息抜き
高位貴族専用の食堂の前庭で始まったサッカーは、あっという間に男子生徒に広まった。
まず昼休憩にマナミリュ殿下が、留学生と何やら楽しそうな事をしていると噂になった。高位貴族の食堂まで見学に来る者が増えた。
レオン達は見学者がいるのに気付いてはいたが、遠くで見守っているだけだったので放っておいた。
それよりも自分達で楽しむ事に夢中になっていたのだ。
何しろサールのフェイントには誰も敵わない。リフティングが上手いという事は足技に長けているということ。
1対1になると、シザーズやダブルタッチというドリブル技で簡単に抜かれてしまう。
その姿が何とも格好いい。
小柄なサールが、大きな体格のレオンやマナミリュ殿下を颯爽と抜き去る姿は憧憬を集めた。アルデやモルフ、トーヤも羨望の眼差しを向けていた。
3対3をやる日もあったが、足技の特訓を集中してやる日もあった。
サールの実技指導の元、レオンやマナミリュ殿下もオレンジ色の実を蹴って遊んだ。
中々思ったようにコントロール出来ないが、その分集中するし、身体を動かすので気分転換にはもってこいだ。
特に運動好きなマナミリュ殿下は、とても気に入ったようだった。
授業の単位はほとんど取り終えているとはいえ、王太子としての仕事もある。寮に帰っても忙しいから、昼休憩のひとときで息抜き出来るのはありがたいらしい。
これまで身体を動かすのは剣技の鍛錬をする時くらいだったが、それは昼休憩にやるには激し過ぎる。サッカーのリフティングくらいがちょうどよかった。
頭脳派のトーヤは運動はあまり得意ではなさそうだったが、気分転換に実を蹴るのは楽しいと笑った。
リフティングなら誰にも迷惑をかけずに一人でも楽しめる。無心にオレンジ色の実を蹴っていると、頭が空っぽになる瞬間があった。頭を酷使するばかりでは息が詰まるのだ。
それにサッカーを通じてマナミリュ殿下と話す機会が増えて、ぎこちなかった関係が元に戻ってきた。何よりそれが嬉しい。
寛大な心で愚かな自分を許してくれた殿下に、トーヤは忠誠を誓った。二度と間違えない、二度と惑わされないと固く自分を戒めた。
マナミリュ殿下やレオンの楽しそうな様子を見学していた生徒に、オレンジ色の実はどこで手に入るのかと訊かれた。
サールが庭師から貰ったと答えたので、庭師の元にはたくさんの男子生徒が殺到したそうだ。
見よう見まねで彼等もサッカーを始めた。
一般食堂や寮の庭、少し広いスペースのある場所のあちこちで、男子生徒がオレンジ色の実を蹴っている姿を目にするようになった。
マナミリュ殿下が人の迷惑にならない場所、庭師が許可する場所で遊ぶようにと告げたので、皆それを守っている。元々学校の庭は恐ろしく広いので場所はたくさんあった。
何よりルールが簡単だ。
手を使ってはいけない。それだけ。大きな会場で本格的な試合をする訳でもないので、オフサイドは必要ない。
急速に広まったのには理由がある。
オレンジ色の実が庭師が処分する物であったこと。
ルールが簡単だったこと。
広い場所があったこと。
それらの他に、この世界に娯楽が少ないこともあった。
学生の娯楽といえば、読書や友人達との交友くらいしかない。
特に寮生活の学生はどうしても学校と寮を往復する日々の繰り返しになるので、単調になってしまう。勉強の為に学校へ通うとはいえ、そればかりでは効率が落ちる。息抜きは必要だ。
そんな毎日に、マナミリュ殿下が率先して遊びを取り入れた。
昼休憩だけの短い時間だが、とても新鮮で衝撃的な光景だったのだ。
男爵令嬢の取り巻きの中で、まず最初にドリーが気付いた。
男爵令嬢は高位貴族専用の食堂に出入り禁止だし、その周辺に近寄る事すら禁止されている。以前しつこくマナミリュ殿下を待ち伏せしたせいだ。
彼等には他に親しく付き合う者もいなかったので、サッカーという珍しいものが流行っていると知らなかった。
でも校内のあちこちでオレンジ色の実を蹴る男子生徒を見かけたら、あれは何だろうと気になる。
ドリーは元々護衛として側近候補に入ったので、身体を動かす事が大好きだ。
たまたま単独行動している時に講堂の横を通りかかり、拓けた場所で楽しそうに遊ぶ六人の男子生徒を見かけた。
オレンジ色の実を蹴って、敵と味方で奪い合っているようだ。
下級生のようだったので、近寄って尋ねてみた。
「それは何なのだ?」
その生徒達はドリーを知っていたらしい。突然話しかけられて戸惑っている。
「最近、オレンジ色の実を持っている者を頻繁に見るが、不思議に思っていたのだ。教えてくれ」
「はい……」
重ねて問われて、男子生徒はマナミリュ殿下が広めたサッカーだと答える。
ドリーはとても驚いた。
自分の知らないところで、そんなものが学校中で流行していたなんて。
更にその下級生達に詳しい話を聞いて、トーヤがマナミリュ殿下の元に戻ったのを知った。




