魔法授業
属性魔法でレオンが使えると判明したのは、今のところ火魔法。順番に確認する予定なので、他はまだ不明。
キンバーンが手本を見せて、それをレオンが真似していくスタイルなのだが、すぐに問題が明らかになった。
「殿下の魔力回路はどうも優秀すぎるようです。もっと抑えて下さい」
「うん。やってはいるんだが、どうしても過剰に魔力が出てしまう」
老人が指示したのは火魔法の初級レベルの炎を出すこと。老人が胸の前に差し出した手のひらの上には、小さな炎が浮かんでいる。
でもレオンの前にはそれよりも遙かに大きな、ぼうぼうと燃えさかる炎が浮かんでいた。
「殿下、抑えて下さい。もっと栓を閉めて。そうするよう思い浮かべて」
「は、はいっ」
レオンが魔法の授業で主にやっているのは、自分の暴走しそうな魔力を押さえ込む事だ。
このコントロールが出来なければ誰かに怪我をさせてしまうかもしれないし、建物を壊してしまうかもしれない。そんな迷惑をかける訳にはいかなかった。
だから毎日、毎日、必死になって頑張っているが、中々上手く制御できない。
その日の放課後もへとへとになるまで、寮の前庭でやっていたら日が暮れた。
老人は疲れた素振りもなく杖をついている。
「よくそこまで魔力回路を鍛えられましたね。それは賞賛ものですが、制御できないまま使い方を教える訳にはいきません」
「はい」
火魔法、風魔法、水魔法、土魔法、四属性の初級は呪文なしで使える。一般的に生活魔法と呼ばれているものだ。
「回路が優秀な分、難易度も高いですが、そこを乗り越えたら後は楽です。様々な魔法を使いこなせますよ」
「はいっ。頑張ります」
「ちなみに殿下は覚えたい魔法がありますか?」
「私は空を飛んでみたいです」
老人とモルフ、サールとアルデの目が点になった。そういう発想はなかったのか、マナミリュ殿下も驚いている。
「空を飛ぶのですか? 人間が?」
「はいっ。飛べたら楽しそうじゃないですか! 自分の意志でふわりふわりと空中散歩。してみたいなぁ」
「都市部で飛んだら不審者で捕まりますね」
モルフが釘を刺すように言うと、レオンは分かってると答える。
「都市部で飛ぶとしたら人目につきにくい夜だな」
「分かってないじゃないですか!」
「冗談だ、冗談」
レオンは朗らかに笑っているが、モルフは胡散臭そうな目を向ける。
「自分の姿を晦ます魔法とか、身を守れる結界魔法とか、姿を消せる魔法とかあれば……」
「レオン様っ!」
「何にしろ無茶はしない。するとしたら万全の準備を整えてからだ」
「絶対にやるつもりですねっ?!」
「だって、モルフも楽しいと思わないか? 空中散歩」
「それは、まあ……確実に安全なら」
「だろう? 最初から無理だと諦めるよりも、目指してみてもいいじゃないか。そんな都合のいい魔法があるのか分からないけれどね」
「ありますよ。……というか工夫次第です」
苦笑した老人が言うと、レオンが飛び跳ねて喜ぶ。
「ではもっと頑張らなければ! 一日も早くコントロール出来るようになります!」
「ふふふ」
考えてみると、あのキンバーン様に教えを請えるなんて、なんて贅沢なんだろう。
父王が要請した訳ではなさそうだが、自分はついていると、レオンは今の境遇に感謝した。
そんな風に学生らしく、真面目に楽しく学生生活を送る中。
男爵令嬢がマナミリュ殿下を探して回る頻度が増えたという報告書が上がった。
しかしサールの『勘』がそれを防ぐので、一度も遭遇しない。キーッと叫び、ピンク色の髪を振り乱して発狂しているそうだ。
「何なのだ、あの男爵令嬢は」
呆れるマナミリュ殿下を、レオンが慰める。
「放っておこう。意味不明なのは前からだ。相手にしなければいいだけだ」
「そうだな」
男爵令嬢の件はそれで終わり。
煩わされる事がなくなった上に側近が二人戻り、マナミリュ殿下の日常は平和になっている。
しかし突然、その平和は乱される事になった。
ある日、前触れなくサールが空を見上げた。その日は快晴で、ちょうど寮に帰って来たところだった。
「レオン様、空から何か落ちて来ます」
「なにっ?!」
「とても巨大で非常に危険。大勢の命に関わります」
「空から落ちて来る……隕石か?」
「……分かりません。とにかくとても危険です」
「キンバーン先生!」
レオンは国防のプロであるキンバーンを頼った。
呼び出された老人は何事かと外に出て来て空を見上げる。
「わしには何も感じ取れんが、サール殿の特性は無視できないのう」
やはり老人は特性について知っていた。でも今はそれについて追及する時ではない。
「今すぐではありません。でもこのままでは数日中に何か悲惨な事が起こるでしょう」
「分かりました。今夜は大丈夫ですね? では明日から数日、学校を休んで頂きます」
「はい。それは構いませんが、何を……」
「わしも直前になるまで分かりませんが、見晴らしのいい丘で待機しましょう。直視出来た時にすぐに手を打てるように」
「承知しました」
「私も同行します」
マナミリュ殿下が青白い顔で言い、老人は許可を出す。
「父王にも知らせておきます」
「それは構いませんが、おそらく相手にされませんよ」
「えっ」
驚くマナミリュ殿下に、老人は淡々と告げる。
「まだ何も起こっていない時に国は動きません。国というものはそうしたものです」
「あ……」
「でもご安心を。わしがいる場所で惨事は起こしません」
頼もしすぎる老人の言葉に、マナミリュ殿下はただ深く頭を下げるだけだった。




