対処
マナミリュ殿下はユーズと相談し、その足で父王に面会に行った。
しばらく待たされたが、本日の公務が終了した直後に部屋に通された。
何事かと驚く国王を前に、マナミリュ殿下は人払いをする。そして先ほどの経緯を説明した。
「……どういう意図で、そのような事を言ったのだ? トマリーナの留学生は」
「父上、サールはただの留学生ではありません。私は彼に関して魔法契約を結んでおります。個人情報を漏らさないという契約です」
「なにっ?」
「なので少し言及しただけで頭を締め付けられる痛みを覚えます」
顔を顰めるマナミリュ殿下を止めて、ユーズが代弁する。
「僭越ながら私から説明を。殿下が魔法契約される前に話を伺っていたので、私も存じております」
国王がこくりと頷いたのを見て、ユーズは続ける。
「レオン殿下が殊更大事にしているサール様には、特別な特性があると推測されます。詳細は知りませんが、恐らくその力で何か感じ取ったのでしょう。ケンブルドン侯爵を嫌悪していました」
「そうなのか……」
「父上、レオンの助言通り、確認に行くべきです。これは間違えてはいけない気がします」
「しかしだな……」
これまでケンブルドン侯爵を信頼し、財務の重鎮として重用してきた国王には躊躇いがある。初対面で嫌悪されるような人物ではない、何かの間違いだと思っているのだ。
それはマナミリュ殿下も同じだったが、普段温厚で穏やかな姿しか見せないサールが、初めてあのような冷たい態度を見せた。それは到底無視できない。
「確かに先触れなく突然屋敷を訪れるのは無礼でしょうが、そこを何とか二人で押し切りましょう。確認して何もなければ、それでよいのです。もしくはそのような隠し棚などないかもしれません。いい酒が手に入ったとか、味の感想を聞きたかったとか、いくらでも口実は見つけられます」
「そ、そうか。それならば……」
「では馬車を用意させますので、お忍び用の衣装に着替えて頂きます」
「え、そんなにすぐか?」
「はい。今すぐです」
国王が乗り気になったのを逃さず、マナミリュ殿下は父王を引っぱり出すのに成功した。
そうして勢いのまま突撃したケンブルドン侯爵の王都屋敷で。
国王とマナミリュ殿下はサールの言った場所で、本当に隠し棚を見つけてしまった。
国王もマナミリュ殿下も何とも言えない表情になる。
ケンブルドン侯爵は国王と王太子がお忍び装束でいきなりやって来て混乱した。
こんな事など今まで一度もなかった。これまで王族の血を引く立場を利用して上手く立ち回ってきた自負はあるが、ここまで親しい仲ではない。
どう対応するのが正解かと迷っているうちに、そのままずんずんと二階へ駆け上がられて慌てて追いかけた。
貴族の屋敷は大体構造が同じだ。主の暮らす部屋は特に分かりやすかった。
国王とマナミリュ殿下は迷いもせずに、真っ直ぐ主寝室に到達した。
「何をなさるのです! どういうおつもりか!」
無遠慮に主寝室に押し入られたケンブルドン侯爵は、流石に怒った。
主の怒鳴り声を聞いて、使用人達が駆けつけて来る。
国王とマナミリュ殿下を玄関で出迎えた執事は、おろおろと主の後について来るだけだった。
ケンブルドン侯爵は二人を止めようとしたが、国王とマナミリュ殿下は真っ直ぐ本棚に向かい、隠し棚を見つけてしまう。
何故その場所を知っているのか。ケンブルドン侯爵は真っ青になった。
「……ケンブルドン侯爵、ここの鍵を開けなさい」
「何故そのような……」
「いいから開けるのだ。命令だ」
重ねて国王が命令しても、ケンブルドン侯爵はしばらく抵抗したが、その隙にユーズが執務机の引き出しを開ける。
「やめろ!」
そこにはサールの言った通り、一番奥に押し込められた鍵があった。
「やめろ! やめるんだ! セバス! やめさせろ!」
ケンブルドン侯爵は死に物狂いで暴れたが、国王と王太子に手を掛ける者などいない。使用人も戸惑いながら見守るだけだった。
隠し棚はあっさりと解錠した。
隠し棚の中には裏帳簿と大量の白金貨があった。パラパラと帳簿を見ただけでマズい物だとすぐに分かる。
「これは……何年分あるのだ? いつからだ……」
愕然とする国王の隣で、マナミリュ殿下も苦い表情をしている。
「ユーズ、ケンブルドン侯爵を拘束しろ」
「はい」
「へ、陛下! それはっ」
「これらの書類を全て精査するまで預かる。その間、身柄を拘束させて貰う」
ユーズは文官だが、剣も嗜んでいる。
ケンブルドン侯爵の移送はユーズに任せて、国王とマナミリュ殿下は書類と金貨の袋を持って王宮へ帰った。
ケンブルドン侯爵の派閥ではない財務官僚に、その書類を精査させた。案の定、とてつもない金額を横領していた証拠だった。数年分の国家予算に匹敵する。
国王は頭を抱えた。
宰相もその横で難しい顔で黙り込んでいた。
ケンブルドン侯爵の拘束はまだ王宮に知れていない。内密にしているのだ。
「父上、どうなさいますか」
「……裏切りは衝撃だったが、悩ましいところだ。ケンブルドン侯爵は王族の血筋。王族の恥を晒す事になるし、長年、出し抜かれていたという、こちら側の失態も晒してしまう。派閥も大きいし、大々的に処罰した後の影響がどこまで及ぶのか読めない」
宰相も続く。
「財産差し押さえは当然ですが、あの方の地位を剥奪するとなると……どうでしょう。内密に処理してしまうのも一つの手ですね。急病になって貰いましょうか」
それを聞いていたユーズが口を開いた。
「恐れながら、殿下。あの時のサール様を覚えてますか?」
「ん? どういう意味だ?」
「隠し棚の場所を特定した後、一拍を置いて、王族寮の執事に感謝を述べられた。まるで別れの言葉のように聞こえませんでしたか?」
「ああ、確かにお礼を言っていた」
「あれは恐らくこうなると予測されていたのです」
ユーズが確信を持って断言する。
「こうなる……とは」
「ケンブルドン侯爵の横領の証拠を手にしても、陛下と殿下は処罰を躊躇う。隠蔽する。それを見越しておられたのです」
「…………………………」
「だから別れの言葉なのです。サール様は隠蔽する我が国に失望され、これまで親しくしてきた殿下の事も幻滅なさるでしょう」
「なにっ?! それは駄目だ!」
「留学を取りやめて国に帰るおつもりです。サール様が帰国なさるならレオン殿下も一緒に……」
「いや、それは困る!」
マナミリュ殿下は狼狽えた。
レオンにはまだまだ我が国にいて貰いたい。サールとも、もっとサッカーを楽しみたい。彼らが我が国に留学してからまだ半年しか経っていないのだ。
マナミリュ殿下はもうすぐ卒業するが、レオン達は違う。
卒業したら前ほど一緒にいられないのは分かっているが、国に帰られてしまっては極端に会う機会が減ってしまう。あっても数年に一回。それは嫌だ。
「父上、厳正な対処をお願いします。この対応によってトマリーナ国との関係が変わってしまうかもしれません。とんでもなく有益な助言を貰ったのに、それをなかった事にしてしまっては……そんな国かと、そんな王が治める国かと見限られてしまいます。それにトマリーナ本国にこの話がどう伝わるか、それも恐ろしいです」
「そ、それもそうだな……」
「父上、サールはレオン殿下が留学先にまで連れて来るほど有能な人物……理由がちゃんとあったのです。最初はサールの幼くて大人しそうな見た目に騙されましたが、ようやく分かりました。魔法契約を求められる筈です」
鬼気迫る勢いで説得するマナミリュ殿下に、国王も納得した。
「うむ。トマリーナ国との関係は最重要だ。ケンブルドン侯爵の罪を暴き、公表しよう」
「よろしいのですか? 現場はかなり混乱すると思われますが」
宰相の最終確認に、国王は頷いた。
「構わない。法律に則り、厳正に対処する。トマリーナの留学生に有益な情報を貰いながら、それを無下にするなどあってはならない」
「承知しました。ではそのように対応させて頂きます」
「しばらく混乱するだろうが、よろしく頼む」
「はい。もちろん忙しくなるのは陛下もですよ」
「分かっている。マナミリュもだぞ」
「はい」
宰相の同意も得られて、マナミリュ殿下はホッと息を吐いた。
そしてその夜から、恐ろしく多忙な日々を送る事になったのだった。




