盗賊
こんな辺鄙な小さな集落を襲う意味があるのか。
サールの疑問に、マノリが答えてくれた。
「小さくても家がある。屋根と壁がある。ずっと野宿や洞窟暮らしをしているなら、雨風を凌げるだけでもありがたい。小さな畑も、湧き水もある。住民を皆殺しにしても奪いたいだろう。しかも老人ばかりだ。簡単な仕事だろうよ」
「……そうか……」
遠くを見詰めるマノリの目はどこか諦観しているようで、サールは直視できなかった。
何故ならサールの『勘』は頻りに逃げろと告げてくる。
その意味は、入口を封鎖するだけでは不充分で、ここにいては危ないという意味。集落は蹂躙されてしまうという意味。
でもサールはここを離れがたかった。
「坊主、今のうちなら一人くらい逃げられるかもしれん。お前は余所者なんだ。目立たぬようにそっと抜け出せ」
マノリの言葉に、サールは首を横に振った。
「ううん。残る」
皆を見捨てて自分だけ助かる。皆を見殺しにする。そんな事はとても出来ない。
それをしてしまったら、自分の中の何かが壊れる気がした。心を病んで生き続けるのは辛い。
幸い、サールには悲しんでくれる身内はいない。天涯孤独だ。最悪、景色の良いこの場所で死んでも構わない。悔いはない。
特性の事もあって、サールは家系の呪いから逃れられると思っていたが、どうやら違ったようだ。いくら『運』を持っていても、こんな風に短命の呪いは発動する。
サールの予言から数日後、斥候と思われる男が目撃された。
戸板の隙間からこちらを覗いていたという。体格のいい若い男で、武器を腰に下げていたそうだ。下の町から上がって来た冒険者でも、迷い人でもない物騒な様子。
男は何もせずに立ち去ったが、おそらく仲間を呼びに行ったのだろう。前回の襲撃でこの辺りに集落があるのは知っていたが、詳しい場所までは伝わっていなかったのだ。
おそらく盗賊達は手分けをして捜索している。とうとうここが見付かってしまった。
いよいよかと皆が覚悟を決める頃、サールは体調を崩してしまった。原因は何となく分かった。
特性『勘』に逆らうとしっぺ返しがくるらしい。逃げろと本能が強く告げるのに、それに逆らって逃げない。その行為が身体を蝕む。
こんなに苦しいのは初めてだった。昔から暴力の痛みには晒されてきたが、内臓を搾られるような痛みは味わった事がない。身体の内側から破壊されていくような感じだ。
「おい、大丈夫か? おめえ薬師と言っていたろ? 自分の薬を持ってねえのか?」
マノリが心配してくれるが、どんな薬も効かないと分かっていた。
「……ごめんね。ありがとう」
痛みに悶えながら振り絞るように囁くと、マノリは苦しげに顔を歪めた。
そして翌日。
ここを死地と決めたサールは、外から聞こえる喧騒で目を覚ました。
不思議と身体が楽になっているのを不審に思う余裕はなく、さっと起き出して外に出た。
門の外に盗賊が集まっていた。建てた戸板の隙間から無頼の輩が見える。大声を上げて恫喝してくるので、結構な大人数に思われた。
ガンガンと叩きつける音がして、あっという間に急ごしらえの門が破壊されていく。斧を持つ奴がいるらしく、どんどん隙間が大きくなっていく。
向こう側の連中は髪の毛がぼさぼさで汚れた毛皮を羽織り、みんな泥塗れだった。見るからに盗賊という出で立ちで嫌な笑いを浮かべ、舌舐めずりしている。
老人達は一箇所に集まり、手に鎌や鍬を手にしている。でもその手は震えていて、太刀打ち出来ないのは明らかだ。
サールもマノリの隣に並んだ。
「……坊主、何とか隙を見て逃げるんだ。お前はまだ若い。こんなところで死ぬ事はない」
「いいんだよ。どうせ独りだから。悲しむ人もいないし」
「………………」
悲しげに眉を顰めたマノリの手を両手で握り、サールは微笑んだ。ぽんぽんと叩いてみる。
マノリの手は大きくて骨張っていて固かった。大人の男性と手を繋いだ経験のないサールは、初めての感覚に目を細めた。
その瞬間、ドガッという音と共にとうとう門が破られ、盗賊達が一斉に雪崩れ込んで来た。
サールが反射的にびくついた時、突然、盗賊達から悲鳴が上がった。
「うわあああ!」
「なんだ?! うわっ!」
何の前触れもなく、盗賊達の後ろから冒険者が襲いかかっていた。
前方ばかりに気を取られていた盗賊達は初動で数人斃れたが、慌てて体勢を整えて応戦を始める。
しかし力量の差が圧倒的で、素人のサールでも冒険者達が凄腕だと分かった。
剣を振るう冒険者は三人しかいないのに、あっという間に盗賊全員を討ち取った。
地面に倒れ伏した軽症の者にも容赦なくトドメを刺して回る冒険者の一番後ろから、一人、小柄な男がこちらへ向けて真っ直ぐ駆けて来る。
「サール様!」
「……………………アルデ?」
こんな所で会う筈のない顔を見て、サールは目を疑った。




