ゲーム
「前世には『ゲーム』という物があった。娯楽に特化した小さな魔道具のような物。ゲームと一口に言ってもたくさん種類があって、私は野球ゲームとパズルゲームくらいしかやった事がない。基本、休日は外に出て身体を動かしていたからな」
レオンの声が部屋に響き、マナミリュ殿下が質問をした。
「ゲームというのは魔道具?」
「仕組みは違うけど、その方がイメージしやすいだろう。……でもスポーツの試合をゲームという事もあった。私は野球というスポーツが趣味だったから。……野球の説明は複雑になるから省略するよ」
「うん」
「『ヒロイン』の意味は分かる?」
「いや」
「ええと、物語の女主人公のこと。女性が主人公の本はあるよな?」
「数は少ないが、あると思う」
「それから『逆ハーレム』……意味は分かるか?」
「いや」
「ええと、そもそもこちらにはハーレムが……ない?」
これまで学んだ歴史がレオンの脳裏を駆け巡った。
帝国時代は派手な後宮があったようだが、それが滅ぶ時に皇族達が派手に殺し合った。まだ幼い子供達も含めてだ。
当時は広大な国土を有していた帝国の跡目争いは、大変な惨事になった。今の国の規模で、あちこちで戦争が起こっていたのだ。
だからそれ以降は一夫一婦制を取っている国が多い。
「あー……ハーレムというのは一夫多妻制の事だ。たくさんの妃を侍らせる王の宮の事だね」
「じゃあ『逆ハーレム』というのは……」
「王女? 女王? がたくさんの男を囲う宮の事になるかな?」
「不道徳な……」
眉を顰めたマナミリュ殿下が嫌悪を露わにする。
「この世界は国王でさえ唯一の妻を大切にするから、ふしだらに聞こえるな」
軽い口調で笑ったレオンは手元に視線を落とす。
「後は私にもよく分からない単語ばかりだ。ええと、それぞれの意味は分かるけど、あの男爵令嬢がどのような意味で使っているのか、いまいちピンとこない。……話の前後が分かれば何とかなったかもしれないが。そもそも、ほとんど独り言だから、聞き取れない箇所もあったのだろう。……ええと、スチル? 糖度? エンド? スキップ?」
「一応念の為、それぞれの意味を確認していいか?」
「うん。スチルは……スチールの聞き間違いかな? 鉄の素材? 向こうにはジュースを入れるのに缶を使っていて、その素材がスチール缶という名前だった」
「鉄の素材……?」
マナミリュ殿下がきょとんとなる。思いがけない意味だったのだろう。
「次は糖度? これは甘さの基準だ。あっさりした甘さなのか、こってりした甘さなのか。それを計る機械があった。糖度計という……」
レオンも自分で説明しながら、首を傾げた。
「あとエンド? これは物事の終わりを意味する。道の果てを指す場合もある。終わりという意味だな」
「……はあ。本当に脈絡がない」
「うん、困惑するな。あと、スキップ? スキップは分かる?」
「いや」
「ではやってみるよ」
「え?」
おもむろに立ち上がったレオンは、ソファを回り込んで少し広い場所に移動すると、その場でスキップをして見せた。
きちんと両手を腰に当てて「ららららら~ん」と口ずさむ。部屋をぐるっと一周してから、ピタッと足を止めて振り返った。
「これがスキップだ」
「……はあ」
マナミリュ殿下が何とも言えない顔をした。サールもモルフも似たような表情になっている。
「……ますます意味が分からない」
「私もだ」
元の席へ戻ると、レオンはお茶を口にした。
「あの男爵令嬢の思考を読み取ろうとするだけで疲れてきた」
「……私もだ。もうやめようか。どうせ理解不能だ」
「そうだね」
結局、あの男爵令嬢は同じ前世で生きていたようだが、レオンにもよく分からないという結論に落ち着いた。
◆
サールは自室に戻ってから考え込んでいた。もしかしたら……と恐ろしい想像をして身震いする。
先ほどの話を繋げると、あの男爵令嬢は自分が物語の主人公……『ヒロイン』を自負していて『逆ハーレム』を狙って『ゲーム』をしている事にならないか……? だから側近候補達を虜にしている。
そう思った途端、急に手が震え出した。恐ろしい想像を追い出すように、頭をぶるぶると振った。
「まさかね……」
違うよね……とサールは自分に言い聞かせる。
どの国も一夫一婦制で、国王のハーレムすらないこの世界。
そこで逆ハーレムを目指そうとする女性などいる筈がない。それが常識。もしそんな事をしようものなら、どんな目に遭うか分からない。
サールは法律がどうなっているのか詳しく知らないが、国王でさえ一夫一婦制なのだから、きっと国民もそれに従うよう明記されているだろう。
もしかしたら愛人を囲っている貴族はいるかもしれないが、それは公にせずにひっそりと……大半の人はそうしている筈だ。
自分の考え過ぎだと、サールはベッドに潜り込む。
すると別の懸念が頭をもたげてきた。
この国に入ってから続く胸の中の違和感。微かだがなくならないので気になってしまう。
最近はマナミリュ殿下が同行するので、男爵令嬢を避ける為に気を張っている。
そんな中、レオンが危ないと『勘』が働く時があって、その度に回避している。避けた道で何が起きたか、もう一々確認していない。それほど小さな危険をちょこちょこ感じているのだ。
レオンは王子だから刺客でも送り込まれているのだろうか?
でもそれにしては殺気を感じない。むしろ無機質だから、ただの偶然が重なっているのかなと思ってしまう。頻度が高いから、おかしく感じるのだ。
あまりにぼんやりした小さな危機なので、レオンにもモルフにも言っていない。もう少しはっきりしたら言おう。
そう決意して、サールは眠った。




