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改良

「うん。原因はあれ。きれいに籾が取り除けなかったからだな。水加減もよくなかったから固いし。もう少し水に浸す時間を増やしたらどうだろう? あ、もしかしたら病人食みたいにドロドロにすれば、まだ食べられるかもしれない」


 サールが一人で思案していると、老人が言った。


「食べてみてもいいか?」


「どうぞ。不味いけど」


「いや、以前に食べた時よりも美味そうに見える」


「え? 何で?」


「この、外側の皮を取る作業をしなかった」


「それは不味いね。これでもまだ不充分なのに」


 老人はスプーン一杯分をぱくっと口に入れた。


「…………………食える」


「食えるけど改良しないと駄目だよね」


 はははと大口開けてサールが笑うと、老人の肩から力が抜けた。


「坊主、これが食えるようになるのか?」


「まだ分からないけど、やってみるよ。その為に来たんだし」


「そうか」


 両手で器を持ちながらじっとソレを見詰めていた老人は、おもむろに言った。


「そこの空き家なら使って構わんぞ」


「え? いいの?」


「どうせ住人のいないあばら家だ。朽ちていくだけ……テントよりはマシだろう。竈もあるし」


「やった! ありがたく使わせて貰うね?」


「変な坊主だ」


「うふふふ」


 それからサールは種籾を水に浸けて苗を作るところからやってみた。

 その間に川縁の荒れ地に手を入れる許可を貰い、土地を耕した。鍬は空き家に放置されていたので、それを使わせて貰った。土を柔らかくして土手を作り、小さな水田を作る。

 そこに小さな苗を等間隔に植えていき、一息ついた。


「そう、これだよこれ。水を張らないと」


 老人は自分の畑作業の合間をみては様子を窺いに来て、何をしているのか質問してきた。サールのやる事なす事が珍しいらしく興味津々だった。


 興味津々なのは子供達もそうで、大人の目を盗んではサールに話しかけて来た。特に好奇心が強くてやんちゃなガキ大将はアムという。


「あー! それは食べられないんだぞ! 苦いんだぞ!」


 サールが近くの林で採ってきた果実を見て叫ぶ。

 サールは笑った。


「そうなんだけど、茹でると食べられるんだよ」


「え? そうなの?」


「食べてみる?」


 サールは空き家に残されていた大鍋に湯を沸かし、茶色で小振りの果実をさっと茹でる。そんなにじっくり茹でなくていいと、何となく思う。


 茹で上がった果実を試しにサールが皮を剥いて齧り付いてみると、じゅわっと甘い果汁が口の中に溢れた。


「うん、甘くて美味い」


「ええ~? ホントに?」


「食べてみる?」


「うん」


 サールが皮を剥き、ナイフで一口大の大きさに切り分けると、入口にへばりついて様子を窺っていた他の子供達も寄って来た。

 みんな恐る恐る手を出し、口の中に放り込む。


「甘い!」

「美味しい!」


 みんな驚くと、一斉に駆け出してどこかへ消えた。

 サールが呆気に取られていると、すぐにそれぞれが母親を伴って帰って来た。


「本当に甘いんだよ!」

「母ちゃんも食べてみて!」

「本当なんだから!」


「ええ~?」


 戸惑う母親達にもさっきと同じように切り分けて食べさせると、みんな驚いて棒立ちになった。


「あの茶色の実は茹でると食べられるの?」

「知らなかったわ……」

「こんなに甘いなんて……」


 騒ぎを聞きつけてやって来た老人も目を丸くしている。


「坊主はどうして知っていたんだ? 余所でもこの実はあるのか?」


「ううん、初めて見たけど何となく分かるんだ」


「え?」


「僕は『特性』持ちだから。たぶんそのせい」


「『特性』……そうなのか。だからあの家畜の餌も?」


「うん」


「そうか……」


 結局、時間が経っても果実のせいで腹を壊す人はいなかった。


 その一件で、サールは村人から警戒される事はなくなり、子供達が近付くのも許されるようになった。


 茶色の果実はおやつとして定着した。

 子供達が採って帰ると、夜の煮炊きの時に一緒に湯がいてくれるそうだ。さっと湯がくだけでいいのは、おそらく苦みのある成分は皮の裏側に集中していて熱に弱いのだろう。


 こんな辺境の村では子供達も立派な働き手だ。アムは家の手伝いの合間を見つけてはサールのところへやって来る。


「今度、父ちゃんが帰って来る番なんだ。早く帰って来ないかな~」


 アムの言葉に、サールは首を傾げる。


「そういえばこの村では大人の男の人をあまり見ないけど、出稼ぎに行っているの?」


 見るのは老人と母親、子供ばかりだ。男性はほんの数人。


「うん。交代で行っているんだ。ここでは食べ物が充分じゃないから。向こうで稼いだお金で服とか、こっちで用意出来ない物を買ってきてくれるんだよ。同じ石切り場で働いてて、交代で帰って来るの」


「そうなんだ」


 サールが鍬の手入れをしながらアムと話をしていると、突然、悲鳴が聞こえた。弾かれるように二人は立ち上がる。


「そんなっ! どうして!」


「あそこには近付くなといつも言っていただろう!」


「ご、ごめんなさい!」


「あぁ、なんてことなの!」


「くそっ!」


 老人の怒号も聞こえる。


 サールとアムは駆け出した。

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