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殺人虫

「何があったんですか?」


 一人の子供が倒れていて、大人達が囲っている。後ろには小さな子供達がいて、震えていた。


「カリン! どうした!」


 アムが悲痛に叫ぶ。倒れていたのはアムの妹らしい。よく見れば右腕が大きく腫れ上がっていた。


「何かに刺されたの?」


「タールドだ」


「タールド?」


「昆虫なんだが、村はずれに生息している。集団で巣を作る凶暴な虫で毒があり、刺されると高熱を出して死んでしまう」


「そんな! カリン! 何であそこに行ったんだ! いつも行ってはいけないと言ってたのに……!」


「昔からたまに子供が犠牲になる。よく言い聞かせているんだが……」


「カリン!」


「アム、ちょっとよく見せて」


「お兄ちゃん……」


 場所を空けてもらい、サールは患部をよく見てみた。赤く腫れ上がった腕の太さは、部分的に二倍近くになっていて異様だ。

 自分は医者ではないが、特性の『勘』があるせいか、どう対処すればいいのか何となく分かる。


「とりあえず今持っている熱冷ましを飲ませてから、薬草を採りに行く」


 サールが立ち上がると、老人が目を瞠った。


「え、助かるのか?」


「やれるだけやってみる」


 初めての事なので確約出来なかったが、サールは小屋に戻って熱冷ましを老人に渡し、彼女に飲ませるように言う。

 自分はその足で薬草を採りに向かおうとしたが、老人に止められた。


「坊主まで刺されてしまうぞ」


「大丈夫、僕は虫除けをいつも持ち歩いているから」


「虫除け……」


 茫然とする老人を残して、サールはこちらではないかと『勘』が働く場所へ足を向けた。

 村の近くを流れる川の下流で、殺人虫の生息地域の近くの藪だ。虫がどのような姿をしているのか知らなかったが、自分の虫除けが効果を発揮して、それを寄せ付けないのも分かった。


 何となく頭に浮かんだ、先が鋭く尖った草を根元から掘り起こし、根ごと採取する。数本手にして小屋に戻ると、老人が待っていた。

 湯を沸かしながら、ナイフを手に取る。青い葉の部分は取り除き、根の部分だけを出来るだけ細かく刻み、煮詰めた。


 どろどろの状態にした白濁したそれを、サールは持って行く。

 老人に案内されたのはアムの家だ。母親らしき人とアム、他にも数人、集まって悲しげな表情をしている。


「お兄ちゃん……」


「これを飲ませてみてくれ」


 熱冷ましが効いているのか、妹はそんなに苦しそうではなかった。でも腕は変わらず膨れたままで痛々しい。


 どろどろの液を受け取ったアムは躊躇せず妹に飲ませようとしたが、母親の後ろにいた中年女性が待ったをかける。


「アム! そんな怪しげなものを飲ませるのかい?」


「だったらどうしろっていうんだっ? 黙って見守って……このまま死ぬのを見てるのか?」


「……っ!」


「どうせ何も出来ないんだ。少しでも可能性があるなら、俺は飲ませる!」


 おろおろする母親を無視して、アムは妹の上体を起こし、それを飲ませた。

 どろどろの液体だし、おそらく苦いのだろう。妹は拒絶したが、途中で水を挟みながら、アムが宥めながら、何とか用意した分を全て飲み込んだ。


 全員で固唾を吞んで見守っていると、見る見るうちに腕の腫れが引いていき、呼吸も楽になった。


「これは……」

「何という……」


 全員が絶句していると、老人が一人前に進み出て、サールの手を取った。


「ありがとう、坊主。本当にありがとう」


「うん。効いてよかった」


 サールは村人全員にとても感謝されたが、この件はサールにも良い事をもたらした。





 サールは虫除けの材料をこの村で調達できないかと考えた。幸い、同じような効能の草が見付かり、同じくらい効果のある虫除けを大量に作れた。


 その知識を村人全員に共有して、殺人虫の脅威が減った。

 完全になくなる訳ではなかったが、いざという時は特効薬もある。サールが来る前とは段違いだ。


 苗を植えてからは水の管理だけで他にする事がなかったので、サールは他に食べられる物を探して回った。

 茶色の果実以外にも、手を加えれば食べられる物を見つけたので、それにも感謝された。


 森の入口でそれを見つけたのは偶然だった。

 背の高い樹木の下に、実らしき丸い物体が落ちている。色は黄色。果物にしては結構、大きい。サールの顔と同じくらいだ。見上げればまた木に成っている状態の物がある。


 食べられるのかなと拾ってみたら、サールの追っかけとなっているアムが説明してくれた。


「それは食べられないよ。中身はほとんど水分で、落ちてるのは水が抜けてる。割っても皮が何重にも巻いてるだけで、中心に小さな種があるだけ。果肉がないんだ」


「へえ。変わってるな」


 サールは持った感触に何故か馴染みがあるような気がした。

 自分でも不思議だが、何となく目の前に垂直に放り上げてみる。落ちてくるタイミングで自然と足が動き、それを内側のくるぶしで弾く。浮き上がって、また落ちてくるそれを、また弾く。


「何それ! 面白そう!」


 サールが足でぽんぽん弾くのを見て、アムが目を輝かせた。

 アムも落ちていた実を拾って、同じようにやってみるが上手くいかない。


「うわ~! なんで? なんでサール兄ちゃんはそんなに上手いの?」


「分かんないけど、何となく出来る」


 不思議だが、本当に勝手に身体が動くのだ。何度弾いても落とす事なく、無限に弾いていられる。


「すご~い!」


 アムに絶賛されたので、二人で実を持ち帰った。


 時間が空く度にアムが夢中になって遊ぶので、他の子供達にもすぐに知れ渡る。

 実は森の入口に転がっているので簡単に手に入る。たちまち村で流行した。中には同じように遊ぶ老人もいた。


 森で果物を採ったり、村人にパンや野菜を貰ったり、アムと足蹴り遊びをしながら過ごしていたら、あっという間だった。


 水田の稲が実をつけ、重そうに頭を垂れていた。

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