尋問1
老人が口火を切る。
「では……男爵令嬢? 何故、今日、ここへ来た?」
「……イベントがあったからよ」
男爵令嬢は押さえつけられた姿勢のまま、地面を見ながらボソリと答える。目の焦点が合っておらず、老人を見もしなかった。
「イベントとは隕石落下の事かな?」
「そうよ。それをワタシが止めて、皆を救うイベントなのにっ……!」
「隕石落下を止める? 皆を救う? そんな力がお嬢さんにあるのかな? 強大な魔法が使えるのかい?」
「……土壇場で手にする筈だったのよ。王子を守る為に『星の力』に目覚めるんだから」
「ほう?」
老人の目が鋭く光った。
「『星の力』とは何かね?」
「だからっ! あの隕石をぶっ壊すほどのとんでもない力よ! その力を手に入れたワタシは聖女となって王子と結ばれるの!」
マナミリュ殿下がぎょっとなった。
レオンもサールも驚愕した。
「あれはワタシの物なのに! このイベントだけは成功させないといけなかったのに! 誰よ! 誰が隕石を壊したの?! お爺さん?! 何でワタシの邪魔をしたの!」
「わしじゃないが、あんな物が落ちてくるのを食い止めるのは当たり前だろう?」
「黙って見とけばよかったのよ! ワタシが何とかしたんだから!」
「魔法使いでもないのにどうやって?」
「それは! ワタシはヒロインだから出来るのよ! そうなるようになってるんだから!」
「ひろいん……とな?」
「そうよ! ここは『星の下で輝く絆』っていう乙女ゲームの世界なんだから!」
レオンはハッとした。
乙女ゲーム……自分は知らないが、そういうジャンルの物があったかもしれない。
「乙女げーむとは何かね?」
「乙女ゲームは乙女ゲームよ。いちいち説明なんかしてられないわ! 面倒くさい!」
「まあまあ、そう言わず。この老いぼれにも分かるように教えてくれんかね」
錯乱する男爵令嬢に、老人は根気よく質問した。
そして乙女ゲームの仕組みと世界観。シナリオと分岐、攻略対象者、イベント等を聞き出した。
傍で聞いているマナミリュ殿下は蒼白だ。
男爵令嬢の隣にいるマギオンも青ざめている。最初は無表情だった護衛達も、話が進むにつれて険しい表情になっていった。
レオンもサールも同様だ。
同じ前世とはいえ、乙女ゲームという物を知らなかった。そんな仕組みの物だと思いもしなかったのだ。
新入生の男爵令嬢が貴族子息が通う学校で、様々な男達と恋愛を楽しむ物語。イベントをこなしながら好感度を上げ、学期末の卒業パーティーで告白する。
約一年間の頑張りで、好感度が基準に達していれば目当ての相手と結ばれる。
メインの相手は王太子。『星の力』で王都の危機を救ったヒロインは、国民の支持も得て王妃となり、幸せに暮らすのだ。
「そんな恐ろしい事を企んでいたのか……?」
マナミリュ殿下が思わず漏らすと、レオンがその背を慰めるようにぽんぽん叩く。
「大丈夫、そうはならない。隕石を壊したのは私だ」
「あぁ、そうだな。本当に助かったよ。レオンありがとう」
「私は先生に言われるまま魔法の授業をしていただけなんだけどね。いずれにしろ私でよかった」
「ああ」
マナミリュ殿下が慄くのは理由があり、レオンもそれに気付いていた。
隕石が王都に落ちたら過去最大の災害で、とんでもない被害が出ていただろう。
もしそれを未然に防いだのがレオンではなく男爵令嬢ならどうなるか?
国王はその功績を称え、国民にも告知する。男爵令嬢の名は高まり、一躍時の人になるだろう。
そこで本人が王太子を慕っていると口にしたら? 報奨として王妃の座を望んだら?
王太子に婚約者がいても、民の人気は侮れない。本人がどんな性格の人間かは、学校に通っている学生しか知らない。
国王が『星の力』を重要視して、王妃の座に男爵令嬢を据える可能性は高い。
「もしそんな事になったら間違いなく国が滅ぶ」
「そうだな。我が国は友好国だが、ピンク猪が王妃になったら、国としての交流を改めるかもしれない」
「トマリーナ国に見放されたら我が国は終わりだ」
「そうならなくてよかったな」
「本当に……ありがとう、レオン」
泣きそうなのを堪えながら、マナミリュ殿下はレオンの肩に顔を埋めた。
レオンはよしよしとその背をさする。
「大丈夫だよ。私は味方だから」
二人の王子が軽く抱擁を交わしている間も、老人による尋問は続いていた。




