知らせ
「モルフ! モルフ!」
どたどたという音と共にレオンが叫んでいる。
寮の部屋。
帰って来て制服を脱いだところで聞こえてきた騒ぎ。モルフはドアを開けた。
「何事ですか」
「モルフ! キンバーン様が来るって」
「……え?」
「帰って来た時に執事に手紙を渡されたのを見ていただろう? その知らせだった!」
「まさか……キンバーン様とは、あの……キンバーン様?」
「そう! あのキンバーン様だ! 多分!」
「え、嘘でしょう? あの方が国を空ける……? 何かの間違いでは」
「な、そう思うよな?! 読んでみてくれ!」
レオンから差し出された手紙を受け取ったモルフは、目を丸くした。
「確かにこちらへキンバーン様がいらっしゃると書いてありますね」
「だろっ?!」
「キンバーン様が国を空ける……何かあったのでしょうか。非常事態?」
「私に会いに来るって!」
「え? レオン様に会いに?」
「そう! 魔法の授業でのことを父に手紙で知らせたんだ。その返事がこれ」
「まさかレオン様の魔法能力を確かめに?」
「だと思う」
「わざわざキンバーン様が?」
「おそらく」
「なんて事だ……」
モルフは絶句した。
レオンも珍しく動転している。
「あのう……」
そこへ声をかけたのはサール。
アルデもこの騒ぎを聞きつけて廊下に出て来ている。サールの肩越しに何事かと目で訴えていた。
「お話を伺っても?」
「うん。移動しようか」
応接間へ落ち着き、お茶を飲みながら話を聞く。
ちょうどマナミリュ殿下も帰って来たので合流した。
「それでキンバーン様とは一体、どういう方なのでしょう」
「我が国の筆頭魔法使いだ。国防を担っている」
「有名な方なんですか?」
「私もモルフも会った事はない。その姿は謎に包まれていて、知る者はごく僅か。でも名前だけは知れ渡っている。……噂ではズバ抜けた才能の持ち主で、まだ若い時分に筆頭魔法使いに就任したとか。もう何十年も我が国はキンバーン様に守られているのだ」
「凄い方なのですね」
「うん。父に手紙を出した時、魔法使いの誰かが確認に来るとは思っていたが、まさか筆頭のキンバーン様がいらっしゃるとは……」
「それほどまでに光る魔法使いは貴重なのですね」
「おそらくそうなんだろう。我が国に魔法使いがどれくらいいるのか、そのうちの何人が光るのか、その辺は私にも分からないが……」
そこへ執事が来客を告げに来た。
「私に?」
「はい。お国からの使者でございます」
レオンはモルフと顔を見合わせた。
今の今でまさか……。
レオンはじっとしていられず、自ら玄関まで出迎えに行く。
そこにたった一人で佇んでいたのは、ちんまりとした小さな老人だった。髪の毛が全くないつるつる頭で、白くて長い髭が胸元まで伸びている。質素な外套を羽織り、杖をついていた。言われなければ国からの使者だとは分からない。
老人は焦るレオンを見て片方の眉を跳ね上げた。改めて正面に向き直り、最敬礼をする。
「もしかしてキンバーン様……?」
「いかにも。敬称はいりませんよ、レオン殿下」
「いえっ! お、お初にお目にかかりますっ。お会い出来て光栄です!」
勢いよく頭を下げたレオンに、老人は笑顔を向けた。
「ふぉっ、第一王子は噂通り腰が低い。私のような老いぼれにまで頭をお下げになるとは」
若干、諭す声色に、レオンも言い返す。
「ただ王子に生まれただけで、何十年も国を守って下さっているキンバーン様に偉そうな態度は取れません。幸い、人目を気にする状況ではないですし」
「ふぉっ、ふぉっ」
老人が楽しそうに笑い、レオンは招き入れた。
「どうぞお入り下さい。長旅でお疲れでしょう」
「いいえ、そうでもありません。この老いぼれは色々な魔法を使えるので、旅は快適でしたぞ」
「そういえばお一人ですか? 護衛は」
「一人旅です。わしは長い間国から出た事がなかったもので、あちこちに寄り道しながら、観光しながら、ゆっくりと進みましたので」
「ええ? でも父からの返信は今日届いたのですが」
「魔法というのは多種多様。使いようによっては移動時間の短縮も可能なのですよ」
「素晴らしいです!」
レオンがキラキラと目を輝かせると、老人は柔らかく目尻を下げた。
応接間でマナミリュ殿下を紹介し、モルフやサールやアルデも紹介してから話を聞いた。
「国にはわしの後継の魔法使いがいるから大丈夫。そろそろ引退しようと時期を見計らっていたら、陛下が訪ねていらしたのです。光る魔法使いは久しぶりです。レオン殿下、早速見せて貰ってもよろしいですかな?」
「もちろんです」
レオンは右手にだけ魔力を流した。するとそこだけ発光する。
「おお、見事な。もう完璧に制御できるのですか?」
「魔力回路を意識する訓練だけをずっとしてきたのですが、この間の授業で久しぶりに試したら物凄い勢いで魔力が巡り出して焦りました。それから自重しています」
幼い頃からベッドの中でその訓練をしてきた話をする。壊れた身体ではまともに巡らず、自分には適性がないとずっと思っていた事も話した。
「なるほど。偶然ではなく、王族の血を引いているからだけでなく、これまでの努力の成果なのですな」
「……そのようです」
にこにこ笑顔の老人は、マナミリュ殿下や部屋の隅に控えている執事に目を向けて尋ねた。
「わしもしばらくここに逗留させて貰ってもよろしいですかな?」
「もちろんでございます」
即答したマナミリュ殿下に、老人は世話になりますと頭を下げる。
「レオン殿下、学校での魔法学の授業は座学だけにして下さい。実技はわしがここで教えます」
「本当ですか? よろしいのですか?」
飛び上がって喜ぶレオンに、老人はうんうんと頷く。
「マナミリュ殿下、わしが張りついて監督するので、事故は決して起こしません。お約束します」
「ご配慮ありがとうございます。そうして頂けると安心です。何しろレオン殿下の光り方はとても激しかったので、どうしても心配になってしまうのです」
「そんなにですか?」
「教室中がレオン殿下の光で溢れましたから」
「ふむ」
少し鋭い目付きになった老人だが、満面の笑顔でにこにこ笑うレオンを見ると、相好を崩した。
「頑張りましょうね、レオン殿下」
「はいっ! 頑張ります!」
モルフはよかったですねと一緒に喜んだ。ずっと魔法を使いたかったレオンが我慢してきたのを知っているからだ。
それから寮に帰ってからの空き時間は、全て魔法の授業に費やした。
モルフやサール、アルデも同席していいと言われたので一緒に学んでいる。
学校の魔法学の授業とは違い、寮での授業は難易度が高くてサールやアルデはついていけないが、繰り返し魔力を練っているうちに感覚が掴めてきた。
生活魔法程度なら、二人ともそのうち会得できそうだ。
キンバーンの鑑定によると、レオンは複数の属性を使えそうとのこと。
鑑定すればその人が使える魔法が全て開示されると思われがちだが、そうではないらしい。実際に使えた魔法だけが表示されるようで、使える可能性がある時はその枠だけ表示されるという。レオンはその枠が何個もあるそうだ。
一般的には一つの属性しか使えない者がほとんどだ。王宮に召し抱えられる優秀な魔法使いには複数属性を操る者もいるが、とても数が少ない。
こればかりは実際にやってみないと分からないので、これから精査していく予定だ。
もちろんレオンの魔力量は桁違い。老人は楽しそうに笑っている。
「まずは基本中の基本。火魔法からいきますかな。殿下、火よ出ろと念じてみて下さい。初級ならその程度で大丈夫です」
「はいっ」
火よ出ろと念じたレオンの前に、特大の炎が出現した。
威力が初級魔法ではなかったが、初めて使った魔法に「おおっ!」と大感激したレオンだった。




