容態と次の手掛かり
ハーメルは待ちに待った朗報をようやく聞けた時、文字通りその場で飛び上がった。
魔道具の小鳥がモルフの声で囀る。
「東の辺境の村で足跡を見つけました。しかし残念な事に、入れ違いで旅立たれた後でした」
「残念だがよくやった! そこからそう遠くへは行っていないだろう。引き続き捜索を頼む」
「もちろんです」
西地区の捜索隊は下げてよさそうだ。北部隊は今の現在地から東へ向かわせて、南部隊も東へ向かわせなければならない。それぞれの小鳥が戻って来たら、そう指示しておこう。
ハーメルは足早に第一王子の元へ向かった。
「殿下、彼の足跡を見つけましたよ。東の辺境にいたそうです。《おにぎり》も自分の手で作り出されていたそうです」
「そうか……」
一時持ち直した第一王子の容態は、日に日に悪くなっていっている。捜索を始めてから半年以上が経過している。
やはりいくら命の霊薬でも、数滴では効果が持続しない。適量を服用し、悪い臓器を完全に治癒しなければならない。
あの後、騎士団でも腕の立つ者を選出し、焔ドラゴンの縄張りに派遣してみた。しかしリュサの発見どころか、近寄る事さえ出来なかったのだ。
返す返すもあの無能な教師のせいで……とハーメルンは歯噛みする。
あの教師がきちんと鑑定魔法を使って試験結果を出していたら、こんな事にはならなかった。すぐに中等部の生徒のとんでもない偉業が王宮にも届き、第一王子に飲ませる事が出来ただろう。
あの教師の罰は厳重にするようにと学校長へ言っておいたが……どうなったのだ? 後で確認しておこう。
「殿下、あと少しの辛抱を。必ず見つけ出しますから」
「ああ、頼む」
薄く微笑んだ第一王子は今にも儚くなりそうだった。存在感が希薄で、大袈裟でも力強く励まさなければならないと感じるほどに。
「モルフは《おにぎり》を食べたそうですよ。美味しかったそうです」
「そうか。懐かしいな……」
食べたいな……という掠れた声に、ハーメルは泣きそうになる。
懐かしいという言葉の意味はよく分からないが、今は追及すべきでない。ハーメルは弱気を見せないよう、目頭にぐっと力を込めた。
何度も何度も励ましてから、ハーメルは部屋を後にした。
ただ祈る事しか出来なかった。
◆
ようやく確かな情報を得て国境の村まで辿り着いたのに、サールとは擦れ違ってしまった。
アルデとモルフは大いに落胆する。
老人に案内されて、つい最近までサールが暮らしていた小屋へ入る。
今にも崩れそうな外観だったが、よく見れば手入れがされていた。壁の穴は補修され、屋根も修理されている。竈や薪、食器などが残されていて生活感があった。
「サール様は本当にここにいらしたのですね」
「あと少しだったのに……」
アルデとモルフが悔しがっていると、老人が不思議そうに首を傾げた。
「あの坊主は何者なんだ? 貴族にはとても見えなかったが」
「……ええ。一応父親は貴族ですが、ほとんど平民ですから」
「あぁ、なるほど」
老人も何となく事情を察したらしい。この村以外でも暮らしていた経験があり、貴族というものを知っているのだろう。
「坊主が来てから、この村はがらりと変わった。何より食べられる物が増えて、絶え間ない飢餓感が消えた。心にも余裕が出来た。それなのに……」
「話に聞く限り、サール様はここで楽しそうに生活しておられたようなのに、どうして旅立たれたのですか?」
「……たくさんの男衆が村に帰って来て開墾が進んだ。土地が足らなくなってきたんだ」
サールが授けた虫除けと稲作の知識が、村の食糧事情を変えた。家族を養う為にも出来るだけ広い土地で稲作をしたいと思うのは、一家の大黒柱として当然だ。
アムの父親のように、子煩悩な男は家族と共に暮らしたがった。出稼ぎに行かなくても家族と暮らし、養える目途が付いて喜んだ。
サールが授けた薬の知識、黄色の実、精米のしっかりした白い米。そのどれもが隣町で売れたせいもあり、全体的に村が豊かになった。
サールはその様子を見て、自分から旅立つと言ったらしい。
「わしは引き留めたんだが、どうやら気を回してくれたようだ。水を引きやすい土地には限りがあるし、坊主の水田は一番いい場所にあった。……それはそうだ。坊主がやり始めた事なんだから。でもその水田を物欲しそうに見ていた男衆もいたようなんだ」
「なるほど」
「坊主は『目的を果たしたから満足した。だから旅立つんだ』と笑っていた。『余所の土地を見たい』とも言っていた。引き留めたが、本人がそうしたいというのであんまり無理を言えず……。残念だ」
「そうですか」
「どこに行くとか、仰っていましたか?」
「海を見たいと言っていたし、山からの景色を眺めたいとも言っていた。具体的にどこへ向かったのか分からん」
「……ここからなら山でしょう。海は正反対の西にありますから。さすがにこの山脈を越えて国境を越える事はないと……思いたい」
「逆に多すぎて迷うな。この辺りは山だらけだ。一番高い山を目指したのだろうか? 危険ではないか?」
「……サール様は危険から上手に逃れられます」
「あ、それがあったか」
「私たちでも行けるような安全な場所ならいいのですが……」
「ともかく追いかけよう。こちらは馬だ。どこかの街道で追いつけるかもしれない」
「そうですね」
ついこの間まで手探り状態だったが、今度は僅かながら手がかりがある。
アルデとモルフは希望を胸に、村を後にした。




