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出発

「レオン殿下、まずは身体強化魔法を試してみましょう」


「はいっ」


 サールやモルフが荷造りをする間、レオンは寮の庭で老人から魔法を習っていた。

 主に移動に関わる魔法だ。ちなみに『星の力』とやらが宿ってからは白く光るのもなくなった。これなら必要以上に目立って、周囲の人を怖がらせる事はないだろう。


「とりあえず足だけで構いません。足の筋力を強化するだけで疲れ知らず。いくらでも歩けます」


「はい」


 老人の手本を真似て、レオンは自分の足の筋力が増すイメージを思い浮かべた。


「あ、何となく出来た感じがします!」


「では歩いてみましょう」


 老人にしてはとんでもないスピードで歩き出した老人に、レオンはついて行く。あまりの速さに最初は引き離されそうになったが、何とか遅れずについて行けた。


「ふむ。出来ておりますな。最初から成功とは頼もしい。では次は風魔法を使って浮いてみましょうか」


「浮く?」


「はい。風魔法を上手く使えれば、浮く事も出来るし、空を飛べますよ。殿下は空を散歩したいのでしたね」


「はいっ。空を飛びたいです」


「でも今は地面すれすれに浮く練習です。余計な魔力を使わずにやれたら、長時間使い続けられます」


 老人が手本を見せるが、今度は中々難しかった。風魔法、浮く、と意識しながら、何度も失敗しながら繰り返す。


「濃縮した空気圧……タイヤが破裂する寸前の空気をイメージすればいいのかな? それを足の下に作る」


 前世の記憶を元に試行錯誤したら、何度目かで成功した。 


「出来ました! 先生!」


「おお、素晴らしい!」


 浮きながら思わず万歳したレオンに、老人はパチパチと拍手を送った。


「では次に進みましょう。その状態で横に移動してみて下さい」


 老人がレオンの目の前でお手本を示してくれる。

 レオンは浮いた状態を維持したまま、足下の圧縮空気と共に動くようイメージする。ゆっくりと動き出したが、成功したと喜んだ途端、集中が切れて地面に足がついてしまった。


「ああ~……」


「惜しいですな。もう一度」


「はいっ」


 レオンは老人に指導を受けながら、何度も何度も繰り返し練習した。

 簡単ではなかったが、ずっと使いたかった魔法が存分に使えて、レオンは楽しかった。魔力切れに苦しむ事もなく、日が暮れるまで没頭した。





 約束の日になり、ユーズは王族寮を訪ねた。


 マナミリュ殿下はレオン達一行に同行したがったが、後始末に追われてそれどころではない。本来ならユーズも殿下の傍にいなくてはならないが、レオンに同行するのにユーズが適任だった。


 しかし一人では心許ないと、もう一人追加された。

 騎士団に所属しているユーズの叔父で、ユーズによく似ている。大剣が得意なので逞しい体格をしていた。


「何かあった時の為に、もう一人連れて行けとマナミリュ殿下に命じられました。南の領地に縁のある叔父が同行する事になりました」


「初めまして。ノエラ・チュウヒと申します。第二騎士団に所属しております。南の国境には妻の実家、辺境伯の所領があり、私にとっては義実家です。土地勘がありますので何かあった時に力になれると思い、同行させて頂く事になりました。よろしくお願いします」


「こちらこそよろしく。お世話になります」


 挨拶もそこそこにレオン達一行は馬車に乗り込んだ。

 ユーズとノエラは護衛がてら馬で同行する。二人は馬車を両側から挟み、進んで行った。


 ところが王都を出て街道に入り、少し進んで周囲に人がいなくなった時。馬車が突然停止した。

 中から荷物を持ったレオン達が全員降りて来る。

 

 ユーズは驚いて馬を寄せた。


「何かございましたか?」


「いや、馬車はここで返すんだ」


「え、馬車を返す? 何故です?」


「馬車だと移動が遅いから。ここからは違う手段で進もうと思う」


「違う手段?」


 レオンはにこにこと説明しているが、ユーズには何の事かサッパリ分からない。徒歩では更に遅くなるだけではないだろうか?


 戸惑うユーズをよそに、老人がいそいそと荷物を広げる。

 それは大きな絨毯だった。道の真ん中で広げたそれに、まずレオンが土足のまま乗り、老人が乗り、サールと侍従達が乗り込む。


 何をするのかと唖然とするユーズとノエラに、レオンが笑顔を向けた。


「今日は初日だから無理をせずに様子見だ。今夜の宿は乗り合い馬車の行程を参考にして、メルロという町にする。ついて来られるならいいが、無理しなくてもいいから」


「は……い……?」


「では向かうぞ!」


 レオンの合図で絨毯が膝くらいの高さまで浮いた。


 ぎょっと目を剥いたユーズとノエラの前で、絨毯はすーっと前に進んで行く。


「え? なにっ?」

「どういう……」


 二人が戸惑っているうちに絨毯は速度を上げてずんずん進み、慌てて追いかける羽目になった。

 馬を走らせながら、ノエラがユーズに声を張り上げる。


「どういう事だ! 何だあれは!」


「私にも分かりません!」


 馬で追いかけているのに距離が中々縮まらない。

 必死に追い縋る馬上の二人とは裏腹に、絨毯の上のレオンと老人は子供みたいに楽しそうにはしゃいでいる。

 サールは興味津々で絨毯から身を乗り出そうとして、アルデが慌てて捕まえていた。

 モルフは頭を抱えているが、諦めたように天を仰いだのが見える。


 あれは魔法で浮いているのだろうが、それにしてもあの状態を維持出来るのが信じられない。普通の魔力量だと、浮くのに成功してもすぐに落ちてしまうだろう。


「しかもあんな速さで移動するなんて! 嘘だろうっ?!」


 ユーズが喚けば、ノエラも咆える。


「あんなの初めて見るぞ! とんでもないな!」


 老人はトマリーナ国の魔法使いだという。おそらく彼の力によるものだろうが、それにしても信じがたい。この目で見ていなければ間違いなく疑ってかかる。


 途中で追い越した乗り合い馬車の乗客達が、あんぐりと口を開けて見送っているのが見えた。

 その横を馬で疾走して通り過ぎながら、ユーズはマナミリュ殿下への報告をどうしようかと考えた。


 信じて貰えなくても、ありのまま伝えるしかないか……。


 ユーズはふと疑問に思う。


 レオン殿下に関しては本当の身分を明かしてはいけないので、たくさんの者と魔法契約を交わしていると聞く。

 学校の教師、王族寮で働く者、生徒も数名いるらしい。魔法学のクラスで何かあったようだが、それについてユーズは何も説明されていない。


 隕石落下の時も、あの場にいた全員と魔法契約を結んだと聞いている。

 レオン殿下が堂々と名乗りを上げたらしいので、そのせいだ。

 だがマナミリュ殿下の口振りでは、それだけが理由ではないようだった。例の男爵令嬢が何やらしたらしいが、その時の事にも箝口令が敷かれていて、ユーズにも詳細を知らされていなかった。


 しかしお忍びで我が国に来ているレオン殿下が、ここまで目立つような真似をして大丈夫だろうか? 

 まさかバレるとは思わないが、お忍びならもっとひっそりとするものではないだろうか?

 こんなに目立つ真似を続けていたら、あれは誰だ、何者だ、となるだろう。


 こんなのが続けば、魔法契約書が幾つあっても足りない。


 ユーズは嫌な予感に苛まれながら、馬を走らせた。


 案の定、そういう予感に限って当たってしまうものなのだった。

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