新メニュー2
「サール、オムライスが食べたい」
唐突なレオンの言葉に、サールは目を丸くする。
「おむらいす……ですか? それは一体どのような食べ物ですか?」
「分からないか……ではケチャップを作ってくれ。多めに。作り方は私でも何とかなると思う」
休日で、朝からずっとキンバーンに魔法授業を受けていたレオンは、昼になるとぐったりしてそんな事を言い出した。
老人も初めて聞くメニューに目を輝かせている。
「殿下が料理を?」
「いや、さすがに私では手つきが怪しい。料理人に指示して作って貰うんだ」
一行は厨房に移動した。
マナミリュ殿下は今日は王宮に出掛けていて不在。執事はいつものように傍にいる。
サールにケチャップを作って貰っている間、レオンがそれまでに出来る工程を指示する。
「追加の米は届いてるな? よかった。もう炊いてあるんだね。週一回から二回にしてもよさそうだ。今週から中日にも炊いておくれ」
「畏まりました」
「じゃあまずは具材……肉があるかな。細かく刻むから何でもいいんだけど鳥肉があれば……うん。これがいい。後は野菜も細かく刻んで……玉葱に似たやつ、これと、緑色のこれ、二種類でいいかな」
言われた通り料理人が具材を刻む音が厨房に響く。
ケチャップが完成したというので、具材と米を炒めて貰い、それにケチャップを投入する。ケチャップライスが完成したら、次は卵を焼いて貰う。
「本当なら卵は半熟がいいんだけど、やめておいた方がいいよな。う~ん、焼きながら包むのも難しいから、ライスの上に乗せるパターンでいこう」
レオンの指示に従い、ケチャップライスが人数分、山のような形で皿に盛られる。その上に丸く焼いた卵焼きを乗せて、最後にケチャップをかけたら完成。
「これがオムライスだ!」
大満足のレオンは自分の皿を確保して、いそいそと食堂に移動した。
席に座るなり頬張り「これだよこれ! 美味い~!」と叫んでいる。
モルフやサール、アルデも自ら皿を持って移動して席についた。スプーンでぱくつき、美味しいと笑顔になった。
料理人も厨房の片隅で試食して、うんうんと頷いている。新メニューのレシピを忘れずにメモしている。
そんな様子を眺めながら、老人も執事に給仕されて初めて食べるオムライスを口にした。その目が真ん丸に見開かれる。
「なんとっ、これは美味い。野菜から出る酸味と甘味がほどよく調和していて、卵にも合っている。いい具合に口の中で解けて……このもっちりとしたは食感は米か。いくらでも食べられそうだ」
「キンバーン先生、グルメレポーターみたいだな」
レオンが笑う前で、老人はオムライスを頬張っていた。小さな身体で夢中にぱくつく様子はまるで子供のようだった。
「レオン殿下の傍には美味しい物が溢れていると聞いておりましたが、本当でしたな」
「そんな噂が?」
「国のあちこちで米が本格的に作られるようになり、物凄い勢いで広まっております。食糧事情に悩まされてきた地区は改善され、喜びの声が上がっていました。都市部では目新しいパンが流行しています。みんな感謝しておりますよ」
「パンはともかく、稲作は私ではなくサールの功績だよ。訂正して貰わなければ」
「いいです、そのままで」
堪らず口を挟んだサールに、レオンは不満そうに口を尖らせる。
「私は人の手柄を横取りしたくないのだが」
「米を白米として美味しく食べられるようにしたのは確かに私ですが、政治的に対策を施したのは殿下です。横取りにはなりませんよ」
「むう」
「いいじゃないですか。美味しい物が食べられるんなら何でも」
食べながら言ったモルフに、レオンは渋々ながら不満を引っ込めた。
そのやりとりを見ていた老人は、サールを興味深そうに見詰める。
「サール殿は不思議な方ですな」
老人は『鑑定』持ちなので、サールの特性についてはバレバレだろうが、それについては触れてこない。何について不思議と言われるのか、本人にはいまいち分からない。
長年、国の筆頭魔法使いを勤めて来た老人の頭には、レオンやサールには想像もつかない知識が山のようにあるのだろう。
サールも下手に訊き返さず、曖昧に微笑むだけにしておいた。
夕方になってマナミリュ殿下が帰って来て、オムライスを食べて感激した。
「これもまた美味いな。米というのは色々な食べ方があって奥が深い。他にもまだたくさんのレシピがありそうだ」
レオンは頷く。
「米を使った料理なら、簡単な物で炒飯があるよ。基本は細かく刻んだ具材と米と卵を、塩コショウで炒めるだけなんだけど、コショウはないかな? 少しピリッとする調味料なら何でもいいんだけど」
「ふむ」
「そういえば炒飯って割と自由が利くメニューだよな。辛味を強くしたり、旨味調味料で甘めにしたり。自分好みの味付けにしてもいい。具材も魚や豆、固めの野菜を入れても食感が色々と楽しめる」
「ふむふむ」
「ただ炒飯用の米は固めに炊くのがポイントだな。個人的な好みもあるが、パラパラしているのがよいとされていた。具材や調味料はあらかじめ用意しておいて、厨房の強い火力で一気に炒めるんだ。一分とか二分とか、本当に短い」
「ふむふむふむ」
「べちゃっとしている柔らかいのが好きな人もいるだろうが、お店で出される物は大体パラパラしていた」
執事がうんうん頷きながらメモしている。
「今度、作ってみてくれ」
「畏まりました」
レオンも食べたい料理がまだたくさんある。折を見て覚えて貰う事にしよう。
着実に食生活が充実していくのを、レオンは大変満足していた。




