到着
国境の街に到着したのは夕暮れ時。
一行が宿に入ろうとした時、馬の手綱を握ったままのノエラが一歩前に出てレオンに頭を下げる。
「今から辺境伯の屋敷に赴き、ロゼレム・ケアとの面会を求めている事を伝えて参ります。明朝での面会を希望しますが、その通りにいかない可能性もございます。予めご了承下さい」
「うん。分かっている。手間をかけさせて申し訳ない。先方の都合が合わなかったら、この街で観光するよ。滅多にない機会だし」
「では行って参ります」
「よろしくね」
ノエラが辺境伯の屋敷に出掛けている間に、夕食を摂ろうとなった。
レオン一行がそれぞれの部屋に入ったのを確認したユーズは、宿の亭主に食事の手配を頼もうとしたが、何やら忙しそうにバタバタしている。
宿の女将らしき中年女性も暗い顔で佇んでいて、ユーズは嫌な予感がした。
「女将、何かあったのか?」
中年女性はハッと振り返ると、ユーズを見て作り笑いを浮かべた。
「あぁ、すみませんね、お客さん。お食事ですね。すぐに用意致しますので食堂へ来て下さい」
「……うむ」
何かありそうな気配だったが、余所者には言えないのかもしれない。
ユーズはその場は素直に引き下がり、レオン達に食堂へ行くよう伝えると、自分の部屋に入る。
軽く荷物整理をしてから向かうと、既にレオン達は席についていた。
「では明日は郊外で魔法授業だな」
「思いっきりやってやりますか」
「わはははは」
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ」
何やらレオンと老人が楽しそうに盛り上がっていて、向かいの席のモルフはテーブルに肘をつき両手で頭を抱えている。
サールはにこにこと笑っていて、アルデは無表情で静かに控えていた。
「何か楽しい事がありましたか?」
「いや、こちらの話です」
席につきながらユーズが尋ねると、ふふふと笑ったレオンに誤魔化された。
すぐに食事が次々と運ばれて来る。
大皿に盛られた黒パンと、野菜の煮込みスープが人数分。小さな破片が入っているが、何の肉かは分からない。とても質素だが、田舎の宿の食事なんてこんなものだ。
ユーズは薄味のスープを黙々と咀嚼していたが、ふとレオンも黙って食べているのに気付いた。そういえばここまでの道程で、彼が食事の不満を漏らした事はない。
王族だから口に合う筈がない。決して美味しいとは言えない田舎料理なのに、一言も文句を言わない人格は、流石マナミリュ殿下の友人といったところか。
我慢して食べているといった感じはなく、ごく当たり前のように食している。苦痛に顔を歪めることもなく、無理をしている様子もない。
だから平民に紛れていても悪目立ちしないのか。
ユーズは密かに感心しながら食事を終えた。
レオン達は食事を終えて部屋に戻ったが、ユーズはそのまま食堂で酒をちびりちびりと飲みながらノエラの帰りを待った。
ノエラは思ったよりも早く帰って来たが、不審そうな表情をしていた。
「先触れもなく突然訪ねたこちらが悪いのだが、何やら屋敷の様子が変だったな。妙にバタバタしていて、門番や使用人の顔に余裕がない感じがした。義父は多忙につき面会出来ないそうで、家令に丁寧に断られたよ」
「そうなのか? 明日が駄目ならいつになる?」
「それがはっきりと言えないそうなので、義父との面会は諦める事にした。元々、用があるのはロゼレム・ケアだからな。……でもせっかくレオン様がこんな辺境まで足を運ばれたんだ。二度とこんな機会はないだろう。顔合わせだけでもしておいて貰いたかったが、しょうがない」
「そうだな」
「ロゼレム・ケアはこの街で暮らしているらしく、すぐに連絡がつくらしい。子息の使用人が顔を知っているので、伝言してくれるそうだ。この宿に滞在していると伝えたが、向こうの予定もあるので、こちらから訪ねる事になるだろう」
「分かった」
そんな風にノエラと状況確認をしていたユーズは、自分が見落とした事に気付いていなかった。
ノエラがまだ帰っておらず辺境伯の予定も分からないのに、レオンは明日の予定を立てていた。何やら笑って誤魔化された事には気付いたのに、その違和感を流してしまったのだ。




