念願の
「さあ、いよいよだ! おにぎりを食べさせてくれ!」
「はいはい」
使者が持ち帰った袋を受け取り、中身を確認する。籾殻つきなので脱穀しなければならない。
「すり鉢とすりこぎをお借り出来ますか?」
「白米じゃないのか」
がっくりする第一王子に、サールは説明する。
「あの村で白米にするには手間がかかりますし、味が落ちてしまいます。遠くに持って行く時は籾殻つきのまま運ぶのがいいですね」
「そうか」
すり鉢の中で軽く擦ると、籾は簡単にパカッと割れる。
興味津々でサールの作業を見ていたモルフは、厨房の料理人から同じ道具を借りて同じ作業を始める。
それを見た料理人も、見よう見まねでやり出した。
あっという間にたくさんの白米が積み上がる。大きな盥の中に、白い山が出来上がった。
「白米だ! 本物だ!」
子供のように目を輝かせる第一王子に、サール以外の者が目を剥いた。
そのあまりに幼い所作は、普段の毅然とした第一王子とかけ離れている。モルフでさえ初めて見る第一王子の姿に絶句していた。
「はい、水で洗ってから炊きますよ」
「ご飯! おにぎり!」
「殿下! サール殿の手元が見えません! 下がって下さい! 手順を目視しないと他の者が作れないでしょう?」
モルフに叱られて、第一王子は一歩下がった。しかし鍋が沸騰して独特な匂いがし始めると、また興奮して前に身を乗り出す。
「殿下! 邪魔です!」
「ご飯の炊ける匂いだ! マジで懐かしい!」
「邪魔です!!!」
「サール、まだか? まだなのか? もういいんじゃないか?」
「まだですよ。頃合いを見て火を弱めないといけませんし、炊けた後も蒸らす時間が必要です」
「そうか! 手間がかかるのだな!」
「ええい、下がれと言っているでしょう!」
力尽くで第一王子を押し退けるモルフ。不敬などと言っていられない。
サールは彼と料理人に、細かな指示と火加減と時間、蓋を開けてはいけない事などを説明する。
「これを守らないと美味しく炊き上がりません。芯が残ると美味しくないですから。……それと水を増やして炊けば胃に優しい病人食も作れます。これだけでは味がしないので塩を足して下さい。塩味の漬物などあればそれも合います」
「野菜や肉など足して炊き込みご飯も出来るぞ! 醤油を塗って焼いたら焼きおにぎりだ!」
第一王子の言葉に、サールも首を傾げる。
「しょうゆとは何ですか?」
「あ、そうか。サールの記憶はまだらなんだな。醤油の再現は無理だろうか? あれは何で出来てたんだろう? 大豆……だったような気がする」
「すみません。分かりかねます」
「まあいいさ! 代わりになるソースを探せばいいだけだ!」
「合うソースがあればいいですね」
ここは王宮なので、様々な食材が望むまま入手出来る。実験は必要だが、不可能ではない。
「でも無駄に使う米は今はないですから、生産量を増やしてからになりますね」
「そうだな! やる事が増えた!」
満面の笑みで断言する第一王子に、モルフが微妙な表情になった。
元々、病に伏せっていた第一王子に政治的な仕事はなかった。
しかし今回、たくさんの貴族家を潰し、王宮の勢力図が大きく変わった。その対応に国王と宰相は大わらわで、第二王子も執務室に呼ばれていると聞く。
首謀者の第一王子は事後のあれこれを丸投げしている状態で、手伝う素振りはない。下手に関わると王太子である第二王子の立場を危うくするので、人前に出るのを自重しているのだ。
「何だか殿下ばかり好き勝手やって……陛下や王太子に恨まれそうですよ?」
モルフのぼやきに、第一王子はにかっと笑った。
「大丈夫だ! このおにぎりを献上すれば! この美味しさにはお叱りも出ないだろう!」
自信満々に胸を叩く第一王子に、モルフは大きな溜め息を吐いた。
結局、第一王子の言うとおりになるのでモルフは何も言えなくなるのだ。
あの後、サールが握ってくれたおにぎりを食べた第一王子は、感激のあまり滝のような涙を零した。ゆっくりと味わいながら、目を瞑って噛み締めている。
周りの料理人達はおにぎりを手掴みし、更にそのままかぶりついた第一王子にドン引きしていたのだが、それがおにぎりを食べる正式な所作だという。
「本当ですか?」
疑わしげなモルフに、サールもそうだと認める。
「これは正式には《塩おにぎり》なんだよね」
「そうだぞ! 中の具材は何を入れてもいいんだ。酸っぱい木の実や、焼き魚の切り身、肉のそぼろなんかも美味い!」
モルフとアルデと料理人達は感心した。
「食べ方が色々あるのですね」
「パンと同じだ! パンだって色々な種類があるだろう?」
「いえ、そんなにはありませんよ。街では固い黒パンが主食で、柔らかい白いパンは貴族だけです」
「なんだと? それは改良の余地があるな!」
テンションの高い第一王子が息巻いているが、とりあえず今は塩しか用意できないので、モルフや料理人も教わりながらおにぎりを握り、食べてみた。
モルフとアルデは二回目なので驚きは少なかったが、料理人達は違った。第一王子やサールを真似て豪快におにぎりにかぶりつくと、みんな揃って大きく目を見開いた。
「美味しい!」
「これは美味い!」
第一王子が三個も食べたので料理人全員には行き渡らなかったが、大絶賛だったのは違いない。
「米はまだあるのか? もしかしてこれで終わり?」
三個目を飲み込んで理性が戻ったのか、第一王子が不安げに眉を寄せる。
「半分なくなりました。もう一回、大鍋で炊いたら終わりですね」
「なんと!! たったこれだけなのか!」
「それはそうですよ。辺境の村の収穫を根こそぎ奪うおつもりですか? 食べたければご自分の領地でどうぞ。それとも王宮の庭に水田を作りますか?」
「水田があれば育つのか?」
「豊富な水があれば、おそらく」
「モルフ! 庭を掘れ!」
「嫌です」
無茶を言う第一王子を軽くいなして、モルフは残りの米の半分を料理長と一緒に炊いた。
稲作を広めるという第一王子の意向に沿う為にも、米がどんな物なのか、どんな味がするのか、国王に食して頂く必要があった。
そうなると王族全員の分を用意しなければならない。毒味役に食べられる事も考慮しながら、多めに用意しておく。
そしてその夜の王族の晩餐に、おにぎりが提供されたのだ。




