旅路
メルロに到着した。
幸いレオン一行を見失う事はなかったが、ユーズとノエラは疲労困憊だ。
昼に一度休憩を挟んだが、ほとんどの時間、馬を走らせていた。乗り合い馬車の行程を参考にしたらしいので、まだ相当早い時刻に到着した。
宿に落ち着いてから、レオンが申し訳なさそうに言う。
「今日で大体感じが掴めたので、明日はもっと速く進むと思う。用事を済ませたら本国に帰らないといけないんで、急ぐんだ。……ユーズさん達はついて来られるかな? 行き先は分かっているから、無理をせずにゆっくり来ても構わないんだが」
「いえっ、お供させて下さい。馬は寄る町々で取り替えますので」
もっとゆっくりの旅路だと思っていたユーズは完全に想定外だが、レオン一行と離れてのんびり追いかける訳にはいかない。
過去に処分された財務官僚を調べて貰った結果、数名の記録が見付かった。彼等が今どこにいるのか、何をしているのかサッパリ分からないが、サールが言った地方に人をやって捜索する事になった。
南にいるらしい元財務官僚だけは身元の見当がついていた。
ロゼレム・ケアという男で、十年前に横領で処分されている。子爵家の次男で学生時代から優秀だと評判がよかったらしい。
だから彼が処分されて周囲の者は驚いたそうだ。親交のあった友人や教師が何かの間違いだと、調べ直してくれと訴えたそうだが、それは聞き届けられなかった。
処分によって子爵家からも縁を切られ、友人の元に身を寄せたらしい。それが辺境伯の子息だったので、足跡が追えたのだ。
「辺境伯の財務には関わっていないようです。おそらく前歴がある事によって、雇いたくても雇えなかったのでしょう。どんな暮らしをしているのか現地に行かなければ分かりませんが、辺境伯の子息を訪ねれば判明するかと」
ユーズが王宮で仕入れた情報を提示すると、レオンはとても感謝してくれた。
「ありがとう。助かるよ。すんなり会えたらいいんだけどね」
「会えますよ」
確信を持った口振りであっさり言うサールに、レオンは「そうだった」と笑う。
ユーズはどうしてそんなに自信満々なのかと、ふと思う。
彼の名前を知っていても顔は知らないのだ。しかも辺境伯の子息と友人だったのは十年も前の話。人付き合いが変化するのに充分な年月だから、今も友人でいるのか分からない。もしかしたら辺境伯の領地を出て、別の地方に引越しているかもしれない。
しかしユーズはケンブルドン侯爵の件を思い出して、考えを改めた。
サールが裏帳簿の隠し場所を言い当てた時、ユーズは同席していた。おそらくそういう特性の持ち主……しかも恐ろしく特異な特性の持ち主なのだ。それならロゼレム・ケアの居場所も言い当てられる可能性が高い。
ユーズはレオン一行と分かれて自分達の部屋に入る。
ベッドに腰掛けて靴を脱いでいたら、ノエラがユーズに尋ねてきた。
「本当にロゼレムはそこにいるのか? 十年前の情報だろう? 国境の町まで行って、いないとなったら困るぞ」
ノエラが疑うのも無理はないと、ユーズは苦笑した。
「多分、大丈夫でしょう」
「さっきの坊やもお前も、何でそう自信たっぷりなんだ?」
「まあまあ、私達の任務は彼等に同行する事です。明日は更に急ぐそうなので、頑張ってついて行かないと」
「そうだな。まさかあんな手段で移動するなんて思ってもみなかった」
二人は半分呆れ、半分感心している。
「あの老人は凄い魔法使いですね」
「そうだな。凄い魔力量だ。あれだけ使って魔力不足にならないなんて信じられない」
「ともかく、行く先々で馬を調達しなければなりませんね。王都に近いこの辺は問題ないでしょうが、地方に向かうにつれて難しくなるかもしれません」
「そうだな。辺境には結構な規模の騎士団があるから、その辺りまで行けば馬に不自由する事はないだろう。途中の人口の少ない村が危ないか……」
「行ってみなければわかりません。こればかりはどうしようもないですね。マナミリュ殿下の報告の為にも、出来るだけ傍にいたかったのですが」
「仕方ないな。我々は置いていかれないよう、必死について行くだけだ」
「はい。頑張りましょう」
そして翌日。
思っていた通り、ユーズとノエラは置いていかれた。馬に無理させないギリギリの速度で追いかけたが、あっという間にレオン一行は見えなくなった。
あの空飛ぶ絨毯は反則だ、とユーズは舌打ちする。
大きな街道の一本道なので大きく逸れる事はないが、姿が見えないのはやはり不安だ。トマリーナ国の王子に何かあってはならない。絶対にだ。
ユーズとノエラは焦っていたが、途中で彼等に追いついた。彼等は絨毯をしまい、普通に歩いていたのだ。
姿を確認してほっとするユーズだったが、空飛ぶ絨毯はどうしたのかと不審に思う。馬を寄せて尋ねた。
「何かございましたか?」
「いや? ずっと座っているのも疲れるんで歩く事にしたんだ。しばらくはゆっくり進むから、ユーズさん達は休憩したらいいよ」
のほほんと言うレオンに、ユーズとノエラはホッと息を吐いた。
確かに座っているとはいえ、同じ姿勢を維持するのも疲れる。ユーズとノエラは道端で昼食を摂り、休憩をはさんでから再び追いかけた。
すぐに合流できるかと思いきや、また空飛ぶ絨毯に乗ったらしい。彼等の姿をしばらく確認出来ず、また馬を走らせた。
でも今度はそんなに離れていないという確信があり、朝よりは気持ちに余裕があった。案の定、しばらくすると道端の木陰で休憩している姿があった。
「このペースで行けば逸れる事はなさそうだね。二人と馬には無理させて申し訳ないが」
「いえ。大丈夫です」
そんな感じで道中は離れたり追いついたりを繰り返しながら、レオン一行とユーズとノエラは、国境の街、辺境伯の領地に無事に辿り着いたのだった。




