キンバーン先生
マナミリュ殿下は対応に追われたようで、その日も翌日も帰って来なかった。
男爵令嬢はあのまま拘束されて、学校から消える事になるだろう。
老人が説明した通り、魔法でも特性でもない未知の力『シナリオ強制力』が働くなら危険人物扱いされる。
男爵令嬢が語ったシナリオはもう完全に破綻しているようだが、ここが乙女ゲームの世界と酷似している以上、どこでどんな事が起こるか予測不能だ。絶対に野放しに出来ない。
男爵令嬢の両親も王都に召喚されて尋問を受けるだろう。
聞き取り内容によって処分は変わるだろうが、娘を失うのは確実だ。男爵令嬢はおそらく一生どこかに幽閉される。
「女子生徒には効かない力だったから、おそらくどこかの修道院に送られるのではないかと」
モルフがそう予測し、レオンも頷いた。
「あのマギオンという側近候補は立ち直れるかな?」
「どうでしょう。側近候補になるのですから、昨年までは優秀だったと思いますが……」
「少し可哀相だったな」
「愕然としていましたね」
そんな風に朝食の席で昨日の出来事を振り返っていると、老人が起きて来た。
「おはようございます。おや、光るのは止まったようですな?」
「はい。寝る前までは薄く光っていましたが、起きたら消えていました。よかった。ずっと光りっぱなしだったら、どうしようかと思ってたんです」
レオンが笑うと、老人もにこっと笑う。
「先生、昨晩寝る前に振り返って思ったのですが、先生は隕石を見た直後にしゃがめと仰った。そしてあの衝撃波。以前にも同じ経験をされた事があるのですか?」
レオンが尋ねると、老人は楽しそうに笑った。
「実はそうなのです。わしは長く生きているので経験済みです。まあ今回ほど巨大な隕石ではなかったですが、本当に幼い時だったので衝撃波でふっ飛ばされましたよ。幸いにも飛ばされた場所に池があったので怪我はしませんでした。しかしあの時は大災害で甚大な被害だったと、親から何度も聞かされました」
「我が国でそんな事が……」
「いえ、トマリーナではありません。わしは北のトカフ出身なので」
「えっ?! キンバーン先生はトカフ人なのですか?」
レオンとモルフが驚くと、老人はうんと頷く。
「トカフ国はその時の大災害のせいで混乱し、生きていくのが難しい国になりました。わしの家族は難民としてトマリーナに来たのです」
「難民……」
「その時にトマリーナの方達にとても世話になりました。わしが子供だったせいか本当に優しくしてくれました。五歳の時に教会に連れて行かれて鑑定された時、優れた魔法適性があると分かって嬉しかった。恩返しをしたいと、その時に強く思ったのです」
「なんと……」
「ありがとうございます。他国の方なのに長年にわたって我が国を守って下さっていたとは……」
「なに。わしが好きでした事です。今もそうです。レオン殿下の授業はわしも楽しんでますからな。食べ物も美味しいですし」
「そう言って頂けるとありがたいです」
レオンが頭を下げると、モルフとサール、アルデもそれに倣う。
老人はさて、と話を切り替えた。
「今日は『星の力』とやらを調べてみましょう」
「先生、その事でもう一つ疑問があります」
「何ですかな?」
「男爵令嬢の尋問では、あの者がギリギリで『星の力』に目覚めて隕石を破壊する予定だったと言っていました。しかし私が光ったのは破壊した後。私は自力で隕石を壊したのだと思います」
「そうですな」
「では私に宿ったのは本当に『星の力』なのでしょうか?」
「そうですなぁ。ゲームのシナリオとやらを知っているのはあの男爵令嬢だけなので確かな事は言えません。わしの推測になりますが……」
「はい」
「元々、シナリオは本筋からかけ離れたものになっていて、壊れかけていた。そこへあのイベント。男爵令嬢の様子からして、とても重要なイベントだったようだ。しかし男爵令嬢は間に合わず、別の第三者がイベントをこなしてしまった」
「はい」
「となると『星の力』の出番がない。それはタイトルにも『星の』と入っているので、とても重要な『力』なのだと想像できます。『星の力』の出番がないのは許されない。誰かに必ず授けなければいけない。そういうものだったのではないでしょうか?」
「なるほど。隕石を壊した私が適任だったのですね」
「おそらくそういう事なのだと思います」
老人のまとめに全員が納得した。
だからか……とサールが頷く。
「隕石破壊後、回収しきれない細かな砂塵が舞っていました。そこへ雲間から光が差して、とても神々しい景色が広がっていたんです。あれは物語の重要な見せ場だからだったんですね。だからあんなに綺麗だったんだ。演出だったんだ」
「そうですね、あれはとても幻想的な光景でした」
とモルフも同意する。
「さてレオン殿下、鑑定させて貰えますか?」
「はい、お願いします」
「そうですねぇ……おやおや。鑑定不明の枠が増えましたな。それに感じる魔力量がとてつもないです」
「鑑定不明の枠」
「以前にもお話した通り、鑑定で何もかも分かる訳ではございません。特性など訓練しなくても使えるものは表示されますが、未使用の魔法は、まず空欄の枠として表示されます。実際に使えて初めて『火魔法』『風魔法』と表示されるのです。殿下は元々、その枠が多かったので、複数の属性が使えると予測しておりました」
「はい」
「しかし『星の力』とやらは前例のない魔法のようです。枠の数が半端ない」
「えっ?!」
「ふうむ。どうやら属性魔法だけでない特殊魔法も使えそうですな。わしが昨日使った結界魔法、補助魔法などがそうです」
「補助魔法とは一体どのようなものですか?」
「人間の能力を一時的に増幅させるものですな。足の筋力を上げて何時間も走るとか、腕や上体の筋力を上げて重い物を持ち上げるとか。他にも様々なものがありますよ」
「試してみないと何が使えるか分からないのですね?」
「その通り」
可能性が広がったレオンがきらきらと目を輝かせる隣で、モルフが心配そうに眉を寄せていた。
「殿下の身体は大丈夫ですか?」
「大丈夫です。むしろ暴れがちだった魔力統制が落ち着いて、しっくり馴染んでおりますな」
「はいっ。とても体調がいいです。今なら狙って小さな炎を出せそうですっ」
「レオン様、痛みや目眩などはありませんか?」
「大丈夫。むしろ体調はいいよ。昨日の疲れも全くない」
「上級魔法をあれだけ連発したのに、凄いですな。『星の力』は殿下の魔法能力を底上げしたようです」
「底上げ……それだけならいいのですが……」
「工夫次第では、わしにも未知の魔法を使える可能性があるかもしれません。その『星の力』とやらを参考にして研究すれば」
「えっ!」
「いやぁ、実に楽しい! 長く生きてきて後は静かに召されるの待つだけと思っておりましたが、そんな悠長な事は言っていられなくなりました。魔法はこれだから面白い!」
「はあ……」
「楽しいですな! 殿下」
「はいっ!」
モルフの心配をよそに、レオンと老人は盛り上がっている。
レオンと一緒にいると、度々こんな事がある。またかとモルフは苦笑した。




