また一人旅
サールは再び旅を始めた。
あの村での生活は楽しかったが、村の資源には限りがある。食べられる食材を増やしたとはいえ、出稼ぎに行っていた男性がどんどん帰って来たら、そのうち足らなくなるかもしれない。赤子が生まれて、村民の数が増えるかもしれない。
アムは父親と一緒に暮らせるようになって、とても喜んでいた。サールも母が生きていた時は幸せだった。家族がずっと共にいられるのはいいことだ。
だから余所者のサールは去る事にした。
アムには盛大に泣かれて、老人にも引き留められたが、それでいいのだ。
「山からの景色が見たいな」
サールは隣町まで徒歩で行き、冒険者ギルドに顔を出す。
受付でこの辺りで一番高い山を訊くと、二つ隣の町にあるトガ山の名前が上がった。
そして乗り合い馬車に乗って麓の町まで移動する。
「山の中腹に集落はあるが、あそこはもうほとんど人がいないよ? ほぼ廃村だ。珍しい染料が採れる場所だから、たまに冒険者が出向くが。行商人もあまり立ち寄らない集落だ」
「でも今も住んでいる人はいるんですよね?」
「老人ばかりだと聞く。若い者は村を出ていて、下の町で一緒に暮らそうと誘っても断られるとか。住み慣れた土地で死にたいそうだ」
「そうですか」
「そこへ行くんなら、集落では手に入らない物を持参した方がいいかもな。余所者は警戒されるから」
「はい。ありがとうございます」
サールは何を手土産にしようか考えた。
なにしろ身一つなので、重い物は持ち運べない。軽くて喜ばれそうな物は何だろう? やはり薬がいいかもしれない。この町で、ある程度調合してから進む事にしよう。
サールはしばらくその町に留まって薬作りに専念した。ついでに珍しい薬草を採取したので、冒険者ギルドに売っておく。
旅の資金に問題もない。サールは準備万端整えて、トガ山に向けて出発した。
「あ~る~い~てぇ~。えいっ、ほっ、よっ、あ~る~い~てぇ~。えいっ、えいっ」
サールは歩くのが苦ではない。拾った棒を杖代わりにして、ゆっくりと無理せず進む。
ついこの間まで畑仕事に従事していたので、王都にいる頃よりも肉付きはよくなった。
まだ痩せ気味ではあるが、小さかった胃も大きくなったようで、一度に食べられる量も増えた。外仕事なので日に焼けたし、ちょっぴり逞しくなったと思っている。
鼻歌を歌いながらゆっくりと山を登り、鬱蒼とした山道を抜けると、急に拓けた場所が現れた。
粗末な小屋がぽつぽつと点在しているが、朽ち果てて崩れている物もある。山の斜面にある僅かな平地に、寄り添うように建てられていた。
どうやらここが目的地のようだ。
「こんにちは」
たまたま集落の入口の切り株に座っていた老人と目が合う。にこやかに挨拶したが、胡散臭そうにジロリと睨まれた。
「なんだ、おめえ」
「旅の者です。ここには景色を見に来ました」
「景色? わざわざこんな辺鄙なところまで?」
「はい。上まで登らないときれいな景色は見えないでしょう? あ、あと僕は薬師もどきなので、具合が悪い人がいたら遠慮なく仰って下さい」
「薬師……」
老人は目を丸くした。
まさかひょろはひょろと痩せこけた小僧が薬師を名乗るとは思わなかったのだろう。
「しばらくこの辺りに滞在してもいいですか? 迷惑はかけませんので」
「坊主、変わってるな」
「あ、さっき摘んだ果物です。一緒に食べますか?」
サールが懐から赤い果実を取り出すと、老人は目を大きく見開いた。
「そりゃあ……もしかして赤玉か?」
「名前は知りませんが、美味しそうだったのでもぎました」
「嘘だろ? 昔はよく生えていたが、ずっと何年も見てない珍しい果物だ。とても甘い」
「そうなんですか? じゃあ一緒に食べましょうね」
サールが老人の隣で荷物を下ろし、水筒を傾けて水で果実を洗おうとすると、老人は慌てて立ち上がった。
「待て待て、どこで採ったか教えてくれ。おーい、みんな! ちょっと来てくれ!」
老人が大きな声を張り上げると、近くの小屋から三人ほど顔を出した。
「旅の坊主が赤玉を見つけた!」
「なに? 赤玉だと?」
「嘘だろ?」
ぞろぞろと姿を現した老人達は、みんなサールの持つ赤い果実を見ると仰天した。
「本物だ!」
「赤玉だ!」
「坊主、これをどこで!」
「そんなに遠くない場所でしたよ。今から行きますか?」
「案内してくれ!」
老人達を引き連れて、赤い果実をもいだ場所まで引き返す。
山道沿いの高木の下、太い幹に隠れるようにひっそりと低木が生えている。たくさんの赤い実をつけていて、何個か熟して今にも落ちそうな物もあった。
「ああ、赤玉だ!」
「こんなにたくさん!」
老人達は嬉々として赤い果実をもいでいった。みんなとても嬉しそうだ。
「まさかこんな近くに自生していたとは……盲点だったな」
「ああ」
そんな偶然もあり、サールは快く集落に迎えられた。
ちなみに赤玉はその名の通り皮も身も赤い果物で、とても固くて甘かった。完熟の状態でようやく歯が入るほどなので、普通は細かく刻んで食べるのだという。
貴重な甘味を味わえて、みんな笑っていた。
サールも美味しく頂いた。




