再会
隣国に入り、何度か街に宿泊してゆっくりと王都に近付いて行く。
あと二日で王都へ入るという時、サールは胸騒ぎを覚えた。
「モルフ様、明日はどの道を行きますか?」
「護衛に確認してみますが、何かございましたか?」
「嫌な予感がします」
モルフは顔色を変えて、部屋の外に待機している護衛に何か耳打ちした。すぐに護衛責任者がやって来る。
モルフはサールの『勘』には言及せずに、明日通る道を変更させた。
理由を言わなかったので責任者は不思議そうだったが、黙って指示に従う。
少し遠回りになったがサールが示した道を進み、無事に王都に到着した。
後で分かったが、当日、通る予定だった道で土砂崩れが起きていた。
護衛は驚き、モルフとレオンはサールに感謝した。
サールは口にしなかったが、隣国に入ってから違和感を覚えていた。何がどうという事はないが、これまで感じた事のない気持ち悪さが胸の中にある。危機は去ったのに消えない。
不確かな事で心配をかけたくないので、サールは黙っていた。
学校に到着して、生活する王族寮に入った。
寮の玄関前に馬車を横付けにする。荷物だけを積んだ馬車もあるので、大がかりに見える。
玄関前で整列して待っていた執事や使用人と挨拶を交わし、それぞれの部屋に荷物を下ろすのを手伝って貰った。
護衛は一旦、国に帰る。連絡係が数名残るが、本国と行ったり来たりする事になるだろう。
移動疲れもあるのでゆっくりする予定だったが、王太子の来訪を受けて応接間に集合する事になった。
「レオン殿下、ようこそいらっしゃいました」
この国の王太子は礼儀正しく、レオンに向かって正式な礼をした。
赤みの強い金髪に濃い深緑の瞳。この国の王族の典型的な色だ。鍛えているのか、肩幅が広くてがっしりしている。背も高くて、まるで武官のような印象だ。今は学校の制服を着ているが、隣にいる護衛と並んでも遜色ない。
国の規模でいえばレオンの国の方が大きく栄えているので、礼を尽くしてくれたようだ。
しかし今回は世話になる身。レオンは歩み寄って握手を求めた。
「こちらこそお世話になります、マナミリュ殿下。幼い頃に一度会っただけの私を覚えていて下さって、手紙まで頂けてとても嬉しかったです。会えるのは本当に久しぶりで……手紙のやりとりではお元気な様子だったのに、どうされました?」
思わずレオンがそう言ってしまうほど、マナミリュ殿下の顔色は悪かった。どこか具合が悪いのだろうか?
マナミリュ殿下は困ったように苦笑した。
「そんなに窶れて見えますか? 失礼しました」
「いえ、立ち入った質問になって申し訳ないのですが、どこかお悪いのでしょうか? 優秀な薬師に心当たりがあるので、どうも気になってしまって……」
あえてサールを見ないようにしながら、レオンが尋ねる。
言及せずにはいられないほど、顔が青白かったのだ。ついこの間までベッドの住人だったレオンにとって他人事ではない。お節介だと思いながらも放っておけなかった。
マナミリュ殿下は首を横に振った。
「いえ、心配をおかけして申し訳ない。久しぶりの再会を私もとても楽しみにしていたのに……不甲斐ない事です。私の顔色が悪いのは心痛からです。頭を悩ませる事態に……とても困っているのです」
「ええと、それは私が伺ってもよろしい話ですか?」
「ええ。どうせ学校に通うようになればすぐに分かる事です。レオン殿下は王族の方……相談に乗って頂けたらありがたいです」
モルフやアルデも含めて全員ソファに座るよう促されて、王太子とテーブルを囲む。
使用人にお茶を提供されたサール達は、静かにレオンとマナミリュ殿下の会話に耳を傾けた。
「……レオン殿下の快癒の報を聞いて手紙を書こうと思ったのは、心のどこかで頼りにしていたかもしれません。一度しかお会いした事がないのに、とても楽しかった記憶があります」
「私もですよ」
「大人達の目を盗んでパーティーを抜け出して、庭を冒険しました。あの頃は大人の言うまま、未来の王太子として相応しい振る舞いをするよう教育が始まった頃で、いま思えばとても息苦しかった。……そんな顔をしていたのでしょう。レオン殿下が私の手を取り、引っ張ってくれました。当時の私は大人に逆らうなんて行為は衝撃的で、でも背徳感もあって、開放感が堪らなくて楽しくて。後で叱られましたが、胸がわくわくしたのを覚えています」
「ああ、そうだった! 私も後でモルフに叱られたよ!」
レオンが朗らかに笑うと、モルフが口の中で小さく舌打ちした。人の気も知らないで……と漏れ聞こえてくる。
レオンの笑顔につられるように一瞬笑顔を浮かべたマナミリュ殿下は、すぐに悲しげに眉を下げた。
「お恥ずかしい話、今の学校はあまりよくない環境になっているのです。最初はどうという事のない問題だと思っていたのですが、日が経つうちにどんどん状況が悪化してしまい……。今ではどうしようも……打つ手がなく本当に困っているのです」
「最初から伺ってもよろしいですか?」
「はい。振り返れば今年の年度始めの日から始まっていたのでしょう。新入生の入学式があり、そこで新入生歓迎の挨拶を頼まれていたので、側近候補達と共に講堂へ向かって歩いていました。そこへ体当たりしてきた女子生徒がいたのです」
「体当たり? 女子生徒が?」
「はい。向こうは躓いたと言っていましたが、明らかに私を狙っている動きでした」
「王族に体当たりとは何と不敬な……」
レオンとモルフが口を揃えると、マナミリュ殿下の口調が一段と重くなる。
「ピンク色の変わった髪色をした男爵家の令嬢、ソフィル・メイアという女子生徒でした」




