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第二王子1

 第二王子は兄を慕っている。


 物心ついた時には兄は病に伏せていたので、寝台で上体を起こしている姿しか見た事がない。遊んで貰ったという記憶はないし、長く一緒に過ごした時間もない。


 でも会いに行くといつも穏やかな声で「ブラウ」と呼んでくれて、頭を撫でてくれた。

 本当に何も分からないほど幼かった時は、小さな身体で兄の寝台によじ登ろうとして侍従に叱られた。

 そんな時は「いいよ、おいで」と優しく抱き寄せてくれて、膝に抱っこしてくれた。


 とにかくひたすら優しかったのを覚えている。


 兄とは二歳しか離れてないが、とても大人びていた。物凄い年上のような、父のような包容力があった。


 それは今思えば、前世の記憶とやらを思い出していたからなのだろう。第二王子が感じ取っていた通り、兄は当時から精神的には子供でなかったのだ。


 ブラウは第二王子ながら王太子になる予定だったので、たくさん学ばなければならなかった。

 小さい頃から礼儀作法を叩き込まれ、貴族名鑑を完璧に覚えさせられた。国の歴史と政治はもちろんのこと、平民の習慣、経済、農作物の流通量、その管理、全て国王として知っていなければならない事だ。

 段階を踏んで詰め込んできたが、どうしても堪えられない時、兄に泣きついた時もあった。


 そんな時、兄は困ったように眉を下げて、悲しげに微笑んでいた。


「ごめんねブラウ。本来は私がしなければならない事だったのに、重い重責を背負わせてしまった」


「いいえ!」


 そこで兄に泣きついてはいけなかったのだと悟った。


「いいえ、王子として生まれたからには全て知っていなければならない事です。順番は関係ありませんっ。ごめんなさい。僕が愚かでした。勉強に戻ります」


 羞恥に悶えながら第二王子が部屋を後にしようとした時、兄は微笑みながら労ってくれた。


「頑張り過ぎて無理しないようにね。王子だからといつも完璧でいなければならないという事はないんだ。たまには泣き言を言ってもいい。私でよければいつでも話を聞くよ」


「ありがとうございます」


 それから第二王子は兄の前では元気な姿を見せるよう心掛けた。病床の兄を悲しませるなんて真似は出来ない。

 

 幸い、同じような境遇の仲間を見つけた。婚約者の公爵令嬢だ。彼女もかなりの時間を王子妃教育に費やして頑張っていた。

 学校へ通うようになってから共に過ごす時間が増えて、たくさん話をした。彼女との昼食の時間は楽しかった。


 それと側近になる者達とも仲良くなった。小さい頃から王宮の茶会で顔合わせはしてきたが、学校で過ごすうちに距離が縮まったのだ。


 それで気持ち的に楽になった。

 一人で背負っていたように感じていた重荷を、婚約者と、側近達と分かち合った。


 そうして順調に高等部へ通っていた時に、遂に恐れていた知らせが舞い込んだのだ。


 兄の命がいよいよ危ないという。それを聞いた時、第二王子は絶望した。


 覚悟をしておけとずっと父に言われてきたが、いつまで経っても無理だった。どうしても兄を失いたくないと強く願ってしまう。

 それは父も母も同じで、口に出さなくても同じ悲しみを抱えているのは肌で感じていた。


 王宮薬師のハーメルも役職を下りてからも尽力してくれていたが、どうしても兄を癒すのは無理だった。


 王族全員が悲しみに暮れているので、王宮内の空気は暗く澱んでいた。


 しかしそんな中、朗報がもたらされた。


 中等部の試験で、なんと《命の霊薬》を作り出した学生がいたという。鑑定を怠った教師のせいで、その貴重な薬は捨てられて、僅か数滴しか残っていなかったそうだ。


 でもその数滴で、兄の命は繋がった。


 奇跡が起きたと父も母も第二王子も涙ながらに喜んだが、まさかその天才薬師が貴族籍を抹消されて放逐されているなんて思わなかった。


 父親であるキリディングス伯爵を怒鳴りつけた父王の怒りは物凄くて、第二王子も目の前が真っ白になった。


 それから捜索の日が続いた。


 半年以上経ったのに見付からない。

 ハーメルは諦めずに捜索隊を指揮をしていたが、兄の顔色がまた悪くなっていき、またも絶望の日々に戻された。


 辛くて苦しい日が続き、いよいよもう駄目かと諦めかけた時、ようやくその薬師が見付かった。

 あと数日遅かったら、兄は儚くなっていただろう。本当にぎりぎりだった。


 狂喜乱舞したのは言うまでもない。

 普段は落ち着いている父と母でさえ飛び上がって喜んでいた。第二王子も嬉し涙を止められなかった。


《命の霊薬》は本当に奇跡の薬だった。兄は劇的によくなり、健康体になった。もう何の憂いもない。


 元気になった兄は「実は前世の記憶がある」と意外な告白をして、父と母と第二王子を驚かせた。


 そしてそれは事実のようだった。


 兄は王宮の食事に革命を起こし、衝撃を与えた。これまで食べていたパンに様々な改良を加え、次々と新作を生み出した。


 その全てがとてつもなく美味しいので、兄の王子宮の料理長には問い合わせが殺到したという。

 父母はもちろん、当然、第二王子宮の料理長も派遣した。そこでレシピを教わり、前よりも格段に食事が楽しみになった。


 そして何より、兄が生き生きしているのを初めて見た。


 今後の兄の生き方について話している最中、兄は表には出ずに裏方に徹すると言い出した。顔がバレていないのをいい事に、国中を旅して査察官のような仕事をすると。

 そう言い出した時は、父でさえ度肝を抜かれて、あんぐりと口を開けた。母も第二王子も同じ顔をしていたと思う。


 兄が回復してから、兄の存在感が急激に増していった。

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