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境遇

 サールの母は伯爵家で下女をしていた。当然、本妻と姉にとっては面白くない存在だ。


 平民出身の母子は、理不尽な暴力に晒される毎日だった。姉の加虐傾向は母親である本妻からの影響が強いと思われる。

 身分の低い使用人とはいえ、人間にも動物にも残虐行為を行えるのは、その者の本質だとサールは思う。


 特に姉はその傾向が強かった。暇を見つけてはわざわざ小屋まで足を運び、母子に暴力を振るった。自分の母親が同じ事をするのを見ていたとはいえ、小さな幼子が笑顔で棒切れを振り回すのだ。その女児の顔にはあどけなさはなく、老成した鬼のような形相だった。

 周りにお嬢様付きの使用人はいたが止められる筈もなく、青い顔で目を背けるだけだった。


 父が領地へ行く時は本妻と姉もついて行ったので、その期間だけは平和だった。


 姉の婚約者も同じだった。格上の侯爵家の三男で、父と同じ武勇の家系らしい。

 学校の廊下でいきなり殴られた時は驚いた。見ず知らずの上級生にいきなり腹を殴られ、蹴られた。床に転がるサールを見てゲラゲラ笑っていた。


 後で姉の婚約者だと知った。

 身分の低い者、小柄な者を見下す目付きの悪い男だ。その表情が姉とそっくりで、出来るだけ出くわさないよう気をつけるようになった。要注意人物が二人に増えて辟易した。


 男を腕力で見る父は、そういう男が好きなのだろう。

 小柄なサールは論外だ。食事もまともに摂れなかった身体は成長が遅く、十四歳になっても幼い子供にしか見えない。手足ばかりひょろひょろと長く、髪はざんばらで首の後ろで一つに縛っていて、いつも顔が青白い。


 それでも貴族の血筋で有能な『特性』があれば違ったのだろうが、サールにはそれもなかった。

 五歳の時に教会に連れて行かれ、選定を受けた。そして判明した特性は『運』と『勘』という非常に効果の曖昧な平凡なもの。二つも特性があるのは珍しいのだが、僅かな期待を抱いていたらしい父を怒らせただけだった。


 ちなみに家系的によく現れる特性は武勇に関する物が多く、父も『剣技』を持っているらしい。あの体型で『剣技』があっても意味がなさそうだが、若い時は違ったのだろうか。

 姉の婚約者は『腕力』を持っているそうだ。野太い二の腕を晒して自慢していたのを見た事がある。


 母が亡くなったのは、長年の冷遇による虐待で心身共に弱っていたせいだ。流行病に罹っても医者に診せて貰えず、あっさり亡くなってしまった。

 その時にサールが傍にいればまた違ったのだろうが、サールは学校の寮で暮らしていて、知った時は手遅れだった。


 母は自分が長く生きられないと分かっていた。本妻と姉からの虐待を抜きにしても、母方の家系は不幸に見舞われる短命の家系なのだという。


 母の話によると、昔からそう言い伝えられてきたという。昔の先祖がどんな悪い事をして呪われたのか、詳しい話は何も伝わっていない。

 ただ三十歳まで生きた人は一人もいないそうだ。母の両親も馬車に轢かれて亡くなっている。


 母がこの屋敷に来たきっかけは冒険者ギルドにあった求人だったという。


 両親を失って一人になった母は冒険者ギルドに通い、掃除や雑用の依頼をこなしながら生活していた。着実に積み重ねていた実績を買われて、ギルドの名で紹介状を書いて貰えた。

 貴族の屋敷は高給なので他にも候補者がいたが、自分が選ばれた時は喜んだそうだ。運がよかったと。


 しかし父に襲われて、やはり自分も先祖のように不幸になるのかと落胆した。


「でも不幸ばかりじゃないの。サールが生まれてきてくれたもの。幸せだわ」


 母は幼いサールを膝の上に抱えながら、そう笑ってくれた。


 サールが幼い頃から、母子は隙を見ては屋敷を抜け出して冒険者ギルドへ通った。母は自分に何かあってもサールが一人でも行きていけるようにしてくれたのだ。


 伯爵家が領地へ行って留守にする期間は本当に助かった。小屋の近くの外壁に抜け穴を作り、使用人にも見咎められず出入りした。


 冒険者経験のある母に連れられて、サールは幼い頃に冒険者登録をした。受付の人からは幼すぎると忠告されたが、母は引かずにゴリ押しした。


 誰でも出来る薬草採取から始めたからか、サールは薬に興味を持った。母と自分の傷を治療する機会が多く、必要に迫られたというのもある。


 ある時、ふと頭に浮かんだ言葉があった。


『薬剤師』


 薬を作る職業は薬師という。それなのに頭に浮かんだその言葉が、薬師を指すのだと本能的に理解した。

 母に尋ねても冒険者ギルドで尋ねても、そんな言葉を聞いた事はないと不思議がられるばかりだった。

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