隣国
「昔、大陸のほとんどを支配下に置いた大きな帝国があった。我が国も周辺諸国もその国の一部だった時代があってね。名君と名を馳せた皇帝が亡くなった後は、各地で内乱が起こった。大きすぎる国は維持するのが大変だという事だ」
隣国へ向かう馬車の中で、歴史的背景をおさらいする。
同乗しているのは第一王子のレオンとモルフ、サールとアルデだ。
レオンの馬車酔いは、サールが酔い止めの薬を作ってくれたので楽になった。快適な旅の為には必須である。
「戦乱の時代を経て幾つもの国に分かれたが、数世代前に落ち着いた。我が国は西が海になっている大陸の端だから、戦争の爪痕はよそと比べれば少なかったと記録されている。……海があってよかった。蛸も採れるし」
「はい。蛸は美味しいです」
にっこりとサールが相槌を打つと、笑みを返して第一王子は続ける。
「東は高い山脈が連なっていて行き来はないし。北には我が国よりも小さな小国があって、穏健派だと聞く。良好な関係だよ。いま向かっている南の隣国アッグレとも外交的にいい付き合いをしている」
「だから言葉が通じるのですね」
「うん。昔は同じ国だったからね」
「言葉に苦労しないのはいいですね」
「正確には帝国時代から使われている言葉がそのまま残っていて、それが第一言語になっている国が多いという事だ。第二言語を使う国もあるらしいが、方言のようなものだな。第一言語と似通っているそうだ」
留学について隣国王太子と何度かやりとりをした結果、公の身分は二人の伯爵子息とそれぞれの侍従という形で落ち着いた。
普通は侍従を連れ歩かないし侍従が授業を受ける事はないが、留学生という事で特別に許可を頂けたらしい。
モルフとアルデも貴族子息として同等に振る舞うよりも、その方がやりやすいからよかったと胸を撫で下ろしていた。
しかしこれから留学する国について何も知らない訳にはいかない。
学校へ通っていたサールはともかく、アルデは完全に平民なので一から学習しているのだ。留学決定してからずっとサールも含めて勉強している。
分からないところは第一王子も快く教えてくれて、とてもありがたい。
中途半端な時期の編入なので、成績については重要視していない。期間も明確に決めておらず、年度末になった時に改めて検討する事になっている。
そこは第一王子に予定が何もないのでどうとでもなる。もちろん国で何か起きたらすぐに帰るが。
「サール以外は学校へ通うのは初めてなので、一般教養から学びたい。でも新入生に混ざるには年齢が微妙なので、特別授業を組んで下さる事になった」
新入生は基礎課程を履修するので全員同じ授業受けるのだが、二年生からは専門課程を選択するようになっている。
だから二年生と三年生の教室はない。専門課程の教師の部屋に、生徒が授業を受けに行くスタイルだ。
「だから基礎の授業は特別に、私達だけで受けさせて貰える事になった。我が国と隣国とでは礼儀作法や風習が違っているかもしれないので、違いを学ぶ為にも、今更と思うような初歩的なものから学ぼうと思っている」
「……助かります」
アルデがボソリと呟く。
「サールが受けたい薬草学の授業と、私が受けたい魔法学の授業は他の生徒も一緒になるが、私達は全員同じ授業を取って常に一緒に行動しよう」
「はい」
「校内ではそう危険はない筈だが、どんな生徒がいるか分からないからな。隣国の王太子も気に掛けてくれるそうだ」
寝起きする場所は学校の寮になった。
といっても王族用の特別寮を借りるようになっていて、他の生徒とは別棟になる。
広大な敷地の中には、他に高位貴族専用の寮と、一般寮がある。学校とはいえ、そこにも明確な身分制度が存在している。
今、学校へ通う年頃の王族はレオンの友人である王太子だけで、彼は王城から通っているので使っていないそうだ。
その寮専用の執事や使用人もいて、よく言い含めておくので遠慮なく使ってくれとのこと。
レオンはありがたく厚意を受け取った。
それに伴う外交的返礼は、宰相から贈られている。それとは別に、レオンが密かに持ち込んだ物があった。
レオンはそちらの方が喜ばれそうな気がするので、早々に提示したいと思っている。自国の王宮で大好評だったパンのレシピと白米だ。
それはどちらにしろ日常的に食べたいので、王族寮の料理人に託す事になる。胃袋を掴む作戦は、隣国でも有効だとレオンは思っている。
「どのくらいの期間になるか決めていないが、楽しもうな」
「はい」
レオンの言葉に笑顔で返したのはサールだけ。モルフはやれやれといった感じで肩を竦めているし、アルデは不安そうな面持ちのまま俯いている。
こちらの世界で初めての学校生活。
思い切り楽しもうと張り切るレオンだったが、そう都合よくいかないものなのだった。




