薬草と実
サールはレオンに訴えた。
「薬を作りたいのですが、材料を採りにどこまでなら行けますか?」
相談されたレオンはマナミリュ殿下と顔を見合わせる。
「王都の外へは行けないだろうな」
「サールは薬師志望なのか。授業の一貫で、教師に引率されて薬草採取に行く事はある。……そもそも生徒が自ら薬草採取に出向く事はあまりない。ほとんどの生徒は薬屋や冒険者ギルドで購入していると思う」
「そうなのですか?」
これまで自力で材料を揃えてきたサールは驚いた。
でも確かに貴族の子息なら薬草を採りに行くよりも、購入した方が早い。
「う~ん……」
「どんな薬草が欲しいんだ? どこで採取できる?」
「とりあえずキリギス草、マクローン草……ですかね。どこで採れるのかは冒険者ギルドか薬屋で尋ねれば分かると思います」
「何でその薬草が欲しいんだ?」
「火傷に効く塗り薬が作れたらなと思って。厨房の方の腕に火傷痕が目立ったので。飲み薬なら初級回復薬が効きますが、手荒れなどにも効く物が作れたらなと」
「厨房の料理人達の為に?」
「そうです。やはり水仕事が多いから手は荒れますよね」
「そうか」
レオンは感心した。自分も厨房に出入りしたのに全く気付かなかった。
「薬草はひとまず購入してみてはどうだろう。私達が王都の外へ出るとなると、護衛の数が仰々しくなって注目されてしまう」
「そうですね。では後で王都の薬屋へ行ってみます」
「いや、執事に言って購入してきて貰おう。サールは一人歩きに慣れているだろうが、ここは他国。やはり心配だ」
「分かりました。後でお願いしておきます」
「私からも言っておこう」
「ありがとうございます」
サールはマナミリュ殿下の好意に甘える事にした。
今のサールはレオンの護衛も兼ねている。危険が迫った時にいち早く気付く為には傍にいなければならない。
小さな胸騒ぎは収まっていないので油断出来ない。薬草の為に離れる訳にはいかなかった。
それでも癖というか、習性というものは中々抜けない。
サールは校内を移動する度に自然と庭に目を向けていた。広いし、きれいに手入れされているので見応えあるのだ。
昼休憩のひととき。
天気がよかったので、外のテラス席で昼食を摂っていた。食後もそこで皆とゆっくりとしていたら、近くで午後の仕事を始めた庭師が見えた。
校舎と食堂を繋ぐ石畳の通路の両サイドには、腰までの生け垣が整えられている。レンガで作った花壇もあり、人工的な美を作り出している。
サールは立ち上がると、ふらふらと庭師の元へ歩み寄った。
「こんにちは」
サールの声に驚いたのは、初老の庭師。貴族の子息に滅多に声をかけられないのか、大きな刈り込み鋏を持ったまま戸惑っている。
「いつもきれいに整えられていますね。広いので大変でしょう?」
「いや、あの、仕事なんで」
「草木の事に詳しいですか?」
「それは、まあ当然です」
「あの、あそこの木の下に落ちているオレンジ色の実、触っても大丈夫ですか?」
「オレンジの実? ああ、大丈夫です。かぶれたりしませんよ」
サールはとことことそこまで行って、拾い上げてみた。
実の大きさに比べて軽い。軽く叩くとほどよい弾力があって、手のひらを押し返してくる。
「貰ってもいいですか?」
「いいですけど、その実は食べられませんよ。中は皮が何重にも巻いていて、水分が抜けてスカスカです」
「はい。似た物を知っているんです」
サールは満面の笑みを浮かべて、レオンの元まで駆け足で戻った。
「レオン! サッカーしましょう!」
サールの手の中にあるオレンジ色の実を見たレオンは、大きく目を瞠った。
「おおっ?! それは!」
「この国にもありました! 品種は違うようですが、系統は同じ植物です。黄色のやつより少し固いですよ! サッカーに最適です!」
「凄いな! よく見つけたな!」
レオンが喜び勇んで立ち上がると、マナミリュ殿下やモルフ達も続く。
「さっかーとは何だ?」
不思議そうなマナミリュ殿下に実演して見せる。
サールとレオンが少し距離を置いて向かい合い、交互に蹴り合う。
サールは上手なので、どんな球でもレオンの前に行くように返せるが、レオンは下手なのであちこちに飛んで行ってしまう。
「手を使ったら駄目ですよ。肩や頭なら大丈夫です。モルフとアルデも一緒にやろう! 殿下も混ざりますか?」
「……うむ」
芝生のところで大きな円陣を組んで、オレンジ色の実を蹴り合う。
よく弾むので、軽く蹴るだけでも結構飛ぶ。サール以外は下手なのであちこちに飛んで行くが、それを追うのも楽しい。
庭師の男性も、転がっていた実で遊び始めた生徒を見て驚いている。邪魔にならない場所で興味深そうに見学していた。
外でキャッキャッ騒いでいるので、高位貴族専用食堂からも生徒が出て来て見学している。女子生徒もマナミリュ殿下が遊んでいるので驚いていた。
「これはいい運動になるな」
息を弾ませてマナミリュ殿下が言えば、レオンも頷く。
「この広さなら3対3が出来そうだ」
あと一人いればと振り返ったレオンが見つけたのは、この間のトーヤ。婚約者のリュンデ嬢と並んで見学していたが、レオンに手招きされて近寄って来た。
「これから3対3をやる。サールは上手いから殿下とトーヤと同じ組な。私とモルフとアルデが同じ組。キーパーがいないから、あっちのあの木とあの木を結んだ線までこの実を転がしていけたら私達の勝ち。反対側のあの木とあの木を結んだ線に攻め込まれたら、私達の負け。ルールは分かったかな?」
「この実を蹴って転がして、向こうの陣地に攻め入れば勝ちなんだな?」
「そうだ。ちなみに実を蹴るのはいいが、人にぶつかるのは反則だから。叩いても押しても駄目だぞ。使うのは主に足だ」
「了解。とにかくやってみよう」
最初は団子状になってわちゃわちゃやっていたが、次第にパスが通るようになり、レオンがドリブルで攻め込んで行く。
サールが待ち構えていて、さっと実を横取りした。
「あっ!」
素早くてサールが何をしたのか見えなかった。すぐに攻守交代し、サールがドリブルで攻め込んで行く。
モルフとアルデが邪魔をしに正面に回り込んで来たが、サールは実を上に蹴り上げると、ふたりの頭上を飛ばして、あっという間に抜き去った。
「あぁ!」
「嘘っ」
「おおっ凄い!」
単独で敵の陣地に到着したサールは、笑顔で「1点!」と叫ぶ。
「さすが元サッカー小僧。凄い技を持ってるな」
レオンが感心する横で、マナミリュ殿下とトーヤがあんぐりと口を開けている。
「今のは……?」
「上等技巧だな。さて、次いくぞ!」
レオンが中央まで実を持って来て、レオン組の攻撃から再開する。
「サールの行く手を遮って邪魔をするんだ!」
レオンの指示にモルフが動く。
別の場所でマナミリュ殿下が迫って来たので、アルデにパスを通し、殿下を抜いて攻め込んで行く。
「アルデ、こっちだ!」
アルデから返って来たボールを受け取り、ドリブルで攻める。今度はレオン組が得点に成功した。
「よっしゃ! こっちも1点だ!」
そんな風に遊んでいたら時間切れになった。肩で息をしているが、全員、笑顔を浮かべていた。
「トーヤ、明日から強制参加だからな!」
マナミリュ殿下の意向も聞かずにレオンが宣言する。
トーヤは戸惑っていたが、マナミリュ殿下は苦笑していた。許すタイミングを見計らっていたので丁度よい機会だ。
そんな風に高位貴族食堂で始まったサッカーは、ルールが簡単で楽しいと、次第に学校全体に広まっていったのだった。




