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ドリー1

 驚愕したドリーは、ふと思い出す。

 そういえば最近、トーヤを見ないと思っていたのだ。


 よってたかって女子生徒に虐められている男爵令嬢を守る為に、いつの間にか傍で見張るようになっていた。


 朝は交替で誰かが女子寮まで迎えに行き、授業の合間は同学年の誰かが付き添う。

 昼休憩になれば皆で一般食堂へ集まり、昼食を共にする。まったりと過ごした後は午後の授業。

 放課後はそれぞれ用事があるのでバラけるが、何もなければ食堂併設のカフェで歓談する。

 たまに男爵令嬢がマナミリュ殿下を探し回って校内を彷徨う時があるが、大体、そんな感じで日々を過ごしてきた。


 以前は勉強に費やしていた時間に遊んでいるので、当然成績も落ちているが気にならなかった。そんなものよりも男爵令嬢を守る方が大事だった。


 教室移動中、マナミリュ殿下やミナミ嬢とばったり会う事が何度かあった。その時に二人から小言を言われた事がある。

 殿下に咎められても、友人達もみんな同意見だったので自分は正しいと胸を張っていた。


 逆に何度かマナミリュ殿下には注進したが、何故か男爵令嬢の事に関しては聞き入れて下さらなかった。いつも聡明な方なのに、どうしてか頑なだった。

 悪いのは集団でか弱い男爵令嬢一人をいたぶる女子生徒達なのに、どうしてそれを分かって下さらないのか不思議でしょうがなかった。


 トーヤも賛同していたのに、いつの間に改心したのだろう。

 そういえば婚約者のリュンデ嬢と一緒にいる姿をよく見るようになった。


 仲直りしたのだろうか? 

 あれほど婚約者を責めていたのに?


 ドリーは自分の婚約者の事も考えてみた。


 完全な政略結婚で、事務的な付き合いだ。パーティー等で必要な時、パートナーとして一緒に参加してきた。

 誕生日などの記念日には贈り物を送ったり、送られたりしたが、最低限の付き合いでしかない。


 それも今年度になってから途絶えた。

 ドリーは侯爵家の三男で継ぐ家がなく、彼女は侯爵家の一人っ子で跡取りだ。いずれ女侯爵となる。


 ドリーがたくさんいる候補の中から婿に選ばれたのは、家柄が釣り合うのと、マナミリュ殿下の筆頭護衛に選ばれた将来性を見込まれてのこと。


 その側近になれなかったら、どうなるのだろう?


 ゾクッとした。


 考えるまでもない。婚約解消だ。

 別の男と取り替えられるだけ。彼女と家柄が釣り合う候補者はたくさんいるのだから。


 でもドリーはどうなる?


 いくら実家が侯爵家でも、三男の自分は成人したら家を出なくてはならない。実家に残って家業を手伝う者もいるが、ドリーの家は違った。


 跡取りの嫡男は優秀で、既に父の右腕として評判は上々。

 次男は剣士で、領地の騎士団の団長補佐だ。いずれ団長になるだろう。

 ドリーも騎士になる予定だが、二人も要らないと言われている。兄弟で騎士団に所属するとどうしても派閥できて、二分化してしまう。無用な争いを避ける為にドリーは雇わないと宣言されている。


 家にドリーの居場所はない。

 マナミリュ殿下の側近から外されるなら、別の就職先を探さなければならない。

 剣士としては優秀と評価されているが、側近候補から外された者が王宮に就職できるだろうか? マナミリュ殿下に忖度した官吏に、不採用にされる可能性が高いような気がする。


 しかし自分の将来の為に、意地悪な婚約者に目を瞑って結婚するのが正しい事なのか? 

 そんな女性と老いるまで一緒に暮らせるのか?


 そんな風に憤懣を抱えたドリーは、偶然、トーヤとリュンデ嬢が連れ立って歩いているのを廊下の先に見かけた。


 何も考えず突進していた。

 二人の前に回り込み、トーヤを責めた。裏切るのかと。


 トーヤとリュンデ嬢は突然現れたドリーに呆気に取られていたが、周囲を見回してドリーが一人なのを確認すると、人目につかない木陰に強制的に移動した。


 そして久しぶりに会話をする。


「ドリー、よく考えてみろ。お前の婚約者アリス嬢は大人しくて静かな人だ。侯爵家の跡継ぎでもあり、理性的に振る舞うよう教育されてきた人だ。そうだな?」


「……あ、ああ……」


 断言されて思い出す。


 そうだ。彼女はいつも静かだった。侯爵家の跡取りなのに、自分の後ろに無言でついてくるような、しとやかな雰囲気の……。


 そこでふと思い出す。


 以前、寮と校舎を繋ぐ道で、男爵令嬢と取り巻き一行と、ミナミ嬢と取り巻き一行が鉢合わせした事があった。

 あの時は壮絶な口喧嘩に発展した。


 礼儀がなっていない、はしたないと男爵令嬢を責めるミナミ嬢。

 酷いわとマギオンに泣きつく男爵令嬢。

 男爵令嬢の代わりに言い返すマギオン。他の男達。

 ミナミ嬢の取り巻きは後ろに控えていたが、我慢できない者が数人、ミナミ嬢に加勢した。


 そんな騒動の中、アリス嬢はかなり後方の木陰にいた。静かに佇み、ただ成り行きを見守っているようだった。


「その彼女が本当に! 何の関わりもない男爵令嬢の、新入生の教室にわざわざ出向いて! 虐めをすると思うのか?」


「……いや……」


 ドリーは頭を振る。

 そうだ。どうしてそんな風に思い込んだのだろう。彼女はそんな人ではない……。


「彼女は侯爵家を継ぐ人。淑女教育の他に領地経営も学んでいて、とても忙しい。そんな暇があったら図書館で本を読んでいるだろう」


「そうだ。ドリー、友人として忠告する。大事な事だ。男爵令嬢から離れてよく考えるんだ。男爵令嬢に近付くな」


「そんな……でも……」


「いいから聞け! 男爵令嬢の周りには男がたくさんいる。ドリーが数日間いなくても大丈夫だろう? マギオンが何とかするさ」


「……そうだな。マギオンがいる」


 なんだか頭がぼうっとしてきた。


「ああ。マギオンに任せて、お前はしばらく距離を置け。そしてアリス嬢と話をしろ。最近、会ってないだろう?」


「ああ。会ってない……」


「私からもアリス嬢に伝言しておく。とにかく数日間だけでいい。男爵令嬢から離れるんだ。分かったな」


「ああ、そうしてみる……」


 ドリーはふらふらとした足取りで、その場を後にした。


 頭の中が靄がかかったようになっていて、深く物事を考えられない。

 その日は真っ直ぐ寮に帰って、食事も摂らずに眠ったのだった。





 翌朝、ドリーは起きても頭が上手く働かず、ベッドの中でぼうっとしていた。空腹だが動けない。何となく身体が重い。


 休日なのでそのままうだうだしていたら、職員が来客を知らせてきた。なんとアリス嬢が訪ねて来たと言う。


 驚いたドリーは慌てて着替えて、面会室へ駆けつけた。


 久しぶりに会ったアリス嬢は凜として座っていた。

 高位貴族専用の寮とはいえ面会室は殺風景なのに、彼女の周りだけ空気が違って見える。


 何も考えられないドリーはふらふらと近寄って、彼女の足元に跪いた。


「どうなさいました?」


「……分からないのです。昨日、トーヤに会ってから変なのです」


「まあ。わたくしもリュンデ嬢に言われてここに来たのですが、手遅れではなかったという事でしょうか」


「手遅れ……?」


「その見極めをしに来ましたの」


 アリス嬢はにこりと笑い、最後通告をした。


「あなたの目前に婚約破棄……白紙が迫っております。さあ、どうしましょうね?」


 蒼白になるドリーとは裏腹に、アリス嬢はとても楽しそうに笑ったのだった。

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