家族の食卓
熱い口振りで熱心にその美味しさと汎用性の高さを熱弁する第一王子に、皆が引いている。
先ほど三個食べた事などなかったかのように自分の前に提供されたおにぎりに、また大口開けてかぶりついている。
「美味い! 何個でも入るな!」
初めて見る第一王子のはっちゃけた姿に、国王も王妃も第二王子もあんぐりと口を開けていた。
「レ、レオン?」
「手掴みで……一体どうしたのです? レオン……」
「おにぎりはこうして食べるのが美味しいのです! パーティーの席ではさすがに自重しますが、家族しかいない砕けた場なら構わないでしょう? 父上」
「……は……全く……」
国王が苦笑したのを合図に、場の緊張が解ける。王妃も第二王子も笑顔になり、目の前のおにぎりに手を伸ばした。
「あ、母上、無理に真似しなくてもいいですよ。柔らかいのでナイフで切り分けたら崩れるかもしれませんが、フォークやスプーンでも食べられますので」
それを聞いて、第一王子以外の王族はいつものようにカトラリーを使って切り分けて食べた。一口食べて、みんなうんうんと頷く。
「美味しいわね」
「うむ。悪くない」
「これは国中に自生している植物ですが、これまで家畜の餌にもならないと放置されてきたものです。……ですが育て方や食べ方さえ工夫すれば、こんなに美味しく食べられます。固い黒パンしか知らない地方の貧しい村でも、水さえあれば育つのです。未だに食糧に困っている田舎でこそ、そのノウハウを広めていきたいです。地方領主に声をかけてもよろしいですか?」
「もちろんだ」
「では半年くらい留守にしますが、ご心配なさらないようお願いします」
いきなりの第一王子の爆弾発言に、国王は目を剥いた。
「待て待て。自分で行く気かっ?!」
「はい。私は王子なのに仕事がありません。しかし国に貢献したいという気持ちはあるのです。ですから、まずは気になる国の食糧事情から着手して、飢える国民をなくしたいと思います」
「分かった。その気持ちは立派だが、お前は病み上がりなのだ。いきなり国を回るなんて許可できない」
「そうよ、レオン。健康になったからといって無理はいけないわ。食糧事情に苦しむ地方領主を呼び寄せるか、地方へ人をやって指導するか、やり方は色々あるのよ」
「はい。ですが……」
「レオン、王宮を出るのは許可しない。この前の件で貴族の勢力図ががらりと変わった。お前が陣頭指揮していたのは第三騎士団から漏れている。逆恨みでも何でも、良からぬ輩がお前を狙わないとは言い切れん。しばらく大人しくしているように」
「ああ、その可能性はありますね。承知しました。……ところでその件で思い出したのですが、意図的に噂を流すのはどうでしょう」
「うん?」
「幸い、私の顔を知るのは貴族ですらごく僅か。よからぬ事を企むと、また第一王子が突撃するぞと。一度死んだ第一王子は神がかりな特性を手に入れただの、天の目を手に入れただの、奇想天外な噂を流して牽制して欲しいのです。サールには決して害が及ばないように。しばらくは……数年間は平和になるでしょう」
「レオン……」
国王は額に手を当てて溜め息を吐いた。
「顔を晒さない……公式な場に出るつもりはないと申すか?」
「はい。今更、私に社交など必要ないでしょう? それよりも顔バレしていないのを利用できるので、影の仕置人のような事が出来ます」
「影の仕置人……?」
「あ、地方行脚して、ご老公のような事も出来ます。この紋所が目に入らぬか……と」
「それはよく分からんが、お前は何を言っているのだ?」
呆れた国王の口調に、王妃も第二王子も同調する。
「地方行脚など危ないわ。駄目よ」
「すぐじゃないです。将来の話……」
「ともかく!」
第一王子のペースに混乱させられた国王は、話の主導権を取り戻しにかかる。
「レオンは自分の身体を優先するように。健康になったからといって油断は禁物。剣を握れるくらい鍛えるのもいいかもしれん」
「剣ですか」
確かに筋力とは無縁の身体だ。第一王子は右手の手のひらをグーパーしてみた。
「稲の育成と知識の普及は国が主導で行う。王都でも流通するように、さっそく隣の王領でも育ててみよう」
「ありがとうございます、父上!」
「なに。わしももっと食べたくなっただけだ。おにぎりとやらは中の具材を変えたり、ソースを塗って焼いたり、様々な食べ方があるのだろう?」
「はいっ! 私もたくさん食べたいです! 毎日でも!」
「分かった、分かった。早急に取りかかろう」
満面の笑みで大喜びする第一王子を、国王も王妃も第二王子もにこやかに見守った。
これまで青白い顔でベッドに横になる姿しか見せられなかった第一王子が、こんなに元気になるなんて驚きだ。でもそれだけで家族は嬉しい。
おにぎりに関しては人が変わるが、言葉の端々に国を思う心が滲み出ている。
王太子である第二王子の立場を慮って、社交から遠ざかろうとしているのも感じ取れる。自分が目立つべきではないと思っているのだ。
そして命の恩人を守ろうと、嘘の噂を流す提案をした。史上でも稀な特性持ちの存在が広まれば確実に狙われる。そうならない為に矛先を自分に向けようというのだ。命を失いかけたのを逆手に取り、利用する。
その聡明さが実に惜しい。
国王と王妃は「後継を作れない」という第一王子の言葉について、夜遅くまで話し合った。
しかし聡明であるが故に、第一王子が表に立たない道を選び、その為にありとあらゆる対策を講じるのも予測できた。
「元気に笑ってくれるだけで奇跡なのよね」
「そうだな」
「親の欲目なのかしら。もったいないと思ってしまうのは……」
「同感だが、これまで王太子として頑張ってきた弟の立場を想う、その心根は国王としては優しすぎるのかもしれん。本人の希望通り玉座にはブラウを据えて、レオンには自由に動いて貰う方が国民にとって暮らしやすい国になるのかもしれないな。前世とやらの記憶があるそうだから」
「ええ。今日のレオンにはとても驚かされたけれど、今後もこのような事が続くような気がしないでもないわ」
「全く……あのような笑顔で張り切られたら反対できないではないか」
「私達はレオンに甘いわね……」
「そうだな」
二人は困った困ったとぼやきながら、ひっそりと乾杯した。




