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王宮薬師ハーメル

 ハーメルは王宮薬師の重鎮である。


 白髪が混じる髪の毛は灰色で、首の後ろで一つに縛っている。胸元まで伸びている顎髭は真っ白だ。厳格そうな鋭い眼差しに、眉間に刻まれた深い皺。

 年齢が年齢なので現在は長の座を弟子に譲っていて、今の肩書は相談役だ。

 貴族としての爵位もあるので、本来は引退したら楽隠居する予定だったのだが、出来ない事情があった。


 今年十七歳になる第一王子の容態が思わしくないのだ。


 第一王子は幼い頃から深刻な病に蝕まれていて、一度も公式な場に出ていない。当然、学校にも通えなかった。

 専属の教師がいるので最低限の知識を学んではいるが、ベッドから起き上がれない日が多く、城の中ですら出歩いた事がない。自分の部屋しか知らず、とても狭い世界で生きている。


 王太子には早々に第二王子が決定し、今は執務を学びながら学校へ通っている。婚約者も内定していて、王子妃教育も始まっていた。


 第一王子は赤ん坊の時は健康だったが、一人で立って歩くようになった頃から、たまに熱を出すようになった。

 もちろん王族専属の医師が張りついて診察したが原因不明だった。子供が幼い頃にはよくある症例だったので、そこまで深刻な病だと思われなかった。


 昔は庭を走り回る元気もあった。だから十歳になった時、毒耐性をつける訓練を始めてしまったのだ。


 そして一気に弱ってしまった。最初のごく弱い毒を身体に入れてすぐに高熱を出し、生死の境を彷徨った。

 その毒が抜けて熱が下がった後もなかなか完全回復せず、寝込む時間が長くなった。当然訓練は中止されたが後の祭りだった。


 ハーメルは王宮薬師の頂点にいたので、第一王子の枕元に侍る時間が長かった。

 狭い世界しか知らないのに、第一王子は聡明だった。教師によく学び、本もたくさん読んでいた。


「断言は出来ないけれど、この身体は免疫が壊れているのだと思う」


 未だに国を代表する医師すら確実な診断が下せない謎の病気なのに、本人がそう言い出した時、ハーメルはとても驚いた。


「めんえき……とは何ですか?」


 ベッドに横たわる第一王子は青白い顔で微笑んだ。


「各々の身体に生まれつき備わっている機能だよ。誰でも軽い風邪を引いた時、薬を飲まなくても一週間ほど寝込めば回復するだろう? 免疫が身体の中で戦っている最中、発熱するんだ。でも僕の免疫機能は誤作動を起こしていて、正常な働きをしていない。だから全身のだるさが抜けないし、内臓もやられているような気がする」


「殿下、そのような知識は聞いた事がございません。どこでお知りになりました? 教師ですか?」


「いや、そうではないよ。でも分かるんだ。この病は治せない。僕はもう長くないだろう」


「殿下……」


 ベッドの上で力なく微笑む第一王子を見て、ハーメルは奥歯を噛み締めた。何も言い返せないまま寝室を後にした。





 長い期間、王宮薬師の長として働いていたハーメルの頭には、とある薬が浮かんでいた。


 上級回復薬の上の『命の霊薬』と呼ばれる最上位の回復薬。どんな病気も治してしまう、四肢の欠損すら復元してしまうほどの、恐ろしい効能がある奇跡の薬だ。

 今では幻となってしまったが、昔は当たり前に存在していた。当時から貴重な薬ではあったが、王族ならば手に入っていた。


 ハーメルも師匠から作り方を教わったが、ある時から肝心の原料が手に入らなくなってしまったのだ。


 霊薬に必要な原料は三つ。ナリアという果物の種子、ユータミという茸、リュサという薬草の根、それぞれの粉末を同量混ぜ合わせて上級回復薬で溶き加熱処理で完成させる。


 三つとも手に入れ難い場所に生息している植物だが、特にリュサは当時から難易度が高かった。

 王都の南にある森、凶暴な魔獣として有名な焔ドラゴンの棲息地に自生していて、大掛かりな騎士団を編成して採取に行っていた。当時から命がけの任務だった。


 ある時、その近くの火山が噴火して地形が変わった。流れ出た溶岩が森を焼きながら呑み込み、岩だらけの荒れ地になった。

 そこかしこで火を噴く大地は十年経つと落ち着いたが、草木が生えるまで時間が必要だった。


 更に時が経ち、今ではぽつぽつと草木が生えてくるようになっている。

 しかしそこを縄張りとする焔ドラゴンがすぐさま食べてしまうので、森は復活せず未だに黒々とした岩場が広がっている。凶暴な焔ドラゴンがうろつくので危険地帯だ。


「リュサさえ手に入れば……」


 調合方法は今でも覚えている。原料さえあれば第一王子の命を救えるのに。


 酷い焦燥に駆られながらも、ハーメルは諦められない。王宮薬師達はこれまで長い年月をかけて、充分手を尽くしてきたが、どうしようもなかった。

 痛いほど分かっている。悪あがきだと。それでもこのまま何もせずにいられない。

 

 ハーメルは僅かな可能性を求めて、思いつく場所に全て足を運ぶ事にした。


 冒険者ギルドや商業ギルド、薬屋にも情報を求めて向かったが、成果はない。リュサという薬草の名前さえ知らない者がほとんどだ。


 王宮への帰り道の馬車の中。

 沈痛な面持ちで揺られているハーメルの前に、学校の建物が現れた。不意に学校長をしている昔馴染みの顔が浮かんだ。


 ハーメルは学校に寄る事にした。

 

 そこで思わぬ情報を入手する事になるとは思っていなかった。

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