後始末
ようやく寮に帰って来たマナミリュ殿下に確認したところ、男爵令嬢の処遇はモルフが予測した通りで、マギオン公爵子息も自宅謹慎になったそうだ。
彼は退学するほどの罪は犯していないので、ほとぼりが冷めた頃に復帰するだろうとのこと。でももう卒業間近なので、単位を取得済みならこのまま姿を現さないかもしれないと、マナミリュ殿下が言う。
「どちらにせよ、あのシナリオとやらは私たちの卒業式で終了になっていたようだ。ようやく安心できて、校内も警戒なく歩ける。レオン、サール、本当に世話になった。ありがとう」
「「どういたしまして」」
レオンとサールもよかったと安堵する。これからは神出鬼没の男爵令嬢に怯える事はない。毎日、怯えながら過ごすのはかなりの精神的な負担だ。
それから解放されたマナミリュ殿下は本当に嬉しそうだった。
「あぁ、それからレオン。父王がお礼をしたいと言っているのだが、王宮に来ては頂けないだろうか。本来ならこちらから出向くのが筋だが、何せ国王の移動となると大掛かりになり目立ってしまう。私の友人として密かにお招きしたいと思っているのだが……」
慎重に言葉を選ぶマナミリュ殿下に、レオンはう~んと少し悩んでから答えた。
「……ええと、お断りしても?」
「やはり駄目かな?」
「今の身分での謁見は目立ってしまうし、怪しまれると思う。王宮で働く人は多すぎるから。……私は自国民にもまだ姿を晒していないんだ。留学も内緒にしているし」
「そうか」
「お気持ちだけ頂くと伝えてくれないか? きちんと受け取ったと」
「分かった。今の状況では致し方ないか。いずれ改めて……という事で」
「うん。きちんとご挨拶できるようになったら是非訪ねさせてくれ」
「承知した」
数日後、ようやく熱が冷めたと聞いて隕石の元にやって来た。
老人は目を輝かせながら結界をゆっくり開いていく。
まるで透明な布に包まれているような感じで、破片が飛び散らないように一部だけぺろりと剥いているように見える。
「ふむ。やはり魔鋼ですな。純度が高くて質もよい。これの所有権はどうなるのでしょう?」
老人がマナミリュ殿下に尋ねると、彼も首を捻った。
「レオンが災害を防いでくれたのだから、レオンの物ではないかな?」
「……それはとても気前がいいですな。魔鋼は高価なのですよ? ここに落ちて来たので、この国の所有だと主張すべきです」
苦笑しながら老人が助言するが、マナミリュ殿下は納得しない。
「本来はそれが正しいのだろうが、功労者のレオンから横取りするようで嫌なんだ」
「そうですか」
「私は気にしないが」
「レオン、私は気になるんだ」
「では外交官にお任せですかな?」
「なら半々でいいじゃないかな。キンバーン先生、我が国でも欲しがる者がいるのでしょう?」
「それはもう……魔法使いや魔道具師、刀匠、宝石商、たくさんいます」
「じゃあ半々で!」
レオンがあっさり言い、マナミリュ殿下は申し訳なさそうに眉を下げた。
「それでいいのかい?」
「いいよ。それでいこう」
「分かった。父王にはそのように伝えておくよ」
「私も手紙で報告しておく。半分でも大量だから、取りに来るように書いておくよ」
そのやり取りを老人はにこにこして見守っていた。
王子同士の決定がどこまで反映されるのか、実際のところは分からない。何しろ物が貴重で高価過ぎる。国の利益を考えたら、お互い全部の所有権を主張するべきだが、ここで国力の差がものを言う。
レオンが全部よこせと言えば、この国は泣く泣く従うしかない。そういう力関係だ。でもレオンはそれをしない人だ。
トマリーナの外交官は内心、歯噛みするだろうが、恐らくレオンの言う通りになるのだろう。
もう一つ、お金の話が出て来た。
「サール様、ご相談がございます」
寮の談話室でまったりしている時に執事に改まって言われて、サールは面食らった。
「何でしょう?」
「先日は料理人の為に塗り薬を調合して下さり、ありがとうございました。みんなとても喜んで使っております」
「使い心地はどうでしょう? ベタベタしすぎるとか、匂いが気になるとか、ないですか?」
「いいえ、とんでもないっ。とてもよく効いて、驚く事に火傷の痕まできれいに治ったとか。手荒れも劇的に改善したと聞いております」
「それならよかったです」
「ええと、それがですね。あまりにも素晴らしい物でしたので、評判があっという間に広がってしまったようでして……」
いつも礼儀正しい執事が言いにくそうに、言葉を選び出した。
「料理人が知り合いの料理人に自慢したり、少量ほど分けてやったりしたりしたそうで……。その知り合いというのは王宮勤務の者が多く、まずは王宮の厨房で広がり、そこから美容に目端の利く女官に伝わり、主である貴婦人に伝わり……」
「どこかの貴族の夫人が寄越せと言ってきたのか?」
マナミリュ殿下が鋭く問うと、困り顔の執事は「はい」と頷いた。
「あれはサール様が好意で作って下さった物。大勢に分けるほど残っておりません。寄越せと言われても、ない物はないのです」
「どこの夫人だ? 私から断りを入れておく」
「ありがとうございます。それはそれとして提案したいと思うのです」
「提案?」
「はい。サール様、あの塗り薬を販売なさっては如何でしょう」
「販売?」
「はい。少し試しただけで、劇的に手荒れも火傷痕も治るのです。とても優れた塗り薬なので、是非とも商品化すべきです」
「あぁ、なるほど。そういう話か」
「はい」
執事は完全に好意で言ってくれているようだが、サールは困惑している。全く想像していなかったからだ。
「商品化するといっても、何をどうすればいいのかサッパリなんですが……」
「ええ、サール様はまだ学生の上、隣国の方です。なので委託販売をお勧めします」
「委託販売……」
「サール様は塗り薬の製法とレシピを提供するだけ。後は契約した委託先が生産から販売までやってくれます。サール様には契約した金額が定期的に入るようになる仕組みです」
「はあ……」
「どう思われますか? マナミリュ殿下」
「ふむ。悪くないと思うが……サール、どうかな? そんなに素晴らしい塗り薬なら、購入希望者はたくさんいるだろう」
「はあ……ええと……」
困惑するばかりのサールを見て、レオンが助け船を出す。
「サール、何が引っ掛かってるんだ?」
「お金が……あの、いつの間にかギルドの口座に使い切れないほどのお金が貯まっていまして? ここの滞在費用も学費も払っていませんし……あまりの大金は持て余してしまいます。これ以上、増えるのは……」
「何だ、そんな事か!」
レオンは笑い飛ばした。
「寄付すればいいじゃないか!」
「寄付……」
「寄付金があれば助かる施設はたくさんあると思うぞ? 孤児院や教会だな!」
「そうか!」
サールはぽんと手を叩く。
「それでしたら、やってみたいと思います」
「よかったです」
サールが前向きになったので、執事はホッと胸を撫で下ろした。
「委託販売に関する契約については、私が専門家を手配しよう」
マナミリュ殿下がそう申し出てくれたので、サールはありがたく受ける事にした。
男爵令嬢退場で一区切りなので、更新はしばらく空きます。まだ続きますが、こんなところまで読んで下さっている方、ありがとうございます。誤字報告して下さった方もありがとうございました。




