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第二王子2

 兄の強い意向で奴隷商人の取り締まりが強化された。


 そもそも奴隷が法的に禁止になったのは祖父王の時代だったので、法に抜け道があった。

 それに身分制度の浸透した世の中で、貴族達は平民が酷い目に遭っても気にしない。進んで仕事を増やそうとはしないし、取り締まろうともしない。

 今の第三騎士団の団長は比較的職務に忠実だが、前任者も含めて過去の団長のほとんどはそんな感じだった。何かの理由で貴族が被害に遭った時だけ出動していたのだ。


 それを兄はよしとしなかった。


 第三騎士団を率いて高位貴族の侯爵の屋敷に乗り込み、あっという間に動かぬ証拠を押さえた。

 まさかブザンソン侯爵もそんなに突然、荒々しく乗り込まれるとは思っていなかったに違いない。


 もしも空振りだったら、ただでは済まない暴挙だ。いくら第一王子といえども重い処罰を食らっただろう。

 でもそうならなかった。兄には充分な勝算があったのだ。


 詳細に記されていた裏金の動きを調べ上げ、次々と他の貴族の悪事も明らかになり、王宮の勢力図がガラリと変わった。

 あまりに急激な変化に、父と宰相だけでなく第二王子も後始末に追われた。父もまさかここまで……とぼやいていた。


 兄に協力してくれたのが、元伯爵子息の薬師の少年だった。


 見た目は本当に幼い。

 顔の形が逆三角形で顎が細く、凡庸な顔付きである。笑うと柔らかな印象になるので、余計幼く見えるのかもしれない。

 

 その彼は前世で兄と同じ世界に生きていたらしく、兄が心を開いているのがよく分かった。 


 回復する前の兄の印象は、どうしても寝台の中の儚げな姿だった。

 優しく微笑んでいた兄は、今は「わはは」と大口を開けて笑うようになり、庭で侍従達と遊ぶようになった。


 楽しげにはしゃぐ声が聞こえてきたので何事かと寄ってみたら、兄と侍従達が輪になって丸い玉を投げて遊んでいた。その遊びも前世にあったものらしい。


 王子が侍従が一緒になって遊ぶなんて、第二王子の宮では有り得ない。侍従達を誘っても恐れ多いと固辞されるに違いない。


 でも兄は違うのだ。

 兄は昔から身の回りの世話をする人達にも礼儀正しく、親切で、どこか気安い。心の距離が近いのだ。

 それを侍従達も感じ取り、仕事ではあるが心の底から喜んで仕えている。兄の王子宮で働く者達はとても団結してまとまっている。


 兄の前世の知識はとてつもない価値がある。

 新作パンにしろ、稲作にしろ、木の実遊びにしろ、今はまだ王宮内で収まっているが、既に流行の兆しを見せている。上手く商業化すれば、巨万の富を得られるだろう。


 だから第二王子は思う。王太子にはやはり兄がなるべきだ。

 

 自然体でも兄は周囲の人を魅了する。こればかりは生まれ持った素質としか言いようがない。勉強や努力で埋められない壁が、兄と自分の間に聳え建っている。

 容姿もそうだ。兄は父譲りの金髪碧眼で、第二王子は母譲りの茶髪に黒目。どう考えても兄の方が見栄えがいい。


 父や母もそう感じているのを、第二王子も分かっていた。

 もちろん聡明な兄が気付かない筈もなく、早々に断言された。自分は王太子になれないと。子供を作れない身体だと爆弾発言を食らい、父も絶句していた。


 その時、第二王子の婚約者にも言及されてハッとなった。

 自分の事ばかりで、彼女の事を考えていなかった。彼女もたくさんの時間を費やして努力してくれているのに、それを無にするところだった。


 兄の方が国王に向いているという意見は変わらないが、子供を成せないのなら難しい。父でさえ、それ以上、何も言わなくなった。


 第二王子は兄の気遣いに感謝した。


 その兄が落ち込んでいるという。

 回復してから元気溌剌だったのに、あの天才薬師が旅立ってから部屋に閉じ篭もり気味なのだという。


 第二王子は先触れを出してから、兄の元へ向かった。



 ◆



 その日は珍しい人がやって来た。

 

「兄上、お加減はどうですか?」


 午前の体力づくりを終えて、午後は部屋でぼんやりしていると、第二王子がやって来た。


 努力家で真面目で素直な弟。昔から可愛くて、許されるならもっと兄弟で共に過ごしたかった。


 王太子である第二王子は忙しい。

 今は高等部に通いながら、父の執務にも携わっている。婚約者との時間も必要だし、兄に構っている時間はないだろう。


「どうした?」


「兄上が気落ちなさっていると伺いまして」


「うん。分かっているんだけどね。なかなか気力が戻らなくて」


「無理をなさらなくてもいいですよ」


「うん。ありがとう」


 部屋のソファにゆったりと座ると、モルフがお茶を淹れた。


「これは……?」


 お茶と一緒に供されたパンを第二王子は初めて見たらしく、軽く驚いている。小さくて丸くて、一口大で、手に取りやすい。


「うん。食があまり進まないから、料理長が間食に甘いパンを添えてくれるようになったんだ。生地に蜂蜜が練り込んであるから仄かに甘いんだよ。美味しいよ」


 第二王子も口に放り込んだ。小振りなので二、三口で食べられる。


「これはまた……勉強の合間や小腹が空いた時にちょうどいい大きさですね。うちの料理長にも教えて貰いたいです」


「ふふ。喜んでくれると嬉しいね」


「兄上、おにぎりや新作パンは大好評で、貴族の屋敷にも口伝いに広がっているらしいですよ。母が茶会でお披露目してから問い合わせが物凄いとか」


「ふふ。それはよかった。やっぱり胃袋掴むのはいい作戦だった」


「作戦? 何か目的があったのですか?」 


「目的というほどではないんだけど。この間の取り締まりで高位貴族だろうが関係なくキュッとしただろう? 清廉潔白の貴族なんて、いても少数だ。ほとんどの者が顔も知らない第一王子を恐れているだろう。正体不明っていうのは結構怖いんだよ。だから緊張と緩和だね。飴と鞭とも言う」


「飴と鞭……」


「私はね。みんなが楽しく笑っていられるのがいいんだ。貴族だけが笑うのではなく、農民も商人も、飢える事なく仕事に就いて、家族を養って、笑って暮らす。もちろん悪い事を考える人はいなくならないだろうけど、そういう国の王子でありたい。ブラウは志を同じくしてくれるのかな?」


「もちろんです」


 第二王子はふわりと微笑んだ。


「理想を実現するのは、なかなか難しいと分かっているんだけどね」


「ええ、ですが明確な構想があるのとないのでは心構えが違います。私もそういう国がいいです。兄上のお力添えがあるのなら不可能ではない気がします」


「うん。力を合わせて頑張ろうね」


「はい」


 第二王子は茶を飲み干すと立ち上がった。


「兄上。私では彼の抜けた穴を埋められませんが、兄上にも笑っていて欲しいのです」


「………うん……」


「健康でいてくれれば、それでいい。上手く言えませんが、こうしていられるのが奇跡。彼を追って旅立っても構わないと言ってあげられたらよかったのですが、それは出来ません」


「うん。そうだね」


「兄上、大好きです」


「うん。ありがとう。私も大好きだよ」


 第一王子は、部屋を後にする第二王子を見送った。


 家族が心配してくれているのが痛いほど伝わる。父も母も同じだ。


 モルフが茶器を片付けるのをぼんやりと眺めながら、第一王子は自分に出来そうな事を考えた。


 前世では一般市民で、どこにでもいる普通のサラリーマンだった。

 職業は自由に選べたし、社会人になっても草野球チームに入るほど趣味に没頭していた。


 でも今は勝手は出来ない。

 責務を果たそう。今の自分は王子なのだから。


 そう決意する第一王子の元に、手紙が届いた。 

 ずっと病床にいた自分に手紙を送ってくれる人に心当たりがないので、第一王子は不思議に思う。


 モルフが大仰にトレーに乗せて持って来たのを見て軽く驚いた。


 それは遠い昔、たった一度だけ遊んだ事のある隣国の王子からだった。

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