるから熱波が遠ざかるタイミングが分かったし、貴重な薬草が生えている場所もピンポイントで分かった。短時間で帰って来られた。


「魔獣の死骸からは魔石が取れます。そういえばあれほどの数の魔石を所有するとは、南のヒレンツ国には魔獣が多く生息しているのでしょうか?」


 老人が辺境伯に顔を向けると、辺境伯は頷いた。


「ヒレンツには私も行った事はないが、取引のある商人から情報を仕入れている。ヒレンツは魔獣が多く生息しているようで、魔石を売りに来る商人も多い」 


「魔石は魔力回路を鍛えるのに使ってましたが、他に何に使えるのですか?」


「小さい物は生活魔法と同じような性能です。火を出したり、水を出したり。魔法が使えない人間でも簡単に使えるので、とても便利なのですよ」


「魔獣の死骸から取れる魔石……もしかしたら人間の死体からも取れますか?」


「え?」


 レオンの質問は虚を突いたようだ。老人と辺境伯は顔を見合わせて沈黙した。


「さあて、どうなんでしょう? 聞いた事はないですな」


「それは死体を解剖しないから分からないという意味ですか?」


「そうです。取れる可能性のあるのは魔力回路の発達した魔法使いの死体。死体を切り刻むという行為は禁忌と思われがちです。医者なら慣れているでしょうが、理由もないのに亡くなった人の身体を傷つけはしません」


「そうですよね。遺族も嫌がるでしょう」


「当然です。それに魔法使いの人数が少ないので、その発想がありませんでした。盲点でした。トマリーナでは魔獣を捕らえる頻度も少ないので」


「我が国もですよ。レオン様は鋭い質問をなさいますね?」


「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。意欲的な生徒なので、先生役も気が抜けません」


 どこか嬉しそうに言う老人に、レオンは感覚の違いを思い知った。


 レオンは前世の感覚を引き摺っている。前世でもあまりよく思われない行為だったが、死体を解剖するという行為は、ここでは本当に禁忌だ。

 死因の特定や研究目的などの特別な理由がない限り、医者も亡くなった人を解剖しないだろう。


 気を付けて発言しないと駄目だと、レオンは自分に言い聞かせる。別の質問をぶつけた。


「ではこれからの取引はどうなさるのですか?」


「そうですね。今回の戦争でこちらが被害を被っていたら国交断絶でしたが、レオン様のお陰で事なきを得ました。これまで通りとはいきませんが、商取引は継続する方向でいくでしょう。陛下にもお伺いを立てますが」


「そうですか」


「おそらく取引所は閉鎖して、格子で仕切られた窓口だけの対応になるでしょう。小物は格子の下にある引き出しでやりとりをして、大物は扉で隔てた隔離区間を利用する。直接、相対するのは極力避けるので、これまでよりも時間がかかります。橋には荷馬車の行列が出来るかもしれませんが、そのくらいの嫌がらせは当然かと」


「値段もこちらが有利ですな?」


「もちろんです。こちらも欲しい物がありますが、しばらくは強気に出られますよ」


 はっ、はっ、はっ、と辺境伯は上機嫌で高笑いした。


「そういえば、向こうの国には魔法使いがいないのでしょうか? もしいれば、せっかく造ったあの防御壁も破壊される可能性がありますが」


 レオンが心配そうに言えば、老人と辺境伯は揃って首を横に振った。


「いれば今回の現場に参戦していたでしょう。光るほどの実力者なら目立ったはず。しかしそれは確認されていません」


「あ、そうでした。強い魔法使いは白く光るのでしたね?」


「レオン様は稀有な例外。光らなくなって幸いでした」 


「はい。よかったです」


 そういえば……と辺境伯は驚いた表情になったが、言及しなかった。

 ユーズとノエラが同行しているので、薄々レオンの身分を察しているだろう。旅の人で通してくれる。


 それがレオンにはありがたかった。

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