ワタシは男爵令嬢
「何で上手くいかないんだろう」
男爵令嬢は寮の部屋のベッドで、天井を見上げながら呟いた。
ここは乙女ゲーム『星の下で輝く絆』の世界。貴族学校を舞台に、王太子や側近達と恋をして結ばれる物語。
ヒロインは地方の貧乏男爵家に生まれたピンクブロンドのソフィル・メイア。
つまりこのワタシ!
物心ついた時から目に見える物全てに違和感があって、自分がゲームの世界に転生したのを知った。特徴的なピンク色の髪の毛だったからすぐに思い出せた。
最初は絶望した。本当に貧乏で、屋敷といっても民家に毛が生えたような粗末な家。外壁は崩れていてボロボロ。
のほほんとした父様と母様と領民たちに囲まれて、令嬢なのに畑仕事までやらされた。しないと食べる物がないと言われたら、やるしかないじゃない!
お陰で髪はいつもボサボサだし、肌は日に焼けて真っ黒。着る服もドレスなんて一着もなく、平民の子供と見分けがつかない有様。
男爵って何よ、貴族って何よ、って話よね?! あの頃はホント酷かった。
でもシナリオ通り、学校へ通える年齢になったら王都から使者が来た。貴族学校に入学しなさいって。
お父様は驚いていた。
そんなお金はないと使者に言ったら、今年から貴族子女は全員、学校入学が義務付けられたと聞かされた。
ワタシは知ってたわ。シナリオ通りだもの。
この国は周囲のほとんどを敵国に囲まれている。北のトマリーナは友好国だけど、東、西、南、どことも過去に小競り合いがあって、いつ戦争になるか分からない物騒な感じなの。
それを懸念した国王が、辺境に住む下位貴族も見張っておかなければと思ったみたい。貧乏過ぎて敵国に情報を売ったり、寝返ったりしないように。領主の子供を人質に取るようなものね。
当然、学校に通う経費は国の負担。お父様は胸を撫で下ろしていた。
ワタシはずっとここにいたい。あんな何もない田舎に戻って畑仕事するよりも、綺麗な制服を着て遊んでいられる学校の方がましだもの。
当然、長期休暇は帰らない。旅費は自腹だし、そんなお金はないもの。
ワタシことヒロインはそうして学校へ通うようになり、そこで王太子や取り巻き達と恋を楽しむの。
男爵令嬢が王太子と恋愛なんて普通は無理よね? でもヒロインには『星の力』があるの。それは国王でも無視できない強力な力。
そういう話なのよ。
当然、一番狙いは王太子! きちんと攻略して結ばれれば王妃になれるんだから!
他の高位貴族子息も悪くないけど、王妃になれる道があるのに、誰が格下の公爵夫人とか侯爵夫人を選ぶのよ。王妃になった悪役令嬢に頭を下げるなんてゴメンだわ!
前世で全員攻略してコンプリートしたワタシには、全員のデータが頭に入ってる。それなのに、攻略なんて楽勝と思っていたのに、何故か上手くいかないの!
入学式の会場となる講堂近くで待ち伏せて、王太子と取り巻き達を見かけた。ゲームで見ていた通りの容貌だから間違えなかった。
初対面イベント。大事なイベントだから力が入ったわよ!
狙い通り王太子にぶつかりに行ったのに、側近に阻まれた。護衛のドリーね。
可愛らしく瞳を潤ませて謝ったのに、皆が素っ気なくて、すぐに追い払われた。
それから何度も王太子が立ち寄りそうな場所を徘徊しては突撃してみたけど、どうも、なんか違うのよね。
ゲームでは優しかった眼差しが険しいし、話をするタイミングすらない。
王太子の心を掴むには、隣国トマリーナの第一王子の話をしないといけないのに。
昔、ほんの一時だけどトマリーナ国と険悪になった事があるのよ。当時の外交官だった何たら侯爵がやらかして、トマリーナの国王を怒らせたの。
そして謝罪の為に、まだ幼いマナミリュ殿下を親善大使の一行と共に送り出した。こちらから跡取りの王子を差し出す事で深い謝罪の意を示したの。当然、相手国次第ではそのまま人質として帰されない可能性もあった。
でもその時に、マナミリュ殿下とトマリーナ国の第一王子が仲良くなって謝罪を受け入れて貰えたの。だからマナミリュ殿下は無事に帰された。
会えたのはその時だけだったけど、二人は親友になったのよ。
でも向こうの第一王子は生まれつき病弱だった。ちょうどワタシが入学する頃に亡くなった筈よ。
だからそれで落ち込む王太子を慰めるのが王太子の攻略の秘訣。表面上は何もない風に見せている王太子も、心の中では嘆き悲しんでいる。
そこを突けばあっさりと落ちる筈なのに、まともに会話も できない。
側近達は着々と攻略していってるのに、肝心の王太子が……。
逆に見かける度に胡乱な目を向けられて、避けられる始末。
思い切って誰も知らない筈の王太子の秘密の庭園まで突撃したのに、化け物と遭遇したみたいに物凄い形相になって、全力ダッシュで逃げられた。
あの時ほど悲しい事はなかったわ。
ワタシと仲良くなるどころか、逆に婚約者の公爵令嬢と一緒にいるのをよく見かける。
あの悪役令嬢、邪魔よね。そういう役割だけど、ほんと邪魔。あれが傍にいると話しかけられないじゃない。
全く、どうなっているのかしら?
そうそう。他にもおかしな事があったわ。
他の側近達はワタシの元へ来ていたのに、最近になって一人抜けたの。
トーヤの家は爵位が低くて領地にも恵まれていないから目立たないけど、頭脳明晰なの。将来、その能力を買われて宰相に抜擢される男なのよ。
なんで抜けたのかしら?
最近見ないと思ったら、婚約者の女と一緒にいるって言うじゃない!
どういう事か本人に尋ねたいと言ったら、同じ選択授業を受けているマギオンが教室まで連れて行ってくれた。
でもワタシやマギオンの姿を見るなり、周りにいた女子生徒達が立ち塞がって邪魔してきたのよ!
その隙にトーヤと何とか令嬢は姿を消して、ワタシは授業の邪魔だと追い出された。教師にも自分の教室に戻れと怒られたわ。
何なのよ、これは!
どうしてトーヤはワタシから離れたの? マギオンやドリーのように、個別イベントがまだ起こせていないせいなの?! でもトーヤの個別イベントは時期がまだ先なの。どうしようもないのよ!
「全く……イライラする」
男爵令嬢は記憶を掘り起こす。
忘れもしない前世。何度も繰り返して全員攻略したゲーム。こんな事で挫けていられないのよ。
そう! ヒロインのワタシには『星の力』がある。そういうチートがなきゃやってらんないわ!
いずれそれにまつわるイベントが起こるから、その時はワタシの出番なの。その時は皆があっと驚く活躍を見せるんだから、見てなさい!
忌々しい悪役令嬢も、邪魔してくる取り巻きの女達も!
王太子だってワタシを無視できなくなる! 助けて下さいって『星の力』で救って下さいって、みんなワタシに頼んで来るんだからね!
覚えてなさいよ!!!




