手掛かり
その町で一泊し、次の町へ向けて出発した。
モルフは馬での移動を提案したので、アルデは必死になって乗馬を覚えた。最初こそぎこちなかったが、旅が続くにつれて慣れていった。今では馬の扱いにも慣れて、さまになっている。
どんどん東へ向かっているが、そろそろ国境だ。この方角の町は残り少ない。
町に到着し、宿を取る。冒険者ギルドと商業ギルド、薬屋に顔を出す。今回も何の手がかりを得られないまま落胆する。その繰り返しだ。
がっかりして宿へ帰ると、宿の主人が「食事はどうする?」と尋ねてきた。
「ここで食べられるならお願いしたい」
「今でもいいかい?」
「二人分、頼む」
夕飯には早い時刻だが、軽く朝食を食べてから何も食べていない。二人とも腹が減っていた。
「旅の人には珍しいかもしれないが、最近、評判のメニューがあるんだ。食べてみるかい?」
「ん? ここの特産か?」
「ここというより、この先の村かな? 馴染みの行商人が教えてくれて、それがあまりに美味しくて今この町で密かに流行しているんだ。でもあまり量が入って来なくてね。でもせっかくこんな田舎まで来たんだ。是非食べてみて欲しい」
「なら、それを頼む」
「すぐに用意するよ」
朗らかな宿の主人に薦められるまま、特産品だという食べ物を頼む。
そんなに時間をおかずに提供されたのは、白くて三角の物体とスープ、焼いた何かの肉だった。
「その白いのは本来、手掴みでかぶりつくもんらしいが、フォークで崩して食べても構わんよ」
「主人、これは初めて見る食材だが、何というんだ?」
「ああ。《おにぎり》という」
「……え……?」
アルデとモルフは瞬いた。
「いま……なんと……?」
「《おにぎり》だ《おにぎり》。ほんのり塩味で美味いんだぞ?」
「《おにぎり》!!!」
アルデとモルフは思わず立ち上がった。
「しゅ、主人! これ……これをどこで!」
「え、だから隣村から行商人が……」
「隣村?!」
「行商人?!」
「お客さん、どうした」
二人のあまりの剣幕に、宿の主人はたじたじだ。
二人もあまりに突然の事に心臓がどきどきしている。
「落ち着け……とりあえず落ち着こう」
「はい……はい……」
アルデとモルフは震える手で自分の胸を押さえている。ずっとなかった手がかりが、こんなに突然……動揺するなというのが無理だ。
「とりあえず食べてみなよ」
「はい……」
言われるまま二人はフォークを手に取り、恐る恐る口にした。ほんのり塩味がありながら、僅かに甘みも感じられる。口の中で粒がほどけていく。
「美味しい……」
「美味しいです……」
アルデとモルフはじっくりと噛み締めながら食べて、何とか思考を巡らせる。
モルフが口を開いた。
「この《おにぎり》は隣村の特産品……行商人が売りに来た……で合ってます?」
「おう。見た事ねえかな? 最近、黄色の実も売ってるんだ。結構、評判がよくて飛ぶように売れているらしい」
アルデとモルフは愕然とした。
「ああ!!」
「昨日の!!」
「あ、やっぱり会ってたんだな。あの実演販売、目立つから」
「なんて事だ! 昨日、話しかけていれば!」
「ああぁ……! そんな……!」
二人は崩れ落ちた。でもまさかあの行商人が手がかりを持っているとは、誰が思う?
「隣村、隣村に行かなければ……!」
モルフが何とか気力で立て直した。
「はい、すぐにでも!」
「待ちな。今から向かっても日が暮れる。乗り合い馬車も運行していない寂れた村だ。宿屋なんてないぞ」
「馬でなら早いし、宿はなくても行かなければ……」
「そうか。お客さん達は馬だったな。それでも今から飛ばしても日が落ちる。暗くなってからの移動は危険だ。下手したら街道で野宿になるぞ」
「この辺りには危険な野生動物や魔物が出るのか?」
「いや、そんなのはいないが」
「では向かう。とてもじっとしていられない」
「そうか。気をつけてな」
「ありがとう! 本当に助かった!」
二人は提供された食事を完食し、宿代も多めに支払ってすぐに発った。
馬を飛ばして隣村へ向かう。翌朝まで待ってから発つのは到底無理だった。
幸い、日が落ちる直前に、無事村に辿り着く事が出来た。
何事かと驚く老人に、馬を降りながら「この村にサールという若者がいないかっ」と尋ねる。
老人はその名を聞くと表情を曇らせた。
「あの坊主は旅立ったよ。わしはいてもいいと言ったんだが……」
「えっ!」
「あんなに世話になったのにな」
どこか寂しそうに呟く老人を前に、アルデとモルフはへなへなと崩れ落ちたのだった。




