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サールの一人旅

 サールは乗り合い馬車に乗り、王都を出発した。

 何となくこちらだと思う方角へ足を向ける。気の向くまま、ゆっくりとした一人旅だ。


「うふふふふ」


 サールは乗り合い馬車から見える景色を眺めていた。思わず笑いが零れてしまう。


 街道に沿って馬車が進む。見慣れた荒れ地を抜けて、橋を渡り、どんどん知らない景色になっていく。

 乱立する木々の間を抜けるところがあれば、ずっと平原のところもある。遠くに山が見えるし、空は青い。風も緩やかで、熱くも寒くもない。旅をするにはいい季節だ。


 乗り合い馬車にはサールの他に、子供連れの三人家族と若い男性二人組も乗っていた。知らない人ばかりなので一定の距離がある。話しかけてもこない。

 馬車の揺れには閉口したが、サールは解放感でいっぱいだった。


 自分が何かしても誰にも何も言われない。いきなり殴られる事はないし、絶えず警戒する事もない。


 人目を気にしなくていい! 

 びくびくしないでいい!


 こんなに気持ちが楽になるのなら、もっと早く出奔すればよかった。

 でも薬学科の授業には興味があったので仕方ない。結局、教師から教わる事は何一つなく教本されあればよかったのだが、それももう済んだことだ。


 サールはうきうきしながら乗り合い馬車を降りた。隣町に到着し、宿を取る。

 夕方だったので、宿の周りを歩いてみた。広場には屋台が数台並んでいて、たくさんの人が買い物をしている。

 もう終わりなのか屋台を畳んでいる店もあったが、サールも人混みに紛れて店先を覗いてみた。


 良い匂いがする。


 この町の人らしい冒険者風の男性が買っているパンもどきを、サールも買ってみた。

 長細い形のパンの真ん中に切れ目が入っていて、間に具材が挟まれている。肉と葉物野菜とに甘めのソース。


 美味しいっ……!


 王都では買い食いなど出来なかった。伯爵家の使用人に見付からないようフード付きのローブを目深に被り、いつも人目を避けて行動していた。


 採取に出掛けている間はともかく、王都の街中は常に周囲を警戒しながら、冒険者ギルドとタイムンの薬屋、屋敷を往復していたのだ。


 学校に上がってからは寮生活になり、採取に出掛けられる時間がぐっと減った。課題に必要な薬草を採りに行く時くらいしか外出できなくなった。


 でもこれからはもう、びくびくする必要はない。サールは隣の屋台で果物も買ってみた。


 サールはあまりたくさん食べられない。胃が小さいのだ。

 幸い、今はお金には困っていない。これからは食べたい物を望むまま食べられる。心ゆくまでお腹いっぱい食べてみたい!

 

 サールは嬉しくて、宿の部屋に戻ると、ゆっくりと味わって果物を食べた。

 初めて味わうそれは、しゃくしゃくとした歯応えで甘味と酸味のある赤い果実だった。結構お腹にたまる。


「明日は温かい物を食べようかな」


 楽しみにしながら眠りについた。




 翌日も朝からうきうきと買い食いを楽しんだ。早朝から屋台がたくさん開いて朝市をやっていたので、初めて目にする食材がたくさんあった。


 腹を満たしてから冒険者ギルドに行き、この町の薬草採取の依頼を確認する。買い取り価格をチェックし、何が採れるかも確認しておく。

 王都からそんなに離れていないせいか、知らない薬草はなかった。


 この町で採取も売買もする必要ないと判断して、町をぶらついた。

 昼になってからまたうきうきと買い食いを楽しんでいると、突然、後ろにぐいっと引かれて体勢を崩した。


「うわっ!」


 振り返れば、サールの腰に巻いていた蔓がびーんと伸びきっている。その先に見慣れぬ男がいて、サールの小袋を握っていた。


 スリか!


 男も小袋に蔓が仕込んであるとは思わなかったのだろう。周囲からの注目を浴びて慌てていたが、懐からナイフを取り出すと躊躇なく蔓を切断した。


「うわっ……!」


 引っ張られる感覚が急になくなり、サールは道に転がった。その間にスリは路地に逃げ込み、あっという間に見えなくなった。


「おい! 大丈夫か!」


 近くにいた冒険者が助け起こしてくれた。


「ありがとうございます」


 反射的にお礼を言いながら差し出された手を借りて立ち上がったが、大きな手をした体格の良い冒険者は、サールの無事を確認するとちくりと忠告してきた。


「坊主も悪いぞ。あんな隙だらけで、狙って下さいと言っているようなものだ」


「はい……」


 確かに浮かれていて周りが見えていなかった。スリからすれば格好のカモだったろう。はしゃぎすぎた。


「腰に紐を巻いていたのは、まあ、用心していたのだろうが」


「ええ。でも取られたのは財布じゃないので大丈夫です」


 財布にも大金は入れていないけれど。


「財布じゃない? じゃあ盗られたのは」


「虫除けです」


「虫除け?」


「はい。財布は懐に入れているので」


「虫除けにあんな用心を?」


「ええ。必需品じゃないですか。虫除け」


 サールは当たり前のように言ったが、冒険者は首を捻っている。


「ああ、あなたはいつもいい宿に泊まれているのですね?」


 見れば冒険者は身奇麗な格好をしていた。ランクの高い冒険者なのだろう。虫除けの必要のない生活を送っているのだ。

 ちなみにサールは生まれ育った小屋から愛用している。貴族の屋敷とはいえ、隙間だらけの小屋では虫も入り放題。必需品だった。


 少し距離を置いた場所で、仲間と覚しき二人の女性と男性が一人待っている。


 サールがとりあえずお礼を言うと、冒険者の男は仲間の元へ帰って行った。


 まさかまた会う事になるとは思わなかった。

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