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特性

 サールとアルデは恐れ多くも王宮に留め置かれ、丁重なもてなしを受けた。

 王宮に入ってすぐに身を清め、相応しい衣類を与えられた。サールに関しては髪の毛までカットして整えられた。ずっと無造作に括っているだけだったので、生まれて初めてさっぱりした格好をしている。


 部屋の中で額に汗しながら歩行訓練をする第一王子に、雑談しながら付き合った。


「では殿下には前世の記憶があると」


「サールにもだよ。すぐに『前世』という言葉が出るんだから絶対そうだ。間違いない」


「はあ。しかし自覚はなくてですね。《おにぎり》も突然、食べたいと思っただけで……」


「違っていたら、それすらない。東の国境の村で再現したのだろう? 私でも炊飯器がなければ美味しくご飯を炊けない。こんな事ならもっとサバイバルやアウトドア体験……キャンプを経験しておくのだった。籾殻つきの米を、どうやって脱穀して白米にするのかさえ分からないよ。君に『運』と『勘』があるから可能だったんだね。素晴らしい。私も早く《おにぎり》を食べたい」


「使者を辺境の村に派遣しております。少々お待ち下さい」


 サールが持っていた白米は底をついている。すぐには食べられない。

 既に食しているモルフを、第一王子は恨みがましく睨んだ。乳兄弟だけあって、とても砕けたやりとりだ。


 まだ食糧事情が万全とは言えないあの村との売買は、お金よりも物々交換がいいと勧めておいた。辺境では手に入らない王都の食材と交換するなら、向こうも困らないだろう。

 ついでにあの黄色の実も数個、買ってきて貰うようお願いしておいた。自分の楽しみの為に。旅立つ時には荷物になるので断念したのだ。


「私の記憶が戻ったのは、最初の毒で死にかけた時だな」


 第一王子の呟きに、サールはぎょっとなる。


「最初の毒?」


「ああ。王族に限らず、高位貴族は耐性をつける為に少量で身体を慣らす訓練をする。子供のうちからだ。私のこの脆弱な身体は、それにすら耐えられなくて死にかけたのだ。その時に前世の記憶が蘇った」


「大変な思いをなさったのですね」


「サールもこれまで大変だったと聞いたよ。そうだ。王宮の専門家……特性について研究している官吏がサールを鑑定したいと言っていたが、構わないだろうか。もちろん私の命の恩人を悪いようにはしない。記録として残しておきたいそうなのだが」


「身の安全が保証されるのなら構いません」


「すまないな。どうも君の特性は、五歳の時より変化しているようなんだ。君も何となく察しているのではないか? ただの『運』と『勘』にしては精度が高いと」


「成長するにつれて変化する事があるのですか?」


「普通は聞かないが、専門家はレアケースを知っているかもしれない。君も分からない事があれば遠慮なく質問したらいい」


「はい。ありがとうございます」





 という事で、特性の研究家が喜び勇んで第一王子の部屋にやって来た。


 その人は中年男性で、きちっと礼をしながらも、どこか浮き足だっていて、好奇心を隠せない様子だ。両手で大事そうに大きな本を抱えて目を爛々と輝かせている。


「殿下、失礼します。こちらの方でよろしいですか?」


「ああ。決して失礼な真似はしないように。個人情報も漏れないよう徹底するように」


「もちろんでございます」


 官吏にしては第一王子に対して緊張感が足らないように見える。研究畑の人独特の雰囲気があり、どこか気安かった。


 サールは尋ねられるまま答えた。これまでどんな風に生きてきたのか。

 それに関しては、アルデの言葉の方が興味深かったらしい。サールはそんなものだと思っていたが、姉の暴力から巧妙に逃れていたようだ。本人には自覚がなかった。


 専門家はうんうんと頷きながら、手元の本に書き込みをしている。


「一度授かった特性は一生変わりません。それが一般的です。しかしたまにそうでない人が現れるのです」


「やはり前例があるのか?」


「はい。元々、特性が発現するのは貴族の血筋に多い。更にその中で珍しい特性を持つ人はとても目立ちます。必然的に能力も高くなるので、王宮に召し抱えられる人がほとんどです」


「記録にあるのか?」


「はい。五歳の時の鑑定よりも上位に上がっている人が、過去にも少数ですがいました。全く違う特性を新たに授かる訳ではないですね」


「最初の鑑定から特性が成長するのいうのか」


「そう考えて頂いて構いません。サール殿の場合、『運』は『強運』か『幸運』に。『勘』は『千里眼』や『神通力』と呼ばれるものに変化していると思われます」


「なんと……凄い」


「不思議なのが、私の『鑑定』を使ってみても、表面上はただの『運』と『勘』としか出ないのです。面白いですね。ただ文字がちかちかしているので普通ではないのが分かります。こんなのは初めて見ました。サール殿の場合、『運』が影響して自然と隠匿が働いているのかもしれません」


「ほお……」


「最初から隠蔽が働いていた可能性もなくはないですが、鑑定人はちかちかする文字の違和感に気付きますし……それはなさそうですね。姉からの暴力からも最初のうちは逃れられなかったようですし……。特性は成長する……これだから特性は面白い」


 満足そうな研究者を前に、第一王子とサール、アルデもモルフも絶句している。


「千里眼……神通力……」


「まさかそんな……」


「有り得ない話ではない。ついこの間も遠くにいる盗賊の気配を察したのだろう? まるで超能力者だ」


「いえいえ、そんな筈は……」


「いいえ、サール様。有り得ます。少なくともただの『勘』では、そこまで見通せないでしょう。神の視点を持つと言っても過言ではないと思います」


「アルデ……お前は欲目が強すぎる」


 サールは眉を下げた。アルデの慇懃な態度にも戸惑ってしまう。


 アルデは下男として子供の頃から傍にいたが、当時は執事の監視役だったので表立って仲良く出来なかった。そんな姿を少しでも目撃されたら、アルデが折檻されただろう。

 だから表面的には敵として接していまが、まさかこんなに慕われているとは今回再会するまで知らなかったのだ。なかなか慣れない。


「最初に授かった『勘』が成長したのは、お嬢様から逃れるのに必死だったからではないですか?」


「え?」


「何度も理不尽な暴力を受けて、傷だらけになって、死にそうになっておられた。あの屋敷で生き残る為に進化したのではないですか? 私にはそう思えて仕方ありません」


 アルデの言葉に、専門家が目の色を変えた。


「なるほど。ただ何となく平和に生きているだけでは成長しない。辛く苦しい事があったから進化した。……その可能性はありますね。普通の貴族は辛い目にほとんど遭いません。過去の人もそうだったかも。だから少数なのか……」


 専門家がブツブツと呟きながら、手元の本に記入していく。検証するにはサール以外の人にも話を聞かなければならないが、過去の人ではそれは難しいだろう。


 第一王子は難しい顔で何か考え込んでいたが、やがて意を決したようにサールと向き合った。


「サール、リュサの件でも大変世話になったが、もうしばらく君の力を借りたい。どうか協力してくれないだろうか」


「はい?」


 サールはきょとんと首を傾げた。

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