尋問3
強制力……そうか……それだ……。
サールはようやく答えが分かったような気がして、すっきりした。
この国に入ってからずっと、何とも言えない不快感があった。強くはないが、ずっと胸の中にあるそれが気持ち悪かった。
強制力だったのだ。
ここに来る途中で崖崩れに巻き込まれそうになった。花瓶が上階から落ちてきた。
それだけでなく、細かい事はたくさんあった。一々確認しなかったが、胸騒ぎがする度にサールが全て回避してきた。
レオンを狙う刺客かと怪しんだ時もあったが、それなら明確な殺気を感じる筈。おかしな事にそれはない。小さな違和感、ちょっとした嫌な予感ばかりで不思議だったのだ。
レオンが生きているから、強制力は本筋に戻す為に存在を消そうとした。でも人の命を奪うほどの力が、強制力とやらにあるのだろうか?
なかったのだろう。レオンは攻略対象者ではないのだから。
マナミリュ殿下や側近候補達は攻略対象者だから、洗脳に近い強い強制力が作用した。トーヤがあれほど苦しんだのは攻略対象者だったから。
そうだったんだ……。
腑に落ちたせいか、サールの胸からすうっと気持ち悪さが消えた。
あまりにもシナリオと違う方向に進んだ為に、強制力が機能不全に陥ったのかもしれない。
レオンの生存とマナミリュ殿下の気持ち。側近候補のトーヤとドリーの目覚め。そして今回の隕石落下イベント。
どんなシナリオか知らないが、どんなに足掻いても、もう本筋には戻れないだろう。
「そういう事なら王子ルートは最初から不可能だったな」
これ以上は大した情報は出て来ないと判断したレオンは、一歩前に踏み出した。
「何よっ! そうよ、あんた誰よ!」
男爵令嬢は手柄を横取りにしたレオンに敵意を剥き出しにした。最初に遭遇した時にイケメンと目の色変えて追いかけたのは、すっかり忘れているようだ。
レオンはこれみよがしに黄金色に光りながら男爵令嬢の前に立つ。
「私はその死んだ筈のトマリーナ国の第一王子だ」
「……え?」
堂々とした宣言に、周囲の護衛達もギョッと身体を揺らす。その場の緊張感が一気に高まり、ビシッと姿勢を正しているのが見える。
一方、その意味が理解出来なかった男爵令嬢は、呆けた顔でレオンを見上げていた。
「私はこうして生きている。だからマナミリュ殿下に友人を亡くした喪失感はないし、胸に穴も空いてない。同じ寮で暮らしながら毎日楽しく学校生活を送っているぞ?」
「はあっ?! そんな筈はない! 嘘よ!!」
「嘘ではない。確かに病弱だったが完全回復したんだ。私は生きている」
「嘘……そんなの嘘よ!! 続編にも番外編にもそんなのなかったわ! バグ? バグなんでしょ?! そうよね?!」
「ここはゲームの世界じゃない」
無表情のレオンが端的に告げると、男爵令嬢は「え?」と瞬いた。
「ゲームの世界ではないが、確かに似通っている世界のようだ。でも私のようにシナリオと全く違う存在もいる」
「……そんな……そんな筈は……」
「何度でも言う。マナミリュ殿下とは幼い頃に会って、その時に友人になった。今は同じ寮で勉強しながら楽しく暮らしている。王子ルートとやらは最初から破綻していたんだな」
「嘘! 嘘よ、そんなの!」
うわあああと叫びながら崩れた男爵令嬢は、両手で髪の毛を掻き回しながら完全に錯乱している。
「確かに隣国の王子のイラストはなかった! スチルにも! ゲームのプロローグでさらりと触れただけよ! それが生きてる? 嘘でしょ?! 生きてたらダメじゃない! 王子をどうやって攻略すればいいのよ! え? なに? なにがどうなってるの?!」
ここに誰がいるのか、自分が何を話しているのか分かっていない。自分の立場が危ういのも。
レオンに対する暴言をさすがに聞き流せなかったのか、眉間に皺を寄せた老人が最後通告のように駄目押しした。
「『星の力』とやらはお嬢さんのものにならなかった。目当ての王子様は恋するどころかあの嫌悪の表情」
指されたマナミリュ殿下は化け物でも見るような目をして男爵令嬢を見下ろしている。
「ゲームだのシナリオだのよく分からないものを信じて身勝手に動き、高位貴族の子息を誑かした。貴族学校で傍若無人に振る舞い、混乱を招いた。更に隣国の王子だと名乗ったレオン殿下に暴言を繰り返す始末。……お嬢さんはこれからどうなるのかねぇ?」
「……え?」
「お嬢さんに何が残る? 男爵令嬢という身分? 強制力という未知の力? そんな危険で厄介な力を持つ者を野放しに出来ない……と我が国の国王なら判断なさるがね? この国の国王はどうかな?」
「そんな……え……?」
男爵令嬢は真っ青になって、ガタガタと震え出した。
「我が国も同じでしょう。連行しろ」
マナミリュ殿下の命令に、護衛は従った。力づくで男爵令嬢を立たせると馬車に押し込む。
「痛いっ! やめてよ!」
暴れても二人の騎士には敵わない。馬車の扉が閉まる直前、味方を思い出したのか「マギオン!」と叫んだが、マギオンは項垂れたまま身動ぎしなかった。
マナミリュ殿下は彼にも告げる。
「マギオン、自宅に帰って謹慎していろ」
「……承知しました」
護衛の手から解放されたマギオンは、力なく立ち上がった。よろよろとふらつきながら自分の家の馬車に戻り、使用人の手を借りて乗り込んだ。馬車はあっという間に見えなくなる。
「やれやれ。隕石落下だけでも大ごとなのに……疲れましたな」
老人が笑うと、レオンも笑顔を返した。
「でも色んな謎が解けてすっきりしたよ。キンバーン先生がいて下さって助かった。私やマナミリュ殿下だと、途中で我に返って口を閉ざしたかもしれない。ああも簡単に情報を引き出すなんて素晴らしい手腕です」
「なに、そこは年の功ですな」
にこにこ笑顔の老人に、マナミリュ殿下も頭を下げる。
「巨大隕石の対応に加え、男爵令嬢の尋問、大変助かりました。本当にありがとうございます」
「どういたしまして」
「では帰りましょう……と言いたいところですが、あの隕石の残骸はどうしますか? まだ熱いですよね?」
「二、三日、このまま置いておきますか。結界に包んでいるので盗めないでしょう。見張りを立てて貰えますか? 後で研究したいので」
「もちろんです」
マナミリュ殿下が指示を出し、護衛の何人かがそこに残る。
全員で馬車に乗り込み、日が暮れる前に帰路についた。
レオン達を寮に送り届けると、マナミリュ殿下は王宮へ向かった。
今日の経緯を報告する為だ。隕石の事に加えて男爵令嬢やマギオンの事もあり、長い説明になるだろう。
マナミリュ殿下にとっては、長い一日はまだ終わっていない。
頑張ってと、レオンは労いながら送り出した。
そして部屋で一息ついて、レオンは改めて思う。
ゲームの世界では自分はあのまま死んでいたようだ。サールがいてくれたから生き延びられた。
レオンが生きているから留学し、マナミリュ殿下と再会出来た。
マナミリュ殿下はレオンを失った喪失感を抱く事がなく、ストーカーのようにしつこく出没する男爵令嬢から逃がれる事が出来た。
その為、シナリオ通りにならず、イベントも起こせなかった。
元を辿れば、全てサールの特性の力のお陰。男爵令嬢にとっては、サールの存在が全てを変えたとも言えるだろう。
「サールも私も日本からの転生者。ゲームには存在しない筈のイレギュラー。もしかしたらそれが影響したのか……?」
いずれにせよ、マナミリュ殿下にとってはゲームのシナリオが壊れてよかった。レオンも力を貸したのを後悔していない。
むしろゲーム通りに進んでいたら、あの男爵令嬢が王妃になったら、国同士の関係にヒビが入っただろう。国が乱れるのが想像出来る。
「お互いの国の平和の為にも、これでよかったんだ」
レオンは納得して眠りについた。




