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成功

「なんか早い気がする……」


 サールの感覚では育つまでもっと長くかかりそうだったのだが、目の前にのソレは既に刈り取れる状態だ。


「まあ、いいか」


 そもそも突然、食べたいと思い立ったものだ。曖昧な感覚だけでここまで来て、何となくで育ててみた。

 心の片隅で「品種が違う」という声が聞こえてきたような気がするが、それもどうでもいい。


 さっそく鎌で刈り取り、用意した脱穀機に差し込む。

 脱穀機と言ってもサールお手製のソレ用の櫛のようなものだ。茎と実を分けるだけの簡易的な鉄の櫛。空き家に放置されていた農機具を組み合わせてみたが、案外使い勝手はいい。


 実を掬い上げてみて気付いた。最初の、草原に自生していた物よりも粒が大きい。やはりこの植物には水が必要だったのだ。

 籾すりする為に用意しておいたすり鉢で軽く擦ってみると、パカッときれいに割れた。粒が大きくなり、籾殻が割れやすくなったようだ。


「これならいける!」


 大して力をかけず、簡単に白い実が大量に出来た。外側の皮を完全に取り除けたきれいな白い粒々。


 後は頭の中に浮かんだ通りに炊くだけ。

 サールはうきうきしながら、まずは少量で炊いた。水加減を見極めないといけないから、いきなり大量に炊くのを避けたのだ。


 でも心配は杞憂だった。蒸らし終わるまで我慢して蓋を開けたら、ツヤツヤの白い粒が光っていた。


「これだ! これ!」


 これを更に握らなければならない。まだ熱いので少量を器に移して冷ましている間、ほんの一口分、塩を振って食べてみた。


「美味い!」


 今度は成功して、サールは飛び上がるほど喜んだ。少し冷ましたソレに塩を振り、水で濡らした手で優しく三角に握る。


 すると目の前に、いつか突然脳裏に浮かんだ画像おにぎりが再現された。


「これだよ! これ!」


 サールは勢いよくパクついた。


「ん~~~~! 美味い~~~!」


 感激するサールは、そこでようやく小屋の入口に老人とアムが張りついているのに気付いた。

 いつからそこにいたんだろう? 一人ではしゃぐ声が聞こえてた?


「……美味いのか?」


 老人が疑わしそうに言うので、サールは勧める。


「食べてみて! あ、これに味はないから塩か大根干しと一緒に!」


 老人とアムに握った《おにぎり》を出してみた。同時にパクついた二人の目が真ん丸くなる。


「美味い……!」


「これがあれなのか? 本当に? 食べられるぞ。美味い」


「でしょう? 美味いよね!」


 実験は成功し、荒れ地に自生していた植物が食べられるようになった。


 それはいつも食糧不足に苦しんできたこの村にとって、とても大きな変化だった。





 虫除けが普及したので、これまで足を踏み入れられなかった土地を開墾する事が可能になった。水を引きやすい川沿いのところに水田を作り、苗を植えていく。


 サールが惜しまずに《おにぎり》を提供したので、その美味しさを知った村の人達もどんどん開墾していった。余所へ出稼ぎに出ていた男達の手が必要になり、希望者から村へ戻って来るようになった。


 アムの父親も帰って来て、サールに頭を下げた。


「カリンを助けてくれてありがとう。君のお陰で村は豊かになりそうだ。感謝してもしきれない」


「いいえ。困った時はお互い様ですから」


 アムからもとても感謝された。父親が帰って来てくれて嬉しいそうだ。


 村で暮らす男性が多くなったので、アムを中心に黄色の実を蹴って遊ぶ子供達の姿を頻繁に見るようになった。


 サールがこの村にもたらしたものは多い。


 美味しく食べられる米と、その育て方。精米の知識。効果の高い虫除け。初級回復薬と同じ効果の薬。

 それはこの村でも採取できる植物で、似たような物が作れないかとサールが試行錯誤して完成させた物だった。その調合知識も惜しまず与えた。熱冷ましも同様。


 後は足蹴りという娯楽。子供だけでなく大人にも普及している。


 それと複数で遊ぶ時に、足で蹴るだけでなく、上に放り投げて下に落とさないという遊び方を編み出してみた。

 あの実の中身は皮が幾重にも重なっているので、腕に当たっても痛くない。だから五人くらい集まれば、力を合わせて下に落とさないという遊び方が出来る。


 ある時、行商も兼ねた村人が帰って来て、あまりの村の変わりように仰天していた。

 村長代わりの老人に話を聞いた彼は、わざわざサールを訪ねて来て感謝してくれたほどだ。


「この実と遊び方を売っても構わないかい? 半額を君に払う」


「要らないですよ。この村の物でしょう?」


「でも……」


「僕はこう見えて、お金に困っていないんです。全て村の為に役立てて下さい」


「虫除けや薬草もかい? かなりの額になるが」


「ええ、構いません。お礼は普段から野菜などで頂いていますから」


「なんて慈悲深いんだ……」


 行商でたくさんの町に行き、たくさんの人と商売してきた彼は、サールを拝み倒して、また旅立って行った。

 

 本人は大した事ないと思っているが、村人からしてみれば神の使いのようなものだった。


 サールは長閑な田舎暮らしを心の底から楽しんでいた。

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