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 第一王子の体力づくりという事で、モルフのすぐ上の兄、普段は第一騎士団に所属し王族の警護を担当しているシーラ・キャラグがやって来た。


 シーラはモルフとよく似ていて、第一王子とも面識があった。モルフの指名で呼ばれたシーラは、元気になった第一王子を見て喜んだ。

 そして書類上だけだが弟になったサールと挨拶を交わして、握手をした。


「久しぶりだな、シーラ。よろしく頼む」


「こちらこそよろしくお願いします」


 第一王子の暮らす宮の庭で、まずは軽い木刀を振る訓練から開始される。

 モルフは黙って傍に控えて見学していたが、サールとアルデは暇だったので、あの村から米と一緒に持ち帰って貰った黄色い木の実を足で弾いて遊んでみた。


 すると第一王子がすぐに反応する。


「おおっ、それはリフティング! サールはサッカー小僧だったのか?」


「りふてぃんぐ?」


 手を叩いて喜ぶ第一王子に、サールは首を傾げる。


「記憶は曖昧でも身体は覚えているのか! 凄いな! まさかこの世界にボールがあるとは思わなかった!」


「殿下、剣の稽古の最中ですよ」


 モルフがすかさず小言を挟んできたが、第一王子は笑顔で却下する。


「体力づくりなら何でもいいんだろう? 今日はサッカーをしよう!」


「さっかー?」

 

 サールから黄色の実を受け取った第一王子は、両手でぐにぐにしながら「柔らかいな」と呟く。


「これはサッカーをするには固さが足りないかもしれない。バレーボールとビーチバレーボールの間くらいか。ではサッカーではなく、バレーで遊ぼう!」


 みんな集まれ! という第一王子の一言で侍従が集合した。サールとアルデ、モルフとシーラも一つの大きな輪に組み込まれる。


「ようし、この実をこんな風に弾いて上に飛ばすんだ。落とすなよ」


 両腕を使って掬い上げるように打ち返す動作、両手を額の前に掲げて指先で軽く打ち上げる動作の手本を見せてから、第一王子が実を高く放り投げる。


 何度か繰り返すうちに何となくルールが分かり、皆で協力して実を落とさないよう頑張る。


「数をかぞえるぞ~!」


 い~ち、に~いとカウントが始まると妙な緊張感が生まれて、楽しさが増した。時々、打ち返しに失敗して変なところに飛び、落下してしまう。

 でも侍従の人達も楽しくなってきたのか笑顔になり、モルフやシーラからも堅苦しさが消えていた。


「楽しいな~!」


 続けて二十数えられるようになった頃、第一王子が疲れてしまった。


「体力づくり……本当に私には体力がない」


 肩で息をする第一王子をガゼボへ連れて行き、休憩になる。

 侍従達はすぐに仕事モードに切り替えて給仕した。


 席につくのは王子とシーラ、サールだけだ。

 侍従のモルフは当然のような顔をして佇んでいて、アルデもその後ろに侍従のフリをして立っている。正確にはアルデは侍従ではないが、王子と同席するなど恐れ多いと、大体モルフの後ろにいる事が多い。


「シーラ、今日はご苦労だった。剣の訓練は進まなかったが、疲れたよ」


「あのような楽しい体力づくりの方法があるとは知りませんでした。今の殿下にはこちらの方が合っているのかもしれませんね。もう少し腕の筋力を上げてから剣を持ちましょう」


「世話になる」


「しかしこの変わった実は初めて見ました。どこで入手できますか?」


「おう、騎士団でも休憩中に楽しむがよい。辺境の村から取り寄せたのだが、一つ分けてやろう」


「ありがとうございます」


「サールの身元の件で、キャラグ侯爵には世話になった。お礼に伺おうと思っていたが、父上に外出禁止令を出されてしまってな。暇な時に顔を出してけれるよう伝えてくれるか?」


「畏まりました。父も母も殿下の快癒の報を聞いて、涙を流して喜んでいましたよ。サール殿には感謝してもしきれません。協力できて光栄です」


「よろしく頼む」





 午前担当のシーラが帰り、昼食を摂った後、第一王子は厨房へ向かった。


「料理長、パンのメニューを増やしに来たぞ!」


 意気揚々の第一王子に、料理長は面食らう。

 ここに来るまで「料理長はお忙しいですから」と何とか止めようとしたモルフは既に疲れた顔をしている。第一王子の背後から目線で「すみません」と謝罪する。


 料理長は緊張した面持ちで歩み出て来た。


 第一王子は厨房で作れるパンを揃えさせた。

 といっても二種類しかない。丸くて柔らかい白パンと、細長い形の固めの長パンだけだ。こちらは固いので手で千切ってスープに浸けて食べる。

 一般的に広く食べられているのは黒パンらしいが、王宮では作らない。


「王宮なのにこれしかないのか……」


 驚く第一王子に、料理人達の背筋が伸びる。緊張が走った厨房の中で、第一王子はサールに顔を向けた。


「パンの種類で覚えている物はあるか?」


「パンの種類……いいえ」


「ではクロワッサンと言っても分からないか」


「くろわっさん……」


 その瞬間、サールの頭の中に画像が浮かんだ。


「小さめの三日月のような形の……パイ生地のような、サクサクした食感の……」


「そうだ! それ!」


「料理長、ここでもパイを焼くよな?」


「は、はい」


 サールは頭に浮かぶ言葉を、そのまま呟いた。


「パン生地に冷たいままのバターを乗せて、折り畳んで、何度も繰り返して何層も重ねて……細長い三角の形に切り分けたら、くるくると巻く……」


「やってみてくれ! 料理長!」


「は、はいっ!」


 サールの監修つきで作業をした料理長は、オーブンから鉄板を取り出した。

 こんがり焼けた香ばしい小振りのパンを、第一王子の前に差し出す。

 あつあつのそれをフーフーしながら口に入れた第一王子は、きらきらと目を輝かせた。


「美味い! クロワッサンだ!」


 食べてみろと料理長やサール、モルフにも勧めた第一王子は大喜びだ。


「このサクサクした食感!」

「バターの風味が強くて美味い!」


 大絶賛を受けて、第一王子は胸を張った。


「父上にも食べて貰おう! きっと喜ばれるぞ!」


 その言葉通り、夕食に供されたクロワッサンを口にした国王からも「美味い」という言葉を頂いた。


 調子に乗った第一王子の無茶振りはそれからも続いたが、厨房にあった食材で新しいメニューが増える事は、料理人として大きな喜びであった。


 料理長は自分も楽しみながら、メニュー開発に勤しんだのだった。

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