災害
翌朝、馬車が数台連なって郊外の丘へ移動していた。
実直なマナミリュ殿下は不穏な予言を父王に進言したが、案の定相手にされなかった。
サールの特性を知らないので当然だ。
マナミリュ殿下はサールに何やら特別な力があるのを感じ取っているが、具体的には知らされていない。ただサールについて個人情報を秘匿する魔法契約を結んでいるだけだ。
レオンの慌て振りを見たマナミリュ殿下は、確実に何かが起こると確信しているが、それだけでは軍を動かせない。住民の避難勧告も出来ない。
でも何もしないでいられる筈がない。
マナミリュ殿下は郊外へ出向くのに護衛を揃えた。いつもの顔触れに加えて、国の魔法使いも混じっている。筆頭魔法使いはさすがに無理だったが、特別に護衛に入れて貰ったのだ。
滅多に表に出ない魔法使い達は、一様に不審顔だ。極秘の王太子命令だから素直に従っているが、何の説明もないのが不満らしい。
しかしマナミリュ殿下も詳しく説明出来ない。トマリーナ国の留学生が不穏な予言をしたから……では納得しないだろう。
郊外の見晴らしのいい丘に立ち、大勢で空を見上げる。
今日も快晴で青い空が広がっている。災害が起こる気配は微塵もない。
レオンと老人、サール、モルフ、アルデが並んでいる場所から、少し離れてマナミリュ殿下も護衛と共に空を見上げている。
「サール、何か分かるか?」
「昨日と同じです。巨大な何かが落ちて来るとしか言えません。……キンバーン先生、もしそうなったら対処できますか?」
「そうだのう。レオン殿下、風魔法を使ってみるか」
「えっ、今ですか?」
「そう。こんな風に手のひらの上に小さな竜巻を作ってみて下さい」
「はい」
突然の授業にレオンは戸惑いながら、言われる通りにしてみた。
右手の手のひらを上に向けて、老人の手本通りの小型竜巻を作り出そうと試みる。
「うわっ!」
やはり小さく作れなくて、レオンの身長と同じくらいまで成長したので、慌てて魔法を打ち消す。
「ふむ。加減はさておき、風魔法も問題なく発動しますな」
その様子に魔法使い達は色めき立った。あの老人と若者は誰だ……殿下の友人か? と囁く声が聞こえる。
「上級風魔法の呪文を教えておきましょう」
「え?」
「口に出さずに、文言を覚えて下さい。今すぐですよ」
老人は懐から取り出した本を開き、レオンに見せた。ここの呪文を覚えろと指で示している。
「口に出してはいけません。まだね」
「……はい」
レオンは必死になって文字を目で追った。頭の中で繰り返して覚え込む。
「覚えましたか? では次、念の為に土魔法も試しておきますかね」
老人の手のひらの上に、どこからともなく数粒の土塊が現れた。ふわふわと浮いている。
「それは土よ出ろと念じればいいのですか?」
「先ほどの風魔法と同じです。風よ出ろ、土よ出ろ、ですな」
「やってみます」
レオンが右手の手のひらを上に向けると、大人サイズの土塊がどーんと出現する。
「うわっ、また!」
慌てるレオンに、老人はうんうんと頷いている。
「ふむ。土魔法にも適性がある。ではその上級土魔法の呪文も覚えて貰いましょうかね」
「上級ですか? 大丈夫ですか?」
「それも口に出してはいけませんよ。覚えて下さい」
またも本を差し出され、レオンは土魔法の呪文を目で追う。風魔法と土魔法でそう変わらないので、覚えるのは早かった。
老人はうんうんと頷く。
その時、サールが弾かれたように天を仰いだ。
「キンバーン先生、来ます!」
「うんうん、来たね。みんな耳を塞いで丸まって」
「え?」
「耳を塞いでしゃがむのです。このように」
両手で耳を覆いながら屈んだ老人を真似て、みんなが同じ体勢になる。
ほどなくして、大きな衝撃波が全員を襲った。
老人の声が聞こえなくて対処が出来なかった遠くの護衛達は、強風に煽られて横倒しになる。馬車に繋がれている馬が暴れ出し、馭者が慌てて宥めた。
耳を覆ってしゃがんだ者も肌がビリビリ震え、強烈な衝撃に転がりそうになった。
でもそれは一瞬の事で、すぐに老人は立ち上がった。
「レオン殿下、あれに向かって思い切り風魔法をぶつけて下さい! 加減は必要ありません」
見れば巨大な隕石が燃えながら落ちてくる。速度はゆっくりだが、あんな物が落下すればただでは済まない。
茫然とするレオンに、老人が再度指示を出す。
「レオン殿下、ちょうどいい魔法の教材が来ました。思い切り、自分の最大魔法をあれにぶつけて下さい。上級魔法も使って! まずは風魔法からです」
「わ、分かった!」
レオンは立ち上がると、詠唱を始めた。
先ほど覚えたばかりの上級風魔法の呪文。手加減なしで使っていいと言われたのは初めてだ。
どこかで開放感を覚えながら、レオンは自分の体内を巡る魔力を手加減なく放出した。
辺りの枯れ草がザーッと一斉に舞い上がる。大きな空気の塊が隕石にぶつかり、落下速度がゆっくりになった。衝撃で外側の岩が割れて、欠片が散ったのが見える。
「先生! 欠片が!」
「大丈夫。わしが結界魔法と風魔法を駆使して、一欠片も逃さずに全部回収します。殿下は遠慮なくあれを壊して下さい。砂粒の大きさまで細かく粉砕するつもりで」
「はいっ!」
一度、思い切り魔法を使ってみたら、不思議な高揚感と爽快感があった。
レオンは嬉々として上級風魔法と、上級土魔法を連続で放つ。
マナミリュ殿下はこの危機的状況に、あんぐりと口を開いていた。
護衛達もぽかんと口を開けて、老人とレオンを見ている。
このような緊迫感の迫る状況で魔法授業を始めるのが理解出来ないが、とんでもない威力の魔法が放たれているのは分かる。こんなものは見た事がない。
魔法使いなどは、連続で放たれる高度な上級魔法に目を剥いていた。
「ま、マナミリュ殿下、彼等は一体……!」
「……制限なしだとあんな凄いのか……レオン……」
何度も繰り返すうちに詠唱が面倒になったのか、レオンは段々早口になり、やがて詠唱をやめてしまう。それでも上級魔法を使えているのだから、無詠唱魔法を会得したのだろう。
「見事ですな。ふおっ、ふおっ、ふおっ」
「先生! 隕石が割れそうです!」
「うむ。任せなさい」
何度かレオンの魔法攻撃を食らった隕石は、細かな破片を撒き散らしながらゆっくりと下降してくる。
そしてついに大きな亀裂が入り、砕け散った。衝撃で欠片が散らばり、四方八方へ飛んでいく。
でも上空に透明な膜のような物があり、森や地面に到着する前にそこで堰き止められて溜まっていく。巨大隕石の破片なので広範囲に飛び散ったが、それを全て受け止めるほどの大きな皿のような形の膜が宙に浮かんでいた。
「おおっ……!」
大きな響めきの中、全ての欠片を回収するように、するすると膜が動き出したかと思うと丘の空いた場所へズドンと着地した。




