悩み事
「男爵令嬢……」
「私を狙っていましたが、護衛も兼ねた友人が隣にいたので止めてくれました。男爵家とはいえ、最低限の礼儀作法は学校入学前に学ぶもの。それが一般常識ですが彼女は違ったのです。それからも私と遭遇する度に気安く話しかけてきて……。いえ、珍しい事ではありますが、新入生にはたまにいると聞きます。ですから注意だけに留めて処罰はせず、大目に見るようにしました」
「……確かに、最初から厳しい罰は難しいですね。子供と言われる年齢でもありますし」
「ええ。しかし彼女は注意を全く聞こうとしません。それどころか学校では平等だという謎の主張をして、開き直るような態度で。新入生の中でも浮いた存在になっていましたが、そのうち彼女を擁護する生徒が現れ始めたのです」
「ええ~……?」
「主に男子生徒です。女子生徒は関わりたくないと距離を置いていますが……それが異様な感じに伝播して、私の側近候補達まで同じ事を言うようになったのです」
「はあっ?!」
思わず声を上げたのはモルフだ。同じ側近という立場として考えられない行為なのだろう。
マナミリュ殿下は寂しそうに笑った。
「私もとても驚きました。まさか近くにいる友人達がそんな事を言い出すとは思いもしなかった。最初は一人だったのが徐々に増えていって、今ではほとんど全員が口を揃えてくるのです。男爵令嬢と仲良くしろと」
「有り得ない。なんでまたそんな事に……」
「私にも分からないのです。何故、男爵令嬢の無礼を許さなくてはならないのか。何故そんな者の為に時間を割いて親しくしなくてはならないのか」
言うまでもなく王太子は忙しい。学校の授業に加えて、王太子教育も受けている。剣術も学んでいる。
それをよく分かっている筈の側近候補達が、何故男爵令嬢とお茶をしろと言うのか理解出来ない。
「私だけでなく高位貴族の子息達に手当たり次第自分から話しかけて、勝手に名前で呼ぶ。親しげに腕を組む。彼等の婚約者が注意すると、友人と親しくして何が悪いと嘯く。見かねた女子生徒がはしたないと窘めても聞く耳を持たない」
「それは酷い……」
「側近候補達は何か精神的に支配されているのではないか、何かよくない薬を盛られているのではないかと疑いました。父王にも相談しました。そこで全員を王宮に呼び出して調べて貰ったのですが、何も出て来ないのです」
「え、そうなのですか?」
「はい。国で一番の鑑定人に見て貰いましたが、何の影響も受けていないと。あくまで本人の意志で発言し、行動していると」
「それはまた異様ですね」
レオンが眉を顰めると、マナミリュ殿下も深く頷いた。
「私も外部的要因が作用していると言って貰いたかった。彼等のせいではないと。……しかし結果は違っていました。私は学校で頼れる友人を全て失ってしまったのです」
悲しそうなマナミリュ殿下を見て、レオンの顔が険しく歪む。
「それは辛いですね……」
「ええ。でも一番の側近……乳兄弟の侍従だけは学校を卒業しているので、影響がなくてよかったです。彼までおかしくなってしまったら、私は途方に暮れるしかありませんから」
「ええと、もしかして殿下がこの寮を利用していないのは、それが理由ですか?」
「そうです。最初はここに入寮したのですが、側近候補達が理由をつけては押しかけて来るので、王宮から通うようにしたのです」
「そうでしたか。立派な寮があるのに通いだと聞いて、おかしいとは思っていました」
「そういう事情なので、いま学校は真っ二つに分かれて対立しています。男爵令嬢の無礼を窘めずに味方になる男子生徒、それに嫌悪を露わにする女子生徒。教師の中にさえ男爵令嬢に味方する者まで現れて酷い有様です」
「教師まで……?」
「一体、何がどうなっているのか。父王も調べると約束して下さいましたが、これといった進展はございません。男爵令嬢には密かに見張りがついていますが、相変わらず男子生徒にまとわりついて女子生徒の怒りを買っています。ほとんどの生徒には婚約者がいるので、中には婚約破棄の話が出ている者もいるほどです」
「それは、そうなるでしょうね」
「婚約者を無視して、礼儀のなっていない男爵令嬢の味方をする。可愛がる。虐められていると男爵令嬢が泣きつけば、可哀想だと男爵令嬢の肩を抱き、自分の婚約者を悪だと決め付けて責め立てる」
「それは酷い……」
「面白い事に、下級貴族の子息には興味がない様子。ほとんどの生徒は近寄りたくないと距離を置いていますが、私の側近候補がほぼ全員男爵令嬢側にいるので、力関係的には強いのです」
「……今の側近候補を全員除外すれば、側近として身分的に合う者がいなくなるのですか?」
「ええ。そこが悩ましいところなのです。年齢を考慮しなければいるのですが、小さい時から共に育った……親しい友人だと思っていたので……」
「信頼していた者が変わってしまうのは辛いですね」
「はい。学校で私の味方は婚約者である公爵令嬢だけです。彼女は側近候補の婚約者の、よき相談相手になってくれてます。彼女達も泣いたり怒ったり……日々、男爵令嬢に振り回されて可哀想です。何とかしなければと思うのですが、どうすればよいのか……」
「ふむ」
「何より恐ろしく感じてしまうのは、その男爵令嬢が私の行く先々に出没する事なのです」
「ええっ?」
「私の取っている授業も詳しく知っているようで、何故こんなところに、何故この時間に、という事が多いのです。私もいつもの日課を外れて、予定にない行動をする時があります。それなのにどこからともなく男爵令嬢が笑顔で現れるのです。恐怖でしかありません」
「うわぁ……」
不気味……と漏らしたのはモルフだ。サールとアルデの顔も大きく歪んでいる。
「本当に何故分かるのか不思議で。私も王族とはいえ人ですから、たまに人目が煩わしく感じられる時があります。……そんな時に逃げ込む場所が奥庭にあったのですが、そこにまで現れた時にはもう本当に恐ろしくて。側近達も知らない秘密の場所だったのに……」
ストーカーかよ、とレオンが漏らした。
見えない場所にいる人の動向が分かる。それは『千里眼』とも呼ばれる特性で、サールの『勘』はそれに進化していると言われている。
まさかその男爵令嬢にも、そのような貴重な特性が発現しているのだろうか?
レオンはサールを一瞥したが、何も言わなかった。気を取り直してマナミリュ殿下に向き合い、手を差し出した。
「私に何が出来るか、実際に学校へ足を運ばなければ分かりませんが。可能な限り、マナミリュ殿下のお力になるとお約束します」
「レオン殿下。ありがとうございます」
二人は固く握手をした。
マナミリュ殿下は王太子だが、まだ若い。幼馴染み達に全員裏切られて傷ついている彼は、レオンとの再会で気が緩んだようだ。
目尻に光った水滴には気付かないように、全員そっと目を逸らした。




