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手掛かり

 急いで王宮に戻ったハーメルは、元部下である王宮薬師の長を拉致して第一王子の寝室へ直行した。


 本当にごく僅かだが、薬瓶の底にはまだ数滴残っている。粘度が高かったお陰で底に残ったようだ。『命の霊薬』ならほんの数滴でも効果がある筈だ。


 物凄い形相のハーメルに強要されて、王宮薬師の長も『鑑定』をする。間違いなく『命の霊薬』だと言質を得たハーメルは、問答無用で第一王子に飲ませた。


「苦いっ」


 盛大に顔を顰めた第一王子に、ハーメルは笑う。そう。命の霊薬はとても苦いのだ。


「どうですか? 何か感じますか?」


「……うん。喉から食道、胃の辺り……が何だか楽になったような気がする」


「薬に直接触れた器官ですね」


「うん。手足のだるさは変わらないけれど」


「やはり量が少なすぎる」


「ハーメル、この薬をどこで手に入れたのだ?」


 第一王子に訊かれて、ハーメルは経緯を説明した。

 ほんの気紛れで王宮へ帰る途中、学校へ立ち寄ったこと。中等部の実験室で薬瓶を見つけたこと。


 隣の王宮薬師も驚いた。


「中等部の学生がこれを調合したのですか? どうやって? 必要な原料と調合の仕方を知っていたのですか?」


「それはまだ分からない。この後、陛下にもご説明するが、キリディングス伯爵と子息を呼び出して貰おうと思っている。どこで原料を手に入れたのかも確認しなければならない」


「そうですね。リュサは絶滅種とされていますから」


「リュサさえ手に入れば幾らでも調合できます。調合方法を覚えております。殿下、治りますよ。もう少しの辛抱です」


「……ありがとう」


 はにかんだように微笑んだ第一王子の頬が、心なしか明るくなっているように見える。これまで血色のない青白い顔しか知らないハーメルは素直に喜んだ。


 しかし翌日、そう簡単にいかないと思い知る事になった。






 ハーメルが国王と面会できたのは夜も更けた時刻だったが、早急に動く必要があった。用件を聞いた国王も了承してくれたので、夜のうちに召喚状を出して貰えた。


 翌日、国王と王妃、宰相と第二王子、ハーメルと王宮薬師という錚々たる面子でキリディングス伯爵を待ち構えていたが、どうした事か謁見の間に現れたのは伯爵一人だけだった。


 ハーメルは一歩前に出た。


「子息はどうした」


「それが……その……」


「子息に用があるのだ! 何故連れて来ない!」


「む、無理なのです!」


「なにっ?!」


「じょ、除籍して……追放したので、もういないのです!」


「除籍だと? どういう意味だ!」


「そもそもあれに何の用があるというのですか? あんな役立たずの落第者……」

「馬鹿者が!!!」


「ひいいぃ……」


 ハーメルの剣幕に狼狽えて慄きながら、キリディングス伯爵は許しを請う。

 中等部を落第したと聞いたので家から追い出したこと。今の所在は分からないこと。どこにいるのか見当もつかないこと。そもそも使用人に生ませた私生児で、娘に何かあった時の保険で育ててきたこと。などなど。言わなくていい事まで自ら暴露する。


 話が進むにつれて、伯爵以外の全員の顔が険しくなった。


「ええい、埒が明かん!」


 ハーメルは伯爵を急き立てて、屋敷に突撃する事にした。どうしても本人に訊かなくてはいけないのに、所在不明だと?!


 薬学科に通っているとはいえ、中等部の学生がどうやって『命の霊薬』を調合したのか。原料を含め、その調合方法まで何故知っていたのか。

 せめてリュサの入手方法だけは何としても聞き出さねばならないというのに!


 国王が手配した騎士と共に、ハーメルは伯爵家を訪れた。とてもじっとしていられなかったからだ。


 子息の部屋には何か手掛かりが残されてないかと、嫌がる伯爵を脅して案内させたら、庭の隅にある粗末な小屋だった。


 ハーメルは絶句した。


「なんという……このような場所で生活してきただと? そういえば私生児と言っていたな。それにしても酷い」


 ハーメルだけでなく、同行した騎士も険しい表情になっている。

 縮こまった伯爵は黙り込んでいた。


 小屋には何も残されていなかった。薬草や調合器具も、薬草について書かれている本も何もない。崩れかかった斜めの棚があるだけだ。


 一体、どうやって調合を……?


 ますます謎が深まり、ハーメルは伯爵を問い詰めた。


「事情を知る者が一人もいないのか? 子息づきの使用人は?」


「一人……下男をつけておりました」


「その者を呼んでくれ」


 ハーメルの要請に、伯爵は背後を振り返った。控えていた執事に目で合図を送るが、執事は戸惑っている。

 彼はすすすと足音を忍ばせて伯爵の元に歩み寄ると、何か耳打ちした。


 伯爵の顔が強張った。


「どうしたのだ」


「申し訳ありません。その者も辞めて出て行ったそうです」


「なにっ?!」


「あれが追い出されたと聞いて、すぐに……」


「その下男は親しくしていたのか?」


「さあ。小さい頃は一緒にいる時間が長かったようですが、あれが学校へ上がってからは……」


「あれ? 執事ごときが子息をあれ呼ばわりか」


「……失礼しました」


「居所は分からないのか? その者の家族は? 住み込みだったのか?」


「……確認して参ります」


 執事は慇懃に頭を下げて室内に戻って行った。下男の境遇など詳しく知らないのだろう。




 その後、ハーメルは客室に移動してからしばらく待たされた。使用人達に聞き取りをするのに手間取っている気配がした。


 それだけ子息はこの屋敷の中で冷遇されてきたのだろう。あの小屋を見れば分かる。使用人からも放置されてきたのだ。


 サール・キリディングス。


 彼がどんな風に生きていたのか、知るのは下男だけだ。

 その者まで出奔してしまっていたら、もう打つ手はない。もしかして子息と合流したのだろうか。


 じりじりと待つハーメルは、何とか微かな希望を手にした。下男の住所が分かったのだ。


 手掛かりはそれだけだった。

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