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魔獣

 ここに来るまでの道中……あの空飛ぶ絨毯を操作していたのは、老人ではなくレオンだったのか。


 この旅に同行するにあたって、ノエラも当然レオンの身分を知っている。

 でもこんなのは聞いていない。トマリーナ国の第一王子が、こんなにとんでもない魔法使いだとは……。


 そこに少し憤慨したようなレオンの声が届いた。


「先生、魔獣とはいえ、人間に自由を奪われて戦争の道具にされるなんて。私はそんなの好きじゃないです」


「ではあの魔獣を解放してみますか?」


「出来るのですか?」


「あの魔法道具をよく見て下さい。黒い魔石が使われていますね? おそらくあれが隷従を可能にしています。あれを壊してしまえばいいのです」


「壊す? この距離でどうやって」


「魔石といっても石は石。少し特殊な魔力を篭められた石というだけです。土魔法が効くかもしれません」


「土魔法……」


「レオン様、土魔法で礫を作り出す時、手元でも少々離れた場所でも作り出せますよね? 同様に、礫を消滅させる事も。ならばあの魔石を起点にして、礫を消滅させるイメージの土魔法を発動すればよいのです」


「なるほど!」 


「あの魔法道具を作り出した者の魔力が強ければ通じないかも知れませんが、レオン様の魔力なら通用する気がします」


「さすが先生! やってみます!」


 レオンは遠目ながら、一番近くにいた魔獣の魔法道具に意識を集中させた。

 少し時間がかかったが、パリンという小さな音が聞こえてくる。

  

 するとツノの上で小さな爆発を感じた魔獣は突然暴れ出し、騎乗していた兵士を振り落とした。隣の魔獣に体当たりしてパニックになっている。

 兵士達が宥めようと集まったが、何しろ巨体なので上手くいかない。大騒ぎになった。


「お見事です。その調子でどんどん解放していきましょう」


「はいっ!」


 レオンが次々と魔石を壊していくと、更に騒ぎが大きくなる。

 逃げ出す巨体に、振り落とされる兵士。踏み潰された兵士の悲鳴が上がり、隊列はあっという間に乱れていく。


「先生、この手段では見える範囲の魔獣しか解放できません。他の手段はないですか?」


「確かに一つ一つやっていては効率が悪いですな。ではあの黒い魔石を無効化するよう浄化してみますか」


「浄化? そんな魔法があるのですか?」


「わしには使えませんが、古書で見たことがあります。古代には使える魔法使いがいたとか。呪文は分かりませんが、やるだけやってみましょう。レオン様、あの黒い魔石に篭められた効果が消えるよう念じてみて下さい」


「消えろ、ですね。やってみます!」


 レオンが目を瞑り、祈るような姿勢になった。


 しばらくは何も変化がなく、不発かと皆が思った時、ノエラ達がいる場所よりも右側から騒ぎが起こった。

 方向が全然違う。レオンの位置からは見えない場所だ。


 それ以外にも広範囲で暴れ出す魔獣が増えて、ほぼ全軍が混乱に陥った。魔獣は兵士を振り落として逃げ出すが、それを止めようとする兵士はいない。踏み潰されないよう逃れるので精一杯だ。


「レオン様、よく見て下さい。魔法道具から解放されても、大人しい魔獣もいます。おそらく乗り手が丁寧に扱っていたのでしょう。穏やかに兵士を下ろして別れを告げているようです」


「本当だ」


「逆に乱暴に振り落とされて踏まれた兵士は、それまで魔獣を酷く扱ってきたのでしょう。自業自得です」


「なるほど。魔獣にも心があるのですね」


「強い魔獣ほど自我がはっきりしております。この魔獣は強い群れなのでしょう。魔法道具さえなければ使役される事はなかった。ご覧なさい。頭領を先頭に去って行きます」


「ひときわ大きな個体ですね。あれがボス。賢そうです」


「はい。魔獣を解放できてよかったです。しかしあのような魔法道具をあんなに大量に作り出せる魔法使いが、あちらの国にはいるのですね。要注意です」


「そうだね。これは父上に報告しなければ」


 一息ついたレオンと老人が階段を下りて来た。

 ノエラとユーズも急いでレオンの元に走る。


「さてレオン様。元通りに戻しますか」


「お、お待ちを!」


 思わずノエラは叫んだ。


「恐れながら、この防御壁はこのままにして貰えないでしょうか」


「え? でも後で内政干渉とか言われるとマズいし……証拠隠滅……」


「ええと、先程の発言は撤回させて頂きます! レオン様は魔法の授業をしていただけでございます! そうですよね?!」


「そうだよ。じゃあ続きをするね!」


 ノエラから許可が出たので、中央にある既存の防御壁の右側に移動して同じように防御壁を端まで造り上げる。


 何度見てもあまりにも現実離れした光景だ。

 これまで防御壁が中央部分にしかなかったのは、造りたくても造れなかったからだ。湿地帯の足場は悪く、人力ではそれ以上は無理だった。

 レオンがしたように魔法使いが土魔法を駆使しようとした事もあるが、魔力が保たないのは明らか。人数も揃えられず、計画すら練られなかった。


 それなのにレオンはたった一人でこれだけの防御壁を……。更に信じられない事に、質もしっかりしていて何の問題もない。

 ノエラとユーズはしみじみと感心した。


 レオンが左側と同じように階段まで完成させると、兵士達から大きな歓声が上がった。


 さすがに膨大な魔力を連続して使って疲れたらしいレオンに、辺境伯が歩み寄って跪いた。


「何とお礼を申し上げればよいのか。本当にありがとうございます。旅のお方」


 辺境伯に続き、周囲の兵士達も一斉に跪いて頭を下げた。

 レオンはにこにこしている。


「どういたしまして」


「どうかこの足で私の屋敷に寄って頂けないでしょうか。せめてものお礼をさせて下さい」


「ええと?」


 どうしようと視線を巡らせたレオンに、ノエラも口を出す。


「レオン様、さすがにお疲れだと思いますので、辺境伯の屋敷でゆっくり休んで下さい。宿には遣いを出せば大丈夫ですし、ロゼレム・ケアも屋敷に呼び出して貰いましょう」


「そう?」


「はい。せめてそれくらいはさせて頂かないと、辺境伯の評判が下がってしまいますから」


「そうなのです。ぜひ」


 レオンは問うように老人を見た。こくりと頷くのを確かめてから「分かった」と了承した。


 そうしてレオン一行は辺境伯の屋敷に招かれて、ノエラとユーズも同行したのだった。

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