A級冒険者
宿に二泊して買い食いを楽しんだサールは、乗り合い馬車に乗り次の町を目指した。
今度は距離があるらしく、途中で休憩をはさむという。大きな街道には旅人の為にそういう場所が設けられているらしく、御者の説明も慣れたものだ。
昼を少し過ぎた辺りで、馬車は停まった。
馬に水を飲ませられるよう川の傍だ。見晴らしのいい川縁に木陰もあり、切り株が数個ある。焚き火をする為の簡易的な竈もある。
他の乗客と共に降りて休憩しようとしたら、先客がいた。冒険者の一団らしく、馬を木に繋いでいる。怪我人がいるようで、何だか緊迫した空気だ。
「あ……昨日の」
大柄な冒険者が目についたので、思わず声が出た。あちらも顔を上げたタイミングだったのでばっちり目が合ってしまった。
女性の一人が仰向けに横たわっていて、仲間の男性が抱きかかえている。女性が川で布を濡らし、何か拭っているような仕草をしている。仲間が囲っているのでよく見えない。
「怪我ですか?」
目が合ってしまったし、昨日の事もあるので、とりあえず尋ねてみた。
体格の良い冒険者の男性は難しい表情で仲間を見下ろしていたが、そのままの険呑な目付きでサールを見てくる。
「薬を持っているのですが見せて頂いても?」
「……ああ?」
男性は眉を顰めたが、サールの為に場所を空けてくれた。横たわっている女性の右腕は大きく腫れ上がり、炎症を起こしていた。
「毒ですか。この辺りなら青蛙にやられました?」
「違う。青蛙なら知っているし注意もしている」
青蛙は普段大人しいのに、仲間が攻撃されたら大群で反撃してくる。口から毒を飛ばしてくるので、肌についたらすぐに洗い流せばいいが、体内に入ると厄介なのだ。
「何の毒かよく分からないんだ。気付いたらこうなっていた。毒虫に刺されたようだ」
「ええと、パーティーの回復役は……」
「彼女だけだ」
「自分で解毒は……無理のようですね」
女性は今にも気を失いそうだ。仲間の女性の呼びかけで何とか意識を保っているが、唸るだけで話せそうもない。
「解毒薬はお持ちでない?」
「既に飲ませたが、どうも効きがよくない。いつもならすぐに回復するのに」
「ええと……」
サールは自分の薬袋を開けて、解毒薬を取り出してみた。
数種類ある中、一般的に流通している物は効かない感じがしたが、中級回復薬の効果も含めた物なら効くような気がした。
「これなら効きそうです」
「え?」
サールの差し出した薬に、冒険者の男は戸惑っている。
「坊主は薬師か?」
女性を抱えている方の男が尋ねてきた。
「いいえ。目指していましたが学校を退学になったので、素人の調合ですね」
「は? そんな胡散臭い薬、ルリに飲ませる訳ないだろう!」
「じゃあいいです」
サールはあっさりと身を翻した。
別に儲けようと思っていない。純粋な好意からの申し出だったが、見ず知らずの小僧からの薬など信用できないのも分かっていた。
「待て」
リーダーらしき男がサールを引き留めた。
「悪気はないんだ、すまない。少々気が立っていて」
「いいですよ、別に。早く町に引き返さないと手遅れになるかもしれませんよ。急がないと」
「いや、君の薬を買わせてくれ。言い値で構わない」
「え?」
「ジョセフ! そんなガキの薬など」
「黙れ! 緊急事態だ。手後れになったらどうするつもりだ? 元の町に戻るににしても、動けないルリを運ばないといけないんだ! 馬で飛ばせない! 時間がかかる!」
「くっ……!」
「坊主、気を悪くしたなら謝る。どうか薬を譲ってくれないか?」
「この解毒薬には中級回復薬の効果をつけたので、相応の代金が要りますが」
「構わない。売ってくれ」
「ではこれで。多めに水を飲ませて下さい」
代金を受け取り、サールは粉薬を手渡した。
そうこうしているうちに休憩時間が終わり、すぐに乗り合い馬車に乗り込む。昼食を摂ろうと思っていたが、時間がなくなってしまった。
まあいいか。馬車で食べよう。
サールは次の町へと思いを馳せた。
◆
妙な子供に出会った。
名前すら聞いていないと思い至ったのは、ルリの呼吸が落ち着いて回復してからだった。
日が落ちそうになっていたので、急いで引き返して町へ戻った。ルリもその頃には乗馬出来るほど元気になっていた。
「この薬の効き目は凄いわね。こんなにすぐによくなるなんて。腕もあんなに腫れていたのに元通りよ」
「そうだな。中級回復薬の効果もついていると言っていた」
「解毒薬に? そんな凄い薬あったかしら」
治療系魔法使いのルリは魔力が切れた場合を考えて、回復薬も携帯している。他のメンバーも仲間と逸れた時の事を考えて、みんな携帯している。
しかし中級回復薬と解毒薬が一緒になった薬など見た事がなかった。
「でも効果は抜群よ。結局、何の毒か分からなかったけれど。あの坊や、何者かしら? 薬師として凄腕だと思うのだけれど」
「……失敗したな。町で会った時も何かおかしな感じがしたんだ」
「町で会った?」
「お前達も見ていただろう? スリに狙われていた」
「ああ、あの時の……」
ジョセフ達はA級冒険者パーティーだ。
町を呑気に散策している者がスリに狙われるのはよくあること。いちいち助けたりしないが、あの時はジョセフの目の前で転がったので、さすがに見ない振りは出来なかった。子供だったし。
しかしまんまと財布を盗られたと思ったら、実は盗られたのはただの虫除け。腰に蔓を巻き付けるほど用心していたのに、虫除け……とは。
随分浮かれているように見えたのに、対策は万全。そんなに慌ててもいなかった。子供なのに泣きもしない。そのちぐはぐさが引っ掛かった。
でもそれを感じたのは一瞬。すぐに忘れてしまったのだが、結局、彼に助けられてしまった。
あの時、あの場に彼がいてくれなかったらルリは助からなかっただろう。薬の対価を払ったとはいえ、そういう問題でもない。
薬の値段は中級回復薬を少し上回る程度のもの。冒険者ギルドで提示されている相場と同じだった。
「薬師にしては若いし、学校を退学になったと言う。学校に通っていたのなら貴族の子息か? でもそれにしてはガリガリで見窄らしいし、満足に食えていなさそうだった」
「そうだな。とても薬師には見えなかった」
仲間の剣士が同意する。
「それに素人の調合と言う割には中級回復薬を作れるんだ。そんな事が可能なのか? よく分からん。不思議な子供だったな」
「ええ。しかも解毒効果つきの中級回復薬よ? これまで見た事ないわ」
薬に詳しいルリも首を捻っている。
ともかくジョセフは気に留めておく事にした。旅の方向は同じのようだったので、また会うかもしれない。
その時はもっときちんとお礼をしよう。そう決めたのだ。




