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実験

 実験は同じ日の一般食堂で行われた。

 といってもそんな大掛かりな事ではなく、レオン達が持参した米で一日限りの特別メニューを作って提供しただけだが。


 見張っている者に男爵令嬢の反応を近くで確認し、何を言うのか一言も漏らさないよう注意して貰った。


 一般食堂は自分で好きな小皿をトレーに取っていく方式だが、男爵令嬢は入口入ってすぐの一番目立つ場所に置かれた『おにぎり』を見て、とても驚いた。


「何でこんなところにおにぎりがあるのよ!」


 あえて詳しい説明書きなどせずに置いて貰ったのだが、男爵令嬢はそう叫んだ。その得体の知れない白い物が『おにぎり』だと知っているのだ。

 そして不満そうに「なにこれっ。おにぎりがここにあるなんておかしいでしょ。世界観はどうなってるのよ。バグ?」と呟いたそうだ。


 それでもおにぎりを取り、ぶつぶつ文句を言いながらも食べていたという。


「やはりそうだったか」


 レオンが眉を顰めると、サールが不安げに尋ねる。


「私達と同じ前世の人なんですか?」


「そのようだ。生きていた年代もそう変わらない感じがする」


 レオンの顔は険しい。

 同じ前世持ちの人が増えるのは嬉しいが、まともな人限定だ。あのピンク猪には近寄れない。むしろ危険人物に前世の記憶があるとなると、警戒度が増す。

 向こうの世界には危険な物もたくさんあった。こちらにも魔道具があるが、あちらの高火力武器を下手に再現されては厄介だ。なにしろあの女の取り巻きは高位貴族の子息ばかり。資金力がある。


「本来ならどのくらい記憶があるのか尋ねたいところだが、無理だな」


「ええ。仲間認定されてつけ回されますよ。悪事に巻き込まれるかもしれません」


 モルフは苦い表情だ。


「マナミリュ殿下に前世の話をしなくてはならないか? 信じて貰えるだろうか」 


「その前に魔法契約を結びましょう。マナミリュ殿下は善人ですが他国の王太子。何の対策もなしに打ち明けるのは危険です」


「そうなるよな。では私だけという事にして、サールについては触れずにおこう」


「ついでにサール殿の特性についても魔法契約をお願いします。薄々察しておられるので」


「分かった。頼んでみよう」





 授業終わりに寮に寄って貰い、マナミリュ殿下と話をした。


 魔法契約を持ち出すとマナミリュ殿下は驚いたが、レオンの真剣な眼差しを見て唇を引き結んだ。

 そして大して悩む事もなく「承知した」と、モルフが作成した書類を受け取った。


 書類に署名した後、指先の血を一滴垂らして契約完了。一瞬だが署名した文字と血痕が光るので分かりやすい。


 そしてレオンは自分の秘密を打ち明けたのだが、思ってもみない内容だったのか、普段冷静なマナミリュ殿下の目が丸くなった。

 持っている魔法契約の書類をぎゅっと握り締めているので、くしゃくしゃになっている。


「こことは異なる世界の前世……?」


 呆然となるマナミリュ殿下に、レオンは真剣な表情で頷く。


「まあすぐに信じられなくても仕方ない。証拠と言われても困るからな。しかしこの『おにぎり』はあちらの世界の食べ物。私が記憶を頼りに似た植物を探して貰い、復元させた物だ。我が国にしかない珍しい食べ物で、加工にも調理にも手間がかかってる。……それをあの女は知っていて躊躇なく食べた」


「なんと……」


「そして報告書の意味不明な言葉の数々。私には意味の分かる箇所がある」


「それはどこだ?」


 マナミリュ殿下が身を乗り出し、レオンは預かっていた報告書をテーブルに広げた。


「男爵令嬢の奇行を記した報告書。見張りがつけられるようになってからの……」


 報告書には普段の彼等の様子が書いてあった。

 登校時に女子寮まで取り巻きの誰かが迎えに行き、昼休憩に集合して一緒に昼食を摂る。そして放課後になると教室まで迎えに行き、食堂やサロンでお茶しながら雑談をする。

 マナミリュ殿下を探してウロウロする時もあるが、大抵は日が暮れる時間までそうして遊んで過ごし、女子寮まで送っていく。


 しかし最近はレオン達とマナミリュ殿下が一緒に行動するようになり、遭遇率がゼロになった。とてもイライラしているそうだ。


「この言葉……『何で肝心の王子がいないのよ。今日はこの庭にいる筈なのに。イベントが起きないじゃない!』……イベント……意味は分かるかな?」


「いや。何の事やら……」


「イベントというのは『滅多にない特別な催し』という意味だ。街で行われる年に一度の祭りや、年始を祝う王宮パーティー、誕生日パーティー等が該当するな」


「なるほど。意味は分かった」


「でもこの報告書の『イベント』の内容は分からない。『特別な出来事』が起こると見越して行動しているようだが、私達が殿下と同行するようになり、それが起こせない。つまりイベントを起こすのを一つの目的としている」


「いべんと……」


「取り巻きと二人きりで会う時も『イベント』と呼んでいるようだ。……このマギオンの場合、誕生日プレゼントに紺色のスカーフを贈っている。マギオンにとって紺色のスカーフというのは大切な思い出を蘇らせる物、感激のあまり涙したとある」


「紺色のスカーフ……それは私も知っている。彼の亡くなった兄との思い出の品。マギオンにとっては特別な絆の証。それをなぜ男爵令嬢が知っているのだ」


「それも謎だが、ドリーの場合は頻りに馬房へ誘っている。ドリーが子供の頃に亡くした愛馬を大切に想い、未だに引き摺っているのを知っていたようだ。騎士が乗馬を拒否しては職務を全うなど出来ない。だから克服しようとドリーを励まし、応援した。……ドリーもマギオン同様、感激して涙した」


「そうして彼等を取り込んでいったのは知っている。報告書を読んだからな。でもなぜ男爵令嬢が知り得ない情報を知っているのか……」


「それは精神干渉の謎と同じだろう。今はまだ不明。他にもあれが漏らした言葉が羅列してあるところ……話の前後が不明だが、単語だけなら意味の分かるものがある。『ゲーム』『ヒロイン』『逆ハーレム』……」


「分かるのか?」


「……断片的なもの……推測でしか語れない。私はずっと野球ばかりしていたから、ゲームには詳しくないんだ」


「それでもいいから教えてくれ」


 必死な様子のマナミリュ殿下に、レオンはゆっくりと語った。

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